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2021/12/19
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松田聖子さんのお嬢さんが此のような形
で自ら命を絶つとは思いだにしませんで
した。
35歳の短すぎる人生でした。















神田沙也加さん急死 札幌のホテル高層階から転落
12/19(日) 1:24配信 スポーツ報知 
女優の神田沙也加さん(35)が札幌市内のホテルの高層階から転落し、死亡したことが18日、分かった。北海道警は自殺を図った可能性もあるとみて調べている。関係者によると、神田さんは18日昼頃、体に血がついた状態でホテルの14階の屋外スペースに倒れていたところを発見された。意識不明の状態で病院に搬送されたがその後、死亡が確認された。

 神田さんはこの日、主演ミュージカル「マイ・フェア・レディ」の札幌公演(札幌文化芸術劇場)の昼公演(正午開演)に出演する予定だった。午前11時頃まで神田さんと連絡がつかなかったため、ダブルキャストで主人公イライザ役を演じている元宝塚宙組トップスターの朝夏まなと(37)が急きょ代役を務めた。スタッフや共演者には「神田さんは転落して現在重篤な状態です」との説明があり、神田さん以外の主要キャストも変更された。
 今作では11月14日の東京・帝国劇場から始まった同公演は全国を巡り、来年1月28日に福岡・博多座で千秋楽を迎えるはずだった。
 神田さんは1986年、歌手の松田聖子(59)と俳優の神田正輝(70)の間に生まれた。2002年5月に「ever since」で歌手デビュー、翌03年に映画「ドラゴンヘッド」で本格的に女優デビュー。両親譲りのルックスと歌声で人気を博した。
 その後はミュージカルなどの舞台に軸足を移し、14年のアニメ映画「アナと雪の女王」で主人公の王女アナ役の日本語吹き替えを好演。劇中歌「生まれてはじめて」の評価も高くブレイクした。来年4月からのミュージカル「銀河鉄道999」でもヒロイン・メーテル役に決まるなど、仕事も順調とみられていた。
 私生活では17年に俳優の村田充(44)と結婚を発表したが、19年に離婚した。





神田沙也加が重体 札幌市内のホテル高層階から転落
2021/12/19 00:18 スポニチアネックス 
 女優の神田沙也加(35)が札幌市内の宿泊先ホテルの高層階から転落したことが18日、分かった。入院治療を受けているが、重体とみられる。関係者は「予断を許さない状況」と話している。飛び降り自殺を図った可能性もあり、警察が詳しい経緯を調べている。1986年に俳優神田正輝(70)と歌手松田聖子(59)の長女として誕生し、近年はミュージカル女優として活躍を見せていた。札幌には主演ミュージカルのために滞在しており、上演日に衝撃の出来事となった。
 関係者によると、神田は午後1時すぎに宿泊先ホテルの14階にある屋外スペースで倒れた状態で発見された。道警には消防無線で「転落」と連絡が入っており、宿泊していた20階以上の高層階から転落した可能性がある。近隣の病院に緊急搬送されたが、別の関係者は「重体で予断を許さない状況」と話している。
 神田は18日正午から札幌文化芸術劇場hitaruで上演された主演ミュージカル「マイ・フェア・レディ」に出演を予定していたが、入り時間になっても会場に現れなかった。公演関係者が連絡を取ろうとしたものの、電話連絡もつかず、劇場スタッフが「行方が分からない。失踪した」と慌てた様子で話す姿も目撃されている。
 捜査関係者によると、事件性はないとみており、どのような状況で転落したのか、神田が自ら飛び降りた可能性もあるとみて詳しい経緯を調べている。
 神田が来なかった昼の公演は、ダブルキャストで主演する朝夏まなと(37)が急きょ代役を務めた。共演者には「神田さんは体調不良のため休演。新型コロナウイルス感染ではない」との説明があったという。神田は18日と20日に同所の公演に出演予定だった。
 神田の身に何があったのか。関係者は「もともとメンタルは強いタイプではない」と明かす。私生活では2017年5月に俳優の村田充(44)と結婚。だが結婚生活は長続きせず、19年12月に離婚を発表。子供が欲しい村田と、前向きではなかった神田と折り合いがつかなかったことを理由としていた。
 昨年には、黒崎真音(33)と音楽ユニット「ALICes」を結成したが、黒崎が今年9月の配信ライブ中に倒れた。硬膜外血腫と診断され、ユニットの活動は休止となっていた。音楽関係者は「自分の目の前で倒れたことにショックを受けていたようです」と話している。
 神田は2001年に「SAYAKA」の芸名で芸能活動を開始。母親譲りの歌唱力を武器に、ミュージカルを中心に活躍していた。来年4月上演の「銀河鉄道999 THE MUSICAL」にもヒロインのメーテル役での出演も決まっており、仕事は順調そのもの。関係者は「何か悩みがあったのか。とにかく回復を祈るばかりです」と話している。
 ◇神田 沙也加(かんだ・さやか)1986年(昭61)10月1日生まれ、東京都出身の35歳。02年にシングル「ever since」で歌手デビュー。映画「アナと雪の女王」「アナと雪の女王2」の日本語版でヒロイン・アナの声を担当。私生活では17年に俳優村田充と結婚して19年に離婚した。1メートル57、血液型A。 ​​​​​​​​​

神田沙也加さん、急死直前に父・神田正輝と電話していた
報知新聞社 2021/12/19 02:12
女優の神田沙也加さんが札幌市内のホテルの高層階から転落し、急死したことが18日、分かった。北海道警は自殺を図った可能性もあるとみて調べている。関係者によると、神田さんは18日昼頃、ホテルの14階の屋外スペースに倒れていたところを発見された。

 沙也加さんに近しい関係者によると、転落する直前に父で俳優の神田正輝に電話していたという。正輝は18日にテレビ朝日系「朝だ! 生です旅サラダ」(土曜・朝8時)に生出演。番組終了後の午前10時頃、沙也加さんから正輝の誕生日(今月21日)を前祝いする電話があり、会話をしたという。
 神田さんはこの日、主演ミュージカル「マイ・フェア・レディ」の札幌公演(札幌文化芸術劇場)の昼公演(正午開演)に出演する予定だった。午前11時頃まで神田さんと連絡がつかなかったため、ダブルキャストで主人公イライザ役を演じている元宝塚宙組トップスターの朝夏まなとが急きょ代役を務めた。スタッフや共演者には「神田さんは転落して現在重篤な状態です」との説明があり、神田さん以外の主要キャストも変更された。
 神田さんは1986年、歌手の松田聖子と俳優の神田正輝の間に生まれた。2002年5月に「ever since」で歌手デビュー、翌03年に映画「ドラゴンヘッド」で本格的に女優デビュー。両親譲りのルックスと歌声で人気を博した。
 その後はミュージカルなどの舞台に軸足を移し、14年のアニメ映画「アナと雪の女王」で主人公の王女アナ役の日本語吹き替えを好演。劇中歌「生まれてはじめて」の評価も高くブレイクした。来年4月からのミュージカル「銀河鉄道999」でもヒロイン・メーテル役に決まるなど、仕事も順調とみられていた。
 私生活では17年に俳優の村田充と結婚を発表したが19年に離婚した。



