2004/03/24
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カテゴリ: 海外小説感想
 トルストイ晩年の作『神父セルゲイ』(結局生前に出版はされなかった)を、イタリアのタヴィアーニ兄弟が映画化したさいに用いたのが上記の題名。映画の紹介と写真、島田雅彦x沼野充義の対談付きの一冊。ただでさえ、禁欲的な主人公が誘惑される場面は色っぽいのに、美しい女優の写真がそこで挟まれていて、とてもエロい仕上がりの本になっている。


島田 断食には耐えられるのに、どうして性欲は抑えられないのか? 七年も隠遁生活をしていて女っけがないんだから、ふつうは性欲なんて消えていくものなんだけれども、ちょっと女が出てきたからといって・・・・・・。
沼野 すさまじいですね。
島田 ついていけませんね、あれは。
沼野 トルストイ自身も八十歳を越えても性欲があったそうです。奥さんは二十五年間に十三回くらい出産して、最後の子を産んだのはトルストイが六十歳の時です。
島田 すごい体力ですよね。
沼野 それを単にきれいごととして”禁欲を宣教した教師”みたいに見ちゃうと、つまらない。あれだけの矛盾を抱えていて、その矛盾の力が小説に昇華されてしまうというところが、トルストイの偉大な謎というか、天才というか。

『対談・甦るトルストイ』より


 何度も書いてきたが、私の祖父母は70を越えても性交をしていた(今はもう故人となった祖父の日記に書いてあった)。だから、トルストイの性欲を訝る二人の見解にはやや異を唱えたくなるがそれはともかくトルストイ。この作品を読んで浮き上がってくるのは、聖者として開眼するセルゲイではなく、どのように修行を重ねても、性の罠にはコロリと参ってしまう悲しい男の姿だ。昔の知り合いの貧しい老婆を訪ねるきっかけも、少年時代の幼い性の目覚めに導かれてのものと見えてくる。そうした男の姿は、ただ誠実なだけの男の人生を書き綴って汝らもこうあれと啓蒙するようなものより、ずっと心に響く。だから最後の数ページはなんだかあっけなさすぎて拍子が抜けた。まだトルストイは推敲を重ねるつもりだったそうだから、完全なものではないにしろ。


島田
 この『神父セリギイ』のラストも、パスポートを持っていないから浮浪者扱いされて神父セルギイがシベリアへ送られるところで終わるわけですけれども、よくよく考えてみるとロシアのシベリア流刑というのは伝統でしょう。シベリアに流刑なりさせられて、そこで、ダンテ『地獄篇』じゃないけれども、もろもろの犯罪者や、ともかく底辺の人間とのつきあいという機会が与えられて、そこで生き残ってきた人たちというのは、罰としてシベリアへ流刑されてはいるものの、それが一種巡礼に重ならないとは限らないわけですね。
 僕が言いたいのは、二十世紀に入ってからソルジェニツィンなんかがシベリアとか収容所を舞台にして書いた小説の中であらわれてきていると思うけれども、要するにあえて修道士として厳しい禁欲の生活、神との対話という修行に出ていくというのとは違う意味で、しかし効果としては全く同じような形でシベリアで巡礼体験というか、修道士の生活の体験をさせられるというような側面がある。だからシベリアに流刑された人というのは、自分の意思じゃないかもしれないが、修道士の修行と同じようなことをさせられるということなんですね。原作が書かれたのは百年くらい前だけれども、二十世紀の収容所体制が実は、はからずもソ連がつくった、聖者を生み出すシステムであったのではないか。

『対談・甦るトルストイ』より


 本文ではなくて対談からの引用ばかりになる。有名な死の家出に際して実は医者を連れていっただとか、シベリアでは外に逃げても凍え死ぬだけだから牢屋に柵がないとか面白い話が書いてある。だがトルストイの作品について書かれたことには納得出来ない話が多い。私の知っているトルストイはまだ少なすぎる。『アンナ・カレーニナ』も『戦争と平和』も『復活』も、長篇はまだ一つも読んでいない。こう書くことで少しでも読む気を自分に出させようとしているのだけれど、(中)や(四)と書いてある背表紙にいつも怖じ気づく。


河出書房新社 1990年 単行本





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Last updated  2004/03/25 03:27:51 AM
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Re:太陽は夜も輝く/トルストイ/中村白葉 訳(03/24)  
トルストイは中学の時に「アンナ・カレーニナ」を読んだっきりで、ドストエフスキーほどには、のめり込めませんでした。

関係ないような話ですが、遠藤周作の「沈黙」に出てくる神父だったでしょうか・・・性欲を抑え続けていて、独特の臭いがするとかなんとかいうのが、書かれていて、それを読んで以来、私の中にちょっとした偏見がうまれたような気がします。^^;
(2004/03/25 08:43:09 AM)

Re[1]:太陽は夜も輝く/トルストイ/中村白葉 訳(03/24)  
コチ3247  さん
民話集なんかは好きなんですけどね。森内俊雄の小説に馴染んでいるせいか、性欲に素直なキリスト教者の方が私には自然に見えます。抑え続けて変な臭いがするというのは・・・ないと思います。 (2004/03/25 10:08:03 PM)

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