2005/03/14
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カテゴリ: 国内小説感想
 東京での会社勤めを突然辞め、九年間流浪し職を転々と変え「突っ転ばし」と生きた「私」の、尼ヶ崎に逼塞していた頃の話。「思うた」「言うた」他、姫路方面で使われる関西弁? が文中使われる。町田康ほど極端ではないので読みにくくはない。



 こういう私のざまを「精神の荒廃。」と言う人もいる。が、人の生死には本来、どんな意味も、どんな価値もない。その点では鳥獣虫魚の生死と何変るところはない。ただ、人の生死に意味や価値があるかのような言説が、人の世に行われて来ただけだ。従ってこういう文章を書くことの根源は、それ自体が空虚である。けれども、人が生きるためには、不可避的に生きることの意味を問わなければならない。この矛盾を「言葉として生きる。」ことが、私には生きることだった。



 舞台となる尼ヶ崎も天王寺も、私の知る土地である。そこに住んだり、日参していたわけではない。たまに古本屋巡りをしたり、何の肉か分からないものを焼く串カツ屋で昼間からチューハイと幾本かの串を食べて、ズタ袋を引きずり演歌を歌い歩くおっさんの後ろを赤い顔してついて行きつつ、街全体と何か共犯関係を築いているような錯覚に陥りながら徘徊する、ということをするという程度の関係である。
 だから、というわけではないが我が事のように読んだ。否、私はこの小説の「私」ほど人間らしく生きてはいないとすぐ返す。今日、反吐は出ないのに胃液だけがだらだらと口から溢れ、便所の中でしばらく膝をついた。何かこの小説と関係がある気がした。
 先日『車谷長吉句集』を読んで以来、車谷長吉という名に囲い込まれている。ふと何の気なしに開いたブログの、お勧め本紹介をクリックすると『赤目四十八瀧』が現れた。「文学界」4月号を手に取ると玄侑宗久と車谷長吉が対談していた。何処を見ても坊主頭に眼鏡の作家の名前が見えた。「小説をしばらく読みたくない」という時期から脱する時、大抵新しい作家との出会いがあるのだが、これがそれなのか。



 いや、そんなことは、セイ子ねえさんが私に語ったことに較べれば、物の数ではない。私にはセイ子ねえさんのように、己れの生の一番語りがたい部分を心に抱いて、なおその生傷を生きて行く、というような「生の内容物。」がない。セイ子ねえさんの自白が恐ろしかったのは、それが私にはないことを知らしめられたからである。



 わだかまりのような嘔吐感がいつまでも胸に残る。寒の戻りと花粉症とのせいでもない。嫌な空気が身を締める。嫌な空気こそが身を清める。文章で遊べばその分文章に苦しめられる。ところがいつまで経っても私は気鬱を孕めない。何を書こうと。暗い話は苦手。



「生島さん、あなたいまでもまだ小説書いてるんですか。
「小説? そんなものは書いてないよ。」
「ちッ。」
 山根は舌打ちした。
「生島さん、あなたにはも早、小説を書く以外に生きる道はないんです。人には書くことによってしか沈めることが出来ないものがあるでしょう。尤も小説を書くなんてことは、池の底の月を笊で掬うようなことですけどね。」
「詰まらんことだ。」
「ちッ。俺、来て損したな。生島さん、あなたが書かないんだったら、俺はもうあなたと付き合う気はねえよ。」
「――――。」



 少ない賃金で、焼き鳥の串に病気で死んだ牛の臓物を刺し続ける「私」の生活。人と関わる気のない彼に纏わり付くように関係を始める周囲の住人たち。元パンパンの焼鳥屋屋の女主人、彫物師とその子供と美人の愛人、言葉にならない念仏を唱えて交わる老娼婦、東京から「私」の今のざまを笑いに来た昔の知り合い。やがて乱。やがて完。無闇に傷つけられて抜け殻のようになったものの、読後の私は以前のように、新しく小説を、物語を欲する気持ちが大きくなり(最近小説をあまり読む気になれない、と言いつつちょこちょこ読んでいたけれど)、少し感謝。


文藝春秋社  1998年





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Last updated  2012/04/15 02:38:16 PM
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Re:赤目四十八瀧心中未遂/車谷長吉(03/14)  
orita_yutaka  さん
この作品は大好きです。
『文學界』連載中から読んでました。
もちろん単行本も初版を持ってます。
車谷長吉のような作家は日本で唯一ですね。
貴重な存在です。 (2005/03/15 06:24:38 AM)

Re:赤目四十八瀧心中未遂/車谷長吉(03/14)  
この作品、直木賞受賞作品なんですよね?
なぜか芥川賞受賞作だと思い続けていました。
で、ずっと気になってたんですが、コチさんの感想を拝見して“読みたい”度が高まってきました。
今はちょっと取り込み中(?)なので、落ち着いてから読みたいと思います。
(2005/03/15 07:53:59 AM)

Re:赤目四十八瀧心中未遂/車谷長吉(03/14)  
orita_yutaka  さん
今日、図書館で『文學界』を読んでいたら、車谷長吉さんと玄侑宗久さんが対談してました。
車谷さん、もう私小説は書かないようです。
え~って感じです。
車谷さんの最後の私小説、近日中に書評に採り上げる予定です。 (2005/03/15 07:10:14 PM)

Re[1]:赤目四十八瀧心中未遂/車谷長吉(03/14)  
コチ3247  さん
>orita_yutakaさん

私は車谷長吉に関してはほとんどノーマークだったのですが、熱心なファンが多くて驚きです。
対談、私も読みました。その時はまだ『赤目四十八瀧』も読み終えていなかったので、玄侑宗久氏の話ばかりが印象に残っています。何かの小説で書かれていたように、浮浪者同然の生活の末、転がり込んだお寺で仏心に目覚め・・・というのを、本人の自伝と思いこんでいたものですから。最初からお寺の息子だったんだと。自分がこうあれと望む像を勝手に作り上げていました。書評、楽しみにしています。 (2005/03/15 07:41:13 PM)

Re[1]:赤目四十八瀧心中未遂/車谷長吉(03/14)  
コチ3247  さん
>くりむーぶ389さん

私は純文学系が好きだから、直木賞系の作家にあまり目を光らせてこなかった、というのが車谷長吉をこれまで読んでなかった理由かもしれません。中身は、どう見ても芥川賞向きなんだけどなあ・・・と思います。 (2005/03/15 07:44:09 PM)

予告どおりに…  
orita_yutaka  さん
車谷長吉の『飆風』を書評で採り上げました。
TBしてますので、よかったら見て下さい。
(2005/03/19 06:19:18 AM)

遅いですが…  
koike1970  さん
 しばらく前の記事を拝見して『赤目~』を買い、今ごろになって読了です。
 勝手ながら、村野さんの日記にリンクを設定しTBを入れさせていただきました。
 よろしくお願い致します。
(2005/07/27 01:30:27 AM)

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