​​​ 神田沙也加さん、ホテル22階から転落死 松田聖子のディナーショーは中止へ   2021/12/19 03:10 週刊ポストセブン ​​
歌手で女優の神田沙也加さんが12月18日、札幌市内のホテルから転落して亡くなった。35歳だった。神田さんは同日、ミュージカル『マイ・フェア・レディ』札幌公演に出演予定だったが、会場入りせず連絡も取れないまま、急きょ「体調不良で休演」と発表された。ダブルキャストで主演する、元宝塚歌劇団宙組トップスターの朝夏まなと(37)が神田さんの穴を埋めた。
「神田さんは、滞在先のホテルから転落しました。札幌の景色を一望できるのが魅力のホテルですが、その高さが仇となったようです」(芸能関係者)
 神田さんは22階から転落した。捜査関係者が語る。
「22階から転落して病院に搬送されました。地上まで落下したわけではなく、建物14階のせり出した屋外スペースに落ちたのですが、意識不明の重体となり、そのまま亡くなりました。
 当日の札幌は、1999年に統計開始して以来1位の値を更新するほどの大雪で、24時間降雪量は55センチに及びました。それでも転落した神田さんのクッションにはなってくれなかったようです。自殺の可能性もあると見られています」
 神田さんは、2019年12月に俳優・村田充(44)との離婚を発表してからも精力的に活動を続けていた。来年4月には『銀河鉄道999 THE MUSICAL』でメーテル役を演じることが決定して注目を集めていたが、こちらの舞台が上演されるのかは現時点では不明だ。
 愛娘を亡くし、父親である俳優・神田正輝(70)、母親である歌手・松田聖子(59)の悲しみは計り知れない。
「松田聖子さんは19日、グランドプリンスホテル新高輪・大宴会場『飛天』にてクリスマスディナーショーの東京公演最終日を迎える予定でしたが、そちらの公演は中止になるとみられています」(前出・芸能関係者)
 ディズニーの大ヒットアニメ映画『アナと雪の女王』アナ役の日本語版吹き替え声優という大役を掴むなど、“松田聖子の娘”という立場を打破し、ミュージカル女優としての地位を確立していた神田さん。自殺だとしたら、なぜ──。
​​

​​​​​​ なぜ神田沙也加さん転落死?母・聖子にすぐ伝わらなかった訳 複雑な親子関係と孤独   スポーツニッポン新聞社 2021/12/19 04:03 ​​
◇神田沙也加さん死去
 札幌公演中にホテルから転落し、死去した女優神田沙也加さん(享年35)はミュージカルを中心とした舞台を主戦場に活躍していた。母親の歌姫・松田聖子(59)譲りの伸びのある歌声、可愛らしい衣装の似合うビジュアルで根強いファンも多く、体調不良を理由にした18日の急な休演に「どうしたのか」「早く良くなってほしい」と心配する声がネット上に相次いでいた。
 聖子は18日夜、都内のホテルでディナーショーを行っていたが「普段と変わらない様子で、いつもの可愛らしい聖子ちゃんだった」(訪れた客)。芸能関係者は「偉大すぎる母親と一人娘の沙也加さんとは微妙な関係」とし「この日も沙也加さんの容態が聖子さんに伝わっていなかった可能性がある」と話した。
 沙也加さんは2001年、中学3年の時に聖子が決めた芸名「SAYAKA」でデビュー。最初のシングルはヒットしたが、その後は続かなかった。聖子からは米国留学を勧められたが、反発。12歳年上のギタリストと交際すると、猛反対する聖子と絶縁状態になった。だが、ミュージカル女優になることを決意した沙也加さんが本名の「神田沙也加」として活動するようになると雪解け。2011年のNHK紅白歌合戦では母娘で仲良くデュエットした。それでも17年に俳優村田充(44)と結婚した際「無名の俳優とゴールインしたと聖子さんは思ったようで反対し、また溝ができた」とテレビ関係者は語る。
 19年12月には村田と離婚。最近では大手事務所と業務提携して仕事面での再スタートを図っていたが、芸能関係者は「相談できる相手がいなかったのではないか」と心配していた。 ​​

俳優・神田沙也加さん急死 35歳、札幌のホテルで転落か
毎日新聞    2021/12/19 03:26
俳優の神田沙也加さん(35)が18日、札幌市のホテル敷地内で倒れているのが見つかり、搬送先の病院で死亡が確認された。北海道警札幌中央署によると、関係者から連絡が付かないとの110番があり、宿泊先周辺を捜索したところ、午後1時ごろにホテル14階の屋外スペースで倒れているのが発見された。神田さんはこのホテルの高層階に宿泊していたとみられ、転落した可能性がある。同署は事件性はないとみている。
 神田さんは同日正午に主演ミュージカルに出演予定だった。
 神田さんは母が歌手の松田聖子さん、父が俳優の神田正輝さん。2001年、CMで芸能界デビューした。02年に歌手としてシングル「ever since」をリリース。ミュージカル「Into the Woods」で舞台初出演し、その後も「ピーターパン」「レ・ミゼラブル」「マイ・フェア・レディ」などミュージカルを中心に活動していた。最近は声優としても、大ヒットしたディズニー映画「アナと雪の女王」日本語吹き替え版でアナ役を担当するなど、活躍の場を広げていた。
相談窓口
・いのちの電話
0570-783-556=ナビダイヤル。午前10時~午後10時。
0120-783-556=フリーダイヤル。午後4時~同9時。毎月10日は午前8時~11日午前8時、IP電話は03-6634-7830(有料)まで。
・日本いのちの電話連盟
https://www.inochinodenwa.org/
・全国のいのちの電話(一覧)
https://www.inochinodenwa.org/lifeline.php
・東京自殺防止センター(NPO法人国際ビフレンダーズ)
03-5286-9090=年中無休、午後8時~午前2時半(月曜は午後10時半から、火曜は午後5時から)。
https://www.befrienders-jpn.org/ ​​​​​



​​​​​ 神田沙也加さん死去…所属事務所が報告 午後9時40分急逝「受け止めることができない状況」  スポーツニッポン新聞社 2021/12/19 04:09
女優の神田沙也加(かんだ・さやか)さんが18日、死去した。19日未明、所属事務所が公式サイトで報告した。35歳だった。
 「神田沙也加に関するお知らせ」として所属事務所「株式会社 ローブ」の代表取締役で、神田さんの母で歌手・松田聖子(59)の実兄である蒲池光久氏の名で報告。「これまで神田沙也加を支えてくださった皆様にご報告させていただきます。2021年12月18日午後9時40分、神田沙也加(享年35歳)が急逝いたしました。応援してくださったファンの皆様、お世話になった関係者の皆様にこのようなご報告を差し上げることは大変残念でなりません。私共もまだ信じ難く、受け止めることができない状況でございます」とし、詳しい状況は現在調査中とつづられている。
 神田さんは18日、札幌市内の宿泊先ホテルで倒れているところを発見され、搬送先の病院で死亡が確認された。ホテルの14階部分の屋外スペースで見つかり、宿泊していた高層階から転落したとみられる。飛び降り自殺を図った可能性もあり、警察が詳しい経緯を調べている。1986年に俳優神田正輝(70)と歌手松田聖子(59)の長女として誕生。札幌には主演ミュージカルのため滞在しており、上演日の衝撃的な悲報となった。
 関係者によると、神田さんは18日午後1時ごろに宿泊先ホテルの14階にある屋外スペースで倒れた状態で発見された。道警には消防無線で「転落」と連絡が入っており、宿泊していた20階以上の高層階から転落した可能性が高い。近隣の病院に緊急搬送されたものの、息を引き取ったという。
 神田さんは18日正午から札幌文化芸術劇場hitaruで上演された主演ミュージカル「マイ・フェア・レディ」に出演を予定していたが、入り時間になっても会場に現れなかった。公演関係者が連絡を取ろうとしたものの連絡もつかず、劇場スタッフが「行方が分からない。失踪した」と慌てた様子で話す姿も目撃されていた。
 捜査関係者によると、警察は事件性はないとみており、どのような状況で転落したのか、神田さんが自ら飛び降りた可能性もあるとみて詳しい経緯を調べている。
 神田さんは2001年に「SAYAKA」の芸名で芸能活動を開始。母親譲りの歌唱力を武器に、現在はミュージカルを中心に活躍していた。来年4月上演の「銀河鉄道999 THE MUSICAL」にもヒロインのメーテル役での出演も決まっており、仕事は順調そのものだった。関係者は「何か悩みがあったのか。信じられない」とぼうぜんとした。


​​​​ 〈神田沙也加さん急死〉芸能活動休止してアルバイト…19歳の神田さんを救った大女優の一言  近藤 正高  文春オンライン 2021/12/19 11:35 ​​​​
女優の神田沙也加さん(35)が18日、札幌市内のホテルの高層階から転落し、同日午後9時40分に亡くなった。警察は現場の状況などから、自殺の可能性もあると見て調べている。神田さんは、俳優の神田正輝(70)と歌手の松田聖子(59)の長女。この日はミュージカル「マイ・フェア・レディ」の札幌公演に出演予定だったが、18日の公演は体調不良を理由に休演していた。
 14歳で芸能界デビューした神田さん。高校卒業後に芸能活動を休止した理由や活動再開のきっかけとなったある出来事を、33歳の誕生日の際に報じた記事を再公開する。(初出:『文春オンライン』2019年10月1日 ※日付、年齢等は公開時のまま)
◆◆◆
 10月1日は、歌手・女優・声優と幅広く活躍する神田沙也加の誕生日である。33年前のこの日、歌手の松田聖子と俳優の神田正輝というビッグカップルのあいだに生まれた彼女は、そのときからマスコミに追われることになる。父・正輝によれば、彼女が最初に話した言葉は、パパでもママでもなく「マチュコミ」だった。父は、《意味も分からず話した言葉がそれじゃ、あまりにも不憫だと思ってね。だから、父親としてできることは少ないけど、沙也加のために100%できることをしようって決め》、運動会やバザーなど、仕事よりも娘とすごす行事を優先するようにしたという(※1)。
高校卒業後に芸能活動を休止した理由とは?
 沙也加は2001年、14歳で菓子メーカーのCMに出演し、SAYAKAの芸名で芸能界にデビューする。同年のカンヌ国際映画祭では、その2年前、米国留学中にオーディションを受けて出演した短編映画『Bean Cake(おはぎ)』(デビッド・グリーンスパン監督)が短編パルムドールを受賞している。翌2002年にはシングル「ever since」をリリースし、歌手デビューも果たす。
その後、ドラマや映画に出演し、女優としても活動するようになった。2004年にはミュージカル『INTO THE WOODS』で初舞台を踏む。舞台との出会いは大きかったと、のちに沙也加は語っている。
《自分でオーディションを受けに行き、選ばれて、お稽古をして、努力を重ねてキャストと一緒に舞台を作っていく。それは自立を意味します。『INTO THE WOODS』に出演したとき、うまく自分を解放できずにいた私に向かって、演出家の宮本亜門さんは「あなたはあなたでいいんだ」とおっしゃった。その言葉が心に響きました》(※2)
 舞台出演は新鮮で、その「生」感に緊張と喜びを感じてすっかり魅せられる。それと同時に、《ここできちんと自己形成をしないと何をやっても中途半端になる、先に進めない》と切実に感じるようになった(※3)。2005年、高校卒業を機に芸能活動を1年半休止したのは、そうした危機感からだった。自分を見つめ直すべく、研修旅行と称してニューヨークやロンドンへ舞台を観に行ったほか、ある店でアルバイトも始めた。このとき、《毎日同じ時間に起きて失礼じゃないメイクをして、奇抜じゃない格好をして制服に着替えて働く》という普通の人にとっては当たり前であろうことを、《19歳で初めてやった自分にぞっと》したという。それでも続けるうちにその仕事が楽しくなってきて、このまま就職しようかとまで考えた(※1)。
「もったいない!」大女優からのオファー
 だが、彼女を心配して店に来てくれた女優の大地真央にその考えを話したところ、「もったいない!」と言われてしまう。後日、あらためて連絡があり、大地主演の舞台『紫式部ものがたり』への出演をオファーされ、芸能活動の再開を決める。復帰にあたっては、名義も本名(当時)の神田沙也加に改めている。
 復帰後も順調なときばかりではなかった。2013年には、体調不良のため決まっていた舞台をすべて降板せざるをえなくなり、仕事が激減する。そこで生活費を稼ぐため、こっそりダイニングバーでアルバイトを始め、《平日は終電、土日はラストまでいて、ファーストフード店で100円のドリンクを飲んで始発を待ち、明け方帰宅する日々》をすごすうち、《これで芸能界から身を引いていくんだな》とぼんやり思うようになっていたという(※1)。米アニメ映画『アナと雪の女王』の日本語吹替版の声優オーディションを受け、合格したのはそんな時期だった。
『アナ雪』で母から自立
 2014年に公開された『アナと雪の女王』は大ヒットし、吹替版でヒロイン・アナを演じた沙也加は、その演技と歌声で一躍話題を呼ぶ。同年にはギタリストのBillyとのユニット・TRUSTRICKを結成し、アルバム『Eternity』をリリース、女優としてもドラマや舞台にあいついで出演した。さらには大晦日のNHK紅白歌合戦にも出場する。紅白では、ニューヨークからの中継で『アナ雪』本国版でアナの姉・エルサを演じたイディナ・メンゼルと同作の挿入歌「生まれてはじめて」をデュエット。さらに主題歌「Let It Go~ありのままで~」を2人と一緒にNHKホールにいる歌手全員で合唱した。そのなかには、同年の紅白で初めて大トリを務めた母・松田聖子が涙する姿もあった。沙也加が紅白に初出場したのはその3年前だが、このときは母と一緒に「上を向いて歩こう」を歌った。だが、『アナ雪』への出演を機に、沙也加は名実ともに母からの自立を果たしたといえる。それでも本人にとっては、『アナ雪』はようやく到達した出発点にすぎないという。
《自分がやりたいと思う一つのことを続けていたらどうなるか……という試みが引き寄せた『アナと雪の女王』。この仕事を経て、やっと地に足がついたというか、自分が目指していた出発地点に到達することができたと感じています。いよいよこれからが本番です》(※2)
 以来、沙也加は精力的に仕事をこなし、とりわけミュージカル女優として著しい成長を遂げる。昨年2月に刊行した著書ではこんなことを語っていた。
《私には一つだけ欲しいものがあって、それは演劇界での何かの賞。それを取れたら「よくできました印」が[引用者注:自分の]選んだ道筋に押される気がするんです。誰にも強制されず何の影響下にもおかれない、自分で探したジャンルだから、そこで評価されたら「これで良かったんだよ」って証明が自分にも周りにもできる気がして。それが今一番欲しいものですね》(※1)
 この直後、彼女は菊田一夫演劇賞を受賞する。それは、前年の2017年に出演したミュージカル『キューティ・ブロンド』の主人公、エル・ウッズの演技が評価されてのことだった。同作の稽古中、彼女が演出の上田一豪に《なぜ私を?》と訊ねたところ、《僕はこの作品を神田沙也加の当たり役にして、神田沙也加のキャリアの中でも代表作にしようと思っています》との答えが返ってきたという(※4)。その言葉どおり、沙也加は同作で大きな賞を手にし、今年2月から3月にかけて再演も実現した。昨年には、ミュージカルの不朽の名作『マイ・フェア・レディ』で、恩人・大地真央の当たり役でもあった主人公のイライザを初めて演じている。来月22日には日本語吹替版で再びアナ役を演じた『アナと雪の女王2』の公開も控える。
母が選んだ道を歩む?
 仕事での活躍の一方、私生活では2017年、俳優の村田充と結婚した(後に離婚)。先述の著書のなかでは、《女性としてのプライベートとお仕事の良い配分を知りたくて、いろんな職業、年齢の方にお話を聞いているところ。どこかで勇気を持って仕事をストップして、親になるっていう経験を私はしたいから。その目標に向かって、自分の中でベストのタイミングを探し中です》とも語っている(※1)。思えば、1980年代、山口百恵をはじめ結婚を機に引退する女性歌手が目立つなかで、当時トップアイドルであった松田聖子が結婚・出産後も子育てをしながら芸能活動を継続したことは注目を集めた。母がかつて選んだ道を、娘の沙也加も自分なりのスタイルを模索しながらまた歩もうとしているのが興味深い。
※1 神田沙也加『Saya Little Player』(マガジンハウス、2018年)
※2 『婦人公論』2014年7月22日号
※3 『婦人公論』2006年9月22日号
※4 「SPICE」2019年2月13日配信

​​​ 神田沙也加さん急死…ファン絶句「頭が追い付かない」「松田聖子さん大丈夫かな…」 2021/12/19 14:27 産経デジタル
歌手で女優の神田沙也加さんの突然の訃報はネットにも大きな衝撃を与えた。このニュースが伝えられた19日、ツイッターでは「神田沙也加さん」などのワードがトレンドに入り、ネットユーザーたちからさまざまなコメントが寄せられた。
事務所の公式HPによると、神田さんは18日に亡くなった。19日のサンケイスポーツ(電子版)によると、18日午後1時ごろ、滞在していた札幌市内の22階建てホテルの14階屋上部分で倒れているのが見つかった。北海道警は転落した可能性があるとみて、自殺と事故の両面で調べる。神田さんはミュージカル「マイ・フェア・レディ」に出演するため、札幌市に滞在していた。制作を担当する東宝によると、神田さんは18日昼に行われた同市での公演に姿を見せなかった。17日の稽古には参加していたという。
 神田さんは1986年に歌手の松田聖子(59)と俳優の神田正輝(70)の長女として誕生。2001年に芸能活動を開始し、ミュージカルを中心に活躍していた。映画「アナと雪の女王」の日本語吹き替え版でヒロイン・アナの声を担当して話題になり、NHK紅白歌合戦にも出場した。
 SNSには、「何でこんなことに…」「意味が分からない」「突然のことで頭が追い付かない」「ショックすぎる…」「この前舞台で見たばっかりだったのに…」などの書き込みが相次ぎ、多くのファンが驚きと悲しみの声をあげた。
 生前の神田さんと言えば、ミュージカルなどで大活躍。その美声で多くのファンを魅了した。ツイッターには「もうあの歌声聴けへんのか」「彼女の声に何度力を貰ったことか…」「母親を超えた天使の歌声、女神の美声で歌手の中で一番、だと思っていただけに…」といった投稿も目立った。
 また、子を持つ親の気持ちをつづるネットユーザーも多く、この日、「松田聖子」もトレンドに入る事態になった。松田の所属事務所はHPでコメントを発表し、「松田は、未だこの現実を受け止めることが出来ない状態です」などと説明。一時、サーバーがダウンし、アクセスしにくい状態が続いた。SNSには「子どもに先立たれる親の気持ちを思うと心が張り裂けそうになる…」「神田正輝さんと松田聖子さんの気持ちを考えるとたまらない」「今、一番悲しんでいらっしゃるのはお母様でもある、松田聖子さんのはず…」といった声も目立った。
 松田を心配するファンも少なくなく「松田聖子さんの心中を考えるといたたまれない。心配」「松田聖子さんも大丈夫かな…」というつぶやきも見受けられた。松田は19日、ディナーショー「SEIKO MATSUDA Christmas Dinner Show2021」を開催予定だったが、会場となる東京・グランドプリンスホテル新高輪がHPで中止を伝えた。 ​​

神田沙也加さん訃報受け主演舞台が公演中止
NNN24    2021/12/19 11:41
18日に急死した神田沙也加さん(35)が主演を務めていたミュージカル『マイ・フェア・レディ』が、公演の継続は困難という主催者の判断により、19日、20日の公演が中止されることが発表されました。
ミュージカル『マイ・フェア・レディ』は現在全国ツアー中で、17日から北海道公演がスタートしていました。神田さんは18日正午からの公演に出演予定でしたが、体調不良のため急きょ代演で開催されると発表されていました。
20日以降の全国ツアー公演については、後日改めて舞台の公式ホームページなどで発表されるということです。
舞台主催の東宝は「広く日本のエンタテインメント業界に多大な功績を残された神田沙也加さんに敬意を表し、心からの哀悼の意を捧げます」とコメントしています。

画像:『マイ・フェア・レディ』に出演していた神田沙也加さん

​​​​​​​
神田沙也加が35歳で死去
音楽ナタリー 2021/12/19 10:02
神田沙也加が昨日12月18日に亡くなったことを、所属事務所の株式会社ローブが発表した。35歳だった。
 一部報道によると、神田はミュージカル「マイ・フェア・レディ」出演のため訪れていた札幌市内のホテル敷地内で倒れているのを発見され、病院に搬送されたものの死亡が確認されたとのこと。所属事務所は公式サイトにてファンや関係者に対し「このようなご報告を差し上げることは大変残念でなりません。私共もまだ信じ難く、受け止めることができない状況でございます」とコメントしている。
 神田は2002年に「SAYAKA」名義で歌手デビュー。2006年より現在の名義での活動を開始し、歌手以外にもミュージカル女優や声優としても活躍してきた。2014年には映画「アナと雪の女王」日本語吹替え版でアナ役を好演し、2018年には第43回菊田一夫演劇賞を受賞。2020年には黒崎真音とのユニット・ALICesを結成している。 ​​​​​

神田正輝 仲良かった「パパ」に衝撃 誕生日直前に悲報
スポーツニッポン新聞社 2021/12/20 05:30
◇神田沙也加さん死去
 正輝にとっては、デビューから所属した芸能事務所「石原プロモーション」が解散した年の瀬に、それとは比較にならない衝撃に見舞われた。
 この日、都内にある自宅マンションはひっそりと静まりかえった。正輝は沙也加さんが転落する直前の18日午前、テレビ朝日系「朝だ!生です旅サラダ」に生出演。終了後、21日の誕生日を出演者やスタッフから祝われ、沙也加さんからも同様の電話があった。悲報が入ってきたのは、その直後。正輝のショックは計り知れない。
 一緒に暮らしたのは聖子と離婚した97年まで。沙也加さんが10歳の時までだった。聖子は98年に歯科医男性と再婚したが、2年半で再び離婚。沙也加さんが継父と深い関係性を築くこともなく、父親と呼べるのは正輝しかいなかった。
 確執など紆余(うよ)曲折があった聖子に比べると関係は良好だった。芸能活動を始めた沙也加さんがライブや舞台に出演するとまめに観覧。プライベートでもよく食事に出かけていた。
 2017年に開かれた沙也加さんの結婚式では、聖子が不在の中、新婦の父として一緒にバージンロードを歩いた。沙也加さんの著書「Saya Little Player」には「パパが何処(どこ)に居ても 見えなくても 沙也加を愛しているよ」と直筆メッセージを寄せていた。
 毎年10月1日の沙也加さんの誕生日に、電話で「ハッピーバースデー」を歌うのが恒例。音程が外れて「オリジナルメロディー」と冷やかされたこともあったが「パパありがとう」といつも喜んでくれた。電話がつながらない時も留守番電話にフルサイズで歌声を吹き込んだ。父の愛情がこもった歌声を届けることはもうできなくなってしまった。 ​​​​​​

神田沙也加さん急逝、「マイ・フェア・レディ」を主催する東宝も声明
「謹んでご冥福をお祈りいたします」 中スポ  2021/12/20 11:23
女優や声優として活躍した神田沙也加さんが18日に死去した。35歳だった。所属事務所が19日、公式サイトで同日発表した。18~20日には札幌市内でミュージカル「マイ・フェア・レディ」の公演に臨む予定だったが、18日はダブル主演を務める女優朝夏まなとが代役を務め、19日、20日の公演は中止となった。
 「マイ・フェア・レディ」は1963年に日本初公開されたブロードウェーミュージカル。2018年から神田沙也加さんと朝夏とのダブル主演で上演されてきた。全国公演は11月14日に始まり、今後は山形、静岡、愛知、大阪と巡り、来年1月28日に福岡で千秋楽を迎える予定だった。
 主催する東宝は19日、「公演に関する重要なお知らせ」として文書を公表。神田沙也加さんの急逝に触れて「謹んでご冥福をお祈りいたします。現在全国ツアー公演中の『マイ・フェア・レディ』札幌公演につきましては、公演の継続は困難との主催者の判断により、12月19日(日)、20日(月)の公演の中止が決定されました。お客様には大変ご迷惑をお掛けし、誠に申し訳ございません」とした。全国ツアー公演については今後主催者ホームページなどで通知する。 ​​​​​​

​​ ​神田沙也加さんとユニット結成の黒崎真音、相方の訃報に悲痛「もっと一緒にいられるって勝手に…」 2021/12/20 16:54 サンスポ ​​
18日に亡くなった女優の神田沙也加さんと昨年9月に音楽ユニット、ALICes(アリセス)を結成し、活動していた歌手、黒崎真音(33)が20日までにツイッターを更新。沙也加さんの訃報を受け、悲しみに暮れた。
 黒崎は19日夜、「ALICesは解散しません さやはわたしの中にいる」とツイート。突然の別れが信じられず「さや 早く帰っておいで 寒いでしょ ずっと言ってたよね さやを一人にしないって 寂しかったら一緒に住もうって いつでもどこでも会いに行くって ねぇ さや さや LINEしても既読さえつかないよ」と悲痛な思いを記した。
 今年9月、黒崎は配信ライブ中に倒れ、搬送先の病院で「硬膜外血腫」と診断され緊急手術を受けた。沙也加さんは「大切な相方へ。公演後にALICesのマネージャーから慌てて聞いて、立ち上がれなくなって、泣きました」とツイッターで明かし、その後も「いつも想ってるよ、双子じゃないのに双子みたいなあなたの事を。その日を信じているよ、だから今はゆっくり休んでね」などとメッセージを送っていた。
 黒崎は“相方”について「大好きとかそんな言葉じゃおさまらない 大切すぎて もっと一緒にいられるって勝手に思ってた 双子だったから でもこれからも双子」と思いをつづり「ALICes さやが付けてくれた名前 大切にする さやはたくさん頑張ったから 少し休んでね」と呼びかけた。
 一夜明けたこの日は「昨夜は取り乱したツイートをしてしまいすみませんでした」とフォロワーに謝罪。「さやが今少しでも心穏やかでいてくれたらいいなと思います」とした上で「わたしは大丈夫 これから わたしに出来ることはいくつかあると思うので それを全うするのみです さやが言ってた願いを叶えてあげたい ずっとずっと味方」と結んだ。

■神田沙也加(かんだ・さやか) 1986(昭和61)年10月1日生まれ。東京都出身。2001年、SAYAKA名義でCM「アイスの実」に出演し、芸能界デビュー。02年に歌手デビュー。06年に芸名を本名にする。14年にTRUSTRICKを結成し、19年に解散。18年4月、第43回菊田一夫演劇賞を受賞。今年5月にはボカロカバー盤第3弾「MUSICALOID#38 Act.3」を発売した。157センチ。



松田聖子、23日からのディナーショー大阪4公演全て中止
報知新聞社 2021/12/20 18:26
歌手の松田聖子が、23日からホテルニューオータニ大阪で予定していたクリスマスディナーショー(26日までの4公演)を中止する。主催する同ホテルが明かした。
 同ホテルはホームページで「予定しておりました『松田聖子クリスマスディナー&コンサート』は、諸事情により中止とさせていただきます」と説明。「ディナーショーをお愉(たの)しみにお待ちいただいた皆さまには、大変ご迷惑をお掛けいたしましたこと、心よりお詫(わ)び申し上げます」とコメントした。
 松田は18日に娘の女優・神田沙也加さん(享年35)の急死を受け、19日に予定されていたディナーショー(グランドプリンスホテル新高輪)を中止。所属事務所は「いまだこの現実を受け止めることができない状態」と憔悴(しょうすい)ぶりを伝えていた。 ​​​​​​​

神田沙也加さん 死因は外傷性ショック 北海道警
産経ニュース / 2021年12月20日 16時12分
北海道警は20日、女優の神田沙也加さん(35)の死因が、高所から転落したことによる外傷性ショックだったと発表した。
関係者によると、神田さんは18日、滞在していた札幌市内の22階建てホテルの14階屋上部分で倒れているのが見つかった。
厚生労働省は悩みを抱えている人に対して相談窓口の利用を呼び掛けている。同省のホームページ「まもろうよ こころ」では、こころの健康相談統一ダイヤルなどの連絡先を掲載している。 ​​​​

神田沙也加さん“空白の3時間”に何が 父・正輝と最後の電話 松田聖子は憔悴、NHK紅白辞退の可能性も 主演ミュージカルの稽古で不安漏らす
2021/12/20 11:02 zakzak
 札幌市内の病院で死去した女優、神田沙也加さんは滞在先の札幌市内の22階建てのホテルから転落したとみられる。35歳だった。前日には主演を務めるミュージカルの通し稽古にも参加していたが、のどの不調を漏らしていたとの情報もある。母親である歌手、松田聖子(59)も大きなショックを受けており、今年大みそかのNHK紅白歌合戦への出場も危ぶまれている。
 北海道警は現場の状況から事故と自殺の両面で捜査している。沙也加さんが発見されたのは、22階建てホテルの14階屋外スペースで、血を流して倒れていたという。
 滞在していた22階の部屋から転落したとみられるが、ホテルの窓は新型コロナの感染対策で、宿泊者が最大15センチほど開けられるように仕様が変更されていた。また転落防止用ストッパーを壊せば、さらに窓を大きく開けることは可能という。
 沙也加さんは公演関係者にのどの不調を訴え、手術をする可能性にも言及し、不安を漏らしていたという情報もある。
 さらに18日午前10時には父親で俳優の神田正輝(70)に誕生日を祝う電話をしていたと一部メディアが報じている。そこから転落した姿が発見される午後1時までの約3時間に何があったのか。この空白の時間が注目されている。
 娘の急死を受けて、聖子の所属事務所はレコード会社を通じてコメントを発表。「松田は、未だこの現実を受け止めることが出来ない状態です」と聖子の憔悴(しょうすい)ぶりを伝えている。聖子は19日に東京で予定されていたディナーショーを中止。23~26日には大阪でも予定されているが、こちらの開催も不透明な状況。
 さらに出場が決まっている大みそかのNHK紅白歌合戦でも、今週中に予定されていた曲目発表が延期されることになったという。「曲目や演出についても再考されることになったが、最悪の場合、出場辞退ということもありえる」と音楽関係者は話す。
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急死の沙也加さん、心の闇と男の影 共演男性との交際で悩み…
心療内科に通院も 松田聖子、神田正輝“悲痛の対面”
2021/12/21 11:00 zakzak
18日夜、札幌市内で急死した女優、神田沙也加さん(享年35)の死因はホテルからの転落による外傷性ショックだったことが明らかになった。事件性はないとみられ、警察は沙也加さんが自殺を図った可能性もあるとみて捜査を続けている。そんな中、沙也加さんが抱えていた心の闇がクローズアップされている。そして、両親も札幌入りし、無言の対面を果たしたという。

沙也加さんは18日午後1時ごろ、22階建てホテルの14階屋外部分で倒れているところを発見されたが、靴も履かず、雪に埋もれていた状態だったため、転落からある程度の時間がたっていたとみられる。
 遺書のようなものは残されていなかったが、現場の状況から自殺の可能性も含めて捜査が続いている。21日付スポーツニッポンは、沙也加さんが心療内科に通院し、処方薬を服用することもあったと報じている。さらに沙也加さんが舞台で共演中の男性との交際に悩んでいたとも報じた。
「沙也加さんは離婚後、元ジャニーズJr.の男性と親密な交際が続いていました。そのときもかなりバッシングを浴びましたが、その男性とは今年春には別れたそうです。その後、共演男性との交際が始まったといいますが、この交際をめぐっても少なからず批判があったそうです。のどの不調も含めて沙也加さんが精神的に弱っていた可能性は高い」と芸能関係者は話す。
 そんな中、父親で俳優の神田正輝(71)が20日、札幌入りし、沙也加さんと悲しみの対面を果たした。沙也加さんは死の直前、神田に誕生日を祝う電話をかけている。それだけに神田の悲しみは計り知れない。
 そして母親の歌手、松田聖子(59)も極秘裏に札幌入りしたという。聖子も憔悴(しょうすい)が激しく、23~26日に大阪で予定されていたディナーショーも中止となった。大みそかのNHK紅白歌合戦の出場も危ぶまれている状況だ。
21日にも密葬が行われ、神田は沙也加さんの遺骨とともに帰京するとみられる。

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​​​​ 神田沙也加さんの死因を警察が発表、ホテル安全管理に問題なし…
自室窓から転落か 
読売新聞 2021/12/21 06:49

札幌市中央区のホテルで倒れているのが見つかり、搬送先の病院で死亡した女優の神田沙也加さん(35)について、北海道警札幌中央署は20日、司法解剖の結果、死因は外傷性ショックと発表した。
 ホテルの安全管理上問題はなく、同署は神田さんが自殺を図り、高層階の自室窓から転落したとみている。

​​​​​​ 神田正輝が札幌で沙也加さんと悲しみの対面…聖子も札幌入りし対面を果たす 2021年12月21日 6時0分スポーツ報知 ​​
俳優の神田正輝(71)が20日、札幌市内で18日に急死した長女で女優の神田沙也加さん(享年35)と悲しみの対面を果たした。関係者によると、沙也加さんの母親で歌手の松田聖子(59)も極秘で札幌入りし、対面したという。北海道警はこの日、沙也加さんの死因を高所から転落したことによる外傷性ショックだったと発表。事件性はないとみられている。
 まな娘の突然の悲報から2日たったこの日午前11時半ごろ、正輝は黒のロングコートにマスク、黒いサングラス姿で新千歳空港に到着した。報道陣に対し「ありがとうございます」と気丈に一礼すると、タクシーに乗り込んだ。

 沙也加さんはダブルキャストで主演したミュージカル「マイ・フェア・レディ」の公演のため札幌市内のホテルに滞在していた。18日正午からの公演に出演予定だったが姿を見せず、その後、捜査員がホテルの14階屋上スペースで血を流して倒れているのを発見。病院に搬送されたが、死亡が確認された。
 関係者によると、18日の転落直前に沙也加さんと電話で話したという正輝は、憔悴(しょうすい)しきった様子で無言の対面を果たした。聖子は報道陣の前に姿を見せることはなかったが、極秘に札幌入りし、悲しみの対面を果たしたという。正輝の誕生日である21日に荼毘(だび)に付した後、遺骨を持って帰京する予定という。
 北海道警は20日、沙也加さんの死因を、高所から転落したことによる外傷性ショックと発表した。道警によると、18日午前11時01分、事務所関係者から「部屋に鍵が掛かっていて、中を確認したが神田さんがいない」と110番があった。駆け付けた警察官が捜索し、通報から約2時間後、靴を履かず雪に埋もれた状態の沙也加さんを発見した。
​​​​​​ 偉大な両親の間に生まれ、芸能界で葛藤しながら、ミュージカル女優として才能を開花させた沙也加さん。関係者によると、再来年まで仕事の予定で埋まっていた。道警によると、薬物の影響や首を絞められた痕などは確認されておらず、事件性はないとみられている。遺書などは見つかっていないという。

神田正輝 まな娘・沙也加さんのもとへ 悲しみを覆い隠すように
目元にはサングラス デイリースポーツ 2021/12/21 05:59
18日に北海道札幌市で転落死した女優の神田沙也加さん(享年35)の父、俳優の神田正輝(70)が20日、空路、北海道に到着した。黒のロングコートにサングラスの黒装束で訃報後初めて報道陣の前に姿を見せた。21日は正輝の71歳の誕生日、悲しみの1日を迎える。
 正輝は午前11時半に飛行機で北海道入り。スーツ、マフラー、ロングコートと全身黒で統一して到着ロビーに姿を見せた。深い悲しみを覆い隠すように目元にはサングラスがかけられていた。これまで沈黙を守っていたが、空港に集まった報道陣へ「ありがとう」と一言かけるなど気丈に振る舞い、タクシーで空港を後にした。
 正輝が北海道入りする直前の午前10時45分ごろ、沙也加さんが安置されていた警察署には、葬儀関係者らが到着。午後12時に沙也加さんの棺を乗せたとみられる車両が出発し、その後、札幌市内の斎場に到着した。
 沙也加さんは、正輝と元妻で歌手の松田聖子(59)との間にもうけた一人娘。97年に聖子と離婚した後も父娘関係は良好だった。17年に沙也加さんが俳優の村田充と結婚(その後離婚)した際、正輝は事前に報告を受け、ハワイ挙式にも出席していた。沙也加さんがSNSで正輝との2ショットを公開するなど絆は深かった。
 正輝は18日の午前に司会を務めるテレビ朝日系「朝だ! 生です旅サラダ」(土曜、前8・00)に生出演。番組は北海道でも放送されていた。
 21日は正輝の71歳の誕生日。だが、愛する娘から祝福の声を聞くことはできない。

神田沙也加さんと最後の別れ…松田聖子が斎場に、助手席で位牌を手に
[ 2021年12月21日 15:10 ] スポニチ
歌手の松田聖子(59)が21日、長女で女優の神田沙也加さん(享年35)が18日に死去したことを受け、札幌市の斎場に入った。午後2時半すぎ、霊きゅう車が入り、助手席に位牌(いはい)を手にした松田が座っていた。
 神田正輝(71)と聖子は前日20日に現地に入り、悲しみの対面を果たしていた。
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松田聖子と神田正輝が涙浮かべ会見 1人娘・沙也加さん葬儀報告 
聖子「ありがとうございました」
2021年12月21日 17:11デイリースポーツ
 18日に舞台公演先の札幌市で亡くなった女優・神田沙也加さんの葬儀が21日、同市内で行われ、父の俳優・神田正輝(71)と母の歌手・松田聖子(59)が取材対応を行った。
 正輝が白い箱を、聖子が位牌を持って並んで対応。正輝が葬儀を終えたことを報告し「あまり2人とも話すようなことではないので、しばらくの間、そっとしておいていただければ」と理解を求めた。聖子は「申し訳ありません、ありがとうございました」と深々と頭をさげた。2人とも目に涙を浮かべ沈痛な表情で声を絞り出した。
 沙也加さんは、1985年に結婚した正輝と聖子の一人娘。正輝と聖子は97年に離婚した。

​​​​​​​​​​【動画速報・会見全文】神田正輝さん 松田聖子さん 悲痛…娘・神田沙也加さんの死去に悲しみ語る 12/21(火) 17:14配信 TBS News​ ​​
きょう21日、北海道・札幌市で葬儀が行われた、女優・神田沙也加さん。
父・神田正輝さん、母・松田聖子さんが葬儀後に報道陣の取材に応じ、その悲痛な胸の内を語りました。
【会見全文】
神田正輝さん「たいへん申し訳ございません。ありがとうございます。本当に身内の近親者のみで、お別れ…そして納骨というか、お骨にすることが出来ました。皆さんご協力ありがとうございました。ただ、あの…あまり2人とも話す様なことではないので、しばらくの間そっとしておいて頂けたら、ありがたいと思います。」
松田聖子さん「本当に皆さんお寒い中申し訳ございませんでした。ありがとうございます」
神田正輝さん「ありがとうございます。」
【会見ここまで】
​​ ​​ 【動画速報・会見全文】 神田正輝さん 松田聖子さん 悲痛…娘・神田沙也加さんの死去に悲しみ語る ​​ ​​


神田沙也加さん 苦しみ抜いた末の母・聖子からの自立…ベテラン芸能記者が見た村田充との日々
日刊ゲンダイDIGITAL 2021/12/21 14:22
「共に過ごした時間に感謝し、心から哀悼の意を捧げます。彼女の歌声は、まるで天使のようでした」
札幌公演中にホテルから転落し、亡くなったミュージカル女優・神田沙也加さん(享年35)について、元夫で俳優の村田充(44)はこう哀悼の意を示した。
村田は2017年4月に沙也加さんと結婚したが、19年12月に離婚を発表。当時、村田は「子どもが欲しかった私と、前向きになれなかった彼女とで折り合いがつかず」などと、離婚にいたった背景をブログで書いている。
沙也加さんと村田はハワイのモアナチャペルで挙式、おそろいのTシャツで手をつなぐ仲むつまじい写真をSNSに掲載していた。その後、村田は活動休止し、1日24時間、365日とばかり沙也加さんに寄り添い、付き人かマネジャーのように甲斐甲斐しく世話を焼く姿が目撃されていた。ベテラン芸能記者の青山佳裕氏は言う。

「沙也加さん出演のミュージカル制作発表の後、喫茶店で共演者の女の子とおしゃべりしていると、ベンツを運転して村田さんが迎えに来て、じっと待機していたのを覚えています。それから沙也加さんお気に入りの原宿のブティックに車を走らせ、女性服の買い物に1時間半、付き合う。沙也加さんは30センチ近く背の高い夫の腰に手を回し、ひとときも離れたくないという様子でした」
沙也加さんは仕事に邁進する母、松田聖子(59)から祖母の一子さんに預けられ、最も親の愛情や庇護の欲しい幼少期、とても寂しい思いをして育った。離婚について、沙也加さんはテレビでこう語ったことがある。
「両親ともに芸事で、子どもっていうのがどうしても抵抗があって、一緒にいてあげられない側面が出てくるだろうなと」
母聖子との確執は結婚披露パーティーに聖子を呼ばず、聖子は聖子で祝福コメントを出さなかったことで表面化。沙也加さんは幼少期のトラウマからか、ファザコンのように甘えさせてくれる年上夫と自分の城を構え、聖子からの完全独立をはかったのだろう。しかし、それも破局に終わってしまう。
スタバで一心不乱に履歴書を書く姿が…
「子どもの件は、たしか『そのときは僕が家庭に入るよ。だから君は安心して外で仕事をしておいで』と村田さんに言ってもらえ、前向きになれたと沙也加さんはおっしゃっていたと思います」(青山氏)

有名な母親からの自立。演出家の宮本亜門は「ミュージカルやりたい、本当にうまくなりたいんですって、本物になりたいって何回も言ってました」と、オーディション合格を告げても有名な両親だから受かったのかと食い下がる沙也加さんの姿を語っている。
「ミュージカル女優で認められる前、沙也加さんが、駅前のスタバで一心不乱に履歴書を書く真剣な表情が印象に残っています。もう何枚も。時給900円でのアルバイト経験をご本人がテレビで語っていましたが、まず自活するために必死だったのでしょう」(青山氏)
頑張り、頑張って、自分ひとりの力で自分の地位を築いた沙也加さん。天国ではどうか安らかに。そう祈るばかりだ。 ​​
松田聖子、涙で声震わせる 元夫・神田正輝と取材対応「申し訳ございませんでした。ありがとうございます」
デイリースポーツ 2021/12/21 17:12
18日に札幌のホテルから転落して亡くなった女優・神田沙也加さん(享年35)の葬儀が21日、札幌市内で行われた。葬儀を終え、午後5時すぎ、父の俳優・神田正輝(71)と母で歌手・松田聖子(59)が取材に応じた。
 沙也加さんは、1985年に結婚した神田と聖子の1人娘。2人は97年に離婚した。
 神田が骨壺を、聖子が位牌を手に報道陣の前に姿を見せた。2人はまず一礼。神田が「大変申し訳ありません。本当にありがとうございます」と声を振り絞り、聖子はその間、頭を下げたままだった。
 神田は「本当に身内の近親者のみで、お別れ…納骨…納骨というか、お骨にすることができました。みなさんご協力ありがとうございました。ただ、今、あんまり、2人とも話すようなことではないので、しばらくの間、そっとしておいていただけたらありがたいと思います」と気丈に話し、聖子が「本当にみなさん、お寒いなか、申し訳ございませんでした。ありがとうございます」と深く頭を下げた。
 2人は涙を浮かべ、聖子の声は震えていた。
​​​ 最後に神田が「ありがとうございました」と口にし、2人で頭を下げ、聖子を促すようにして、会場を後にした。

松田聖子さんと神田正輝さん、沈痛に「そっとして」
2021/12/21 17:21 産経新聞



18日に急死した女優の神田沙也加さん(35)の両親である俳優、神田正輝さんと歌手の松田聖子さんが21日午後、札幌市内の葬儀場で報道陣の取材に応じた。沙也加さんの遺骨が入っているとみられる白い箱を抱えた神田さんは、近親者のみでお別れをしたと明かし、「話すようなことではないので、しばらくの間そっとしておいていただけたらありがたいと思います」と語った。
​​​​​​​​位牌を持った聖子さんは「寒い中申し訳ありません。ありがとうございます」と述べ、深々と頭を下げた。2人とも目に涙を浮かべ、沈痛な表情をしていた。

神田沙也加さん荼毘に 正輝さん「近親者で別れ」
共同通信社  2021/12/21 18:33
札幌市中央区の宿泊先ホテルで転落し亡くなった俳優の神田沙也加さん(35)の遺体が21日午後、同市清田区の火葬場で荼毘に付された。火葬を終え、取材に応じた父で俳優の神田正輝さん(71)は沈痛な面持ちで「近親者のみでお別れできた」と述べた。母の歌手松田聖子さん(59)も震える声で「寒い中、申し訳ございません。ありがとうございます」と深々と頭を下げた。
 厚生労働省は悩みを抱えている人に対して相談窓口の利用を呼び掛けている。同省のホームページ「まもろうよ こころ」では、こころの健康相談統一ダイヤルなどの連絡先を掲載している。

神田沙也加さん 母・聖子と父・正輝の胸に ピンクの骨箱が涙誘う
デイリースポーツ 2021/12/21 18:30
18日に急死した女優・神田沙也加さん(享年35)の葬儀が21日、近親者のみで札幌市内の斎場で行われた。葬儀後、父の俳優・神田正輝(71)と母で歌手・松田聖子(59)が取材に応じた。沙也加さんは、1997年に離婚した2人の1人娘だった。
 神田が骨壺を、聖子が位牌を、胸に抱えるようにして姿を見せた。2人は報道陣に一礼。聖子は深く頭を下げ、しばらく顔をあげられなかった。
 神田は最後のお別れを済ませたことを報告し、「みなさんご協力ありがとうございました。しばらくの間、そっとしておいていただけたらありがたいと思います」と言葉を振り絞った。
 聖子は震える声で「本当にみなさん、お寒いなか、申し訳ございませんでした。ありがとうございます」と深く頭を下げた。2人とも涙を浮かべていた。
 骨箱も位牌も淡いピンク色の布で覆われていた。
 ネット上では「位牌と骨壷を見たら、本当なんだって思って涙が止まらないです。可愛らしい位牌とピンクは、聖子ちゃんが選んだんだろうな。沙也加ちゃん、パパとママが揃って迎えにきてくれてよかったね。どうか、安らかに…」「ピンクの骨壷の中に沙也加ちゃんがいるなんて、信じられなさすぎて泣けてきた 本当は会見なんてつらいだろうに」「かわいらしいピンクの骨袋を見た途端、沙也加さんの愛らしい姿や歌声を思い出して涙が出た」「ご骨壷や御位牌も沙也加さんらしいピンクだった 親よりも先になんて考えられない程辛い 涙止まらない そっとしてあげてほしい」「沙也加ちゃんお骨になってしまったんだね ピンクの可愛らしい覆袋が余計泣ける」「ピンクが沙也加さんらしかったです」「沙也加ちゃんのピンクに包まれた骨壺みてさすがに涙止まんない」などのコメントが書き込まれている。
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神田正輝と松田聖子 悲しみの帰京 正輝は終始うつむき帰路に 会見で「暫くの間そっと」 デイリースポーツ 2021/12/21 21:10
18日に死去した女優・神田沙也加さん(享年35)の父で俳優の神田正輝(71)が21日午後9時前、空路で北海道から羽田空港に帰京した。
 白いマスクに黒のコート姿。右手には黒いバックを持っていた。関係者らしき男性とともに職員に案内され、外へ。終始、うつむき加減だった。
 正輝はこの日、沙也加さんの母で歌手の松田聖子(59)とともに札幌市内の斎場で沙也加さんと最後の別れをして会見。「暫くの間そっとしておいていただけたらありがたいと思います」と話していた。
 聖子もこの日、帰京した。

​​ 神田沙也加さん急死の衝撃 主演のミュージカルは衝撃的な幕切れに 中川翔子や小島瑠璃子らが相次ぎ追悼「悲し過ぎる」
2021/12/21 06:30 zakzak ​​​​

宿泊先の札幌のホテルで18日、女優、神田沙也加さん(35)が転落死したことは、自殺を図った可能性も言及されており、芸能界に波紋を広げている。神田さんにとってはこの日、Wキャストで主演を務めるミュージカルの初日を迎えるところだったが、衝撃的な幕切れとなった。
 神田さんは18日昼頃、札幌市内のホテルの14階の屋外スペースに血を流して倒れていたところを発見された。意識不明の状態で病院に搬送されたが、その後、死亡が確認された。
 神田さんはこの日、主演ミュージカル「マイ・フェア・レディ」の札幌公演(札幌文化芸術劇場)の昼公演に出演する予定だった。しかし、開演直前になっても連絡がつかなかったため、Wキャストの女優、朝夏まなと(37)が急遽(きゅうきょ)代役を務めることになった。
 俳優、神田正輝(70)と歌手、松田聖子(59)の長女である神田さんは2001年に芸能界入り。02年には歌手デビューも果たしている。その後は、本名で活動し、その歌唱力が認められ、近年ではミュージカルを中心に活躍。映画「アナと雪の女王」シリーズではヒロイン、アナの吹き替えを務めるなど幅広い人気を集めた。
 今回の「マイ・フェア・レディ」は札幌の後、来年1月まで東京など全国で上演する予定だった。さらに来年4月上演のミュージカル「銀河鉄道999」でもヒロインのメーテル役が決定するなど、仕事は順調だった。
「もちろん当初は松田聖子の娘という看板が先行していましたが、自分の力で現在の地位を確立して、ミュージカルでは欠かせない存在になっていました。それだけに彼女を失ったことは、ミュージカル界にとって非常に大きな損失となるでしょう」と演劇関係者。
 神田さんの死が報じられると、タレントで歌手の中川翔子(36)やタレントの小島瑠璃子(27)らが相次いでその死を悼んだと思われる投稿をSNSにした。
 中川は19日未明に「胸が痛いです 遺されたご家族も」と投稿。小島も「何て悲しいニュース。悲し過ぎる」とつづっている。
 神田さんは私生活では17年に俳優、村田充(44)と結婚するも、19年に離婚に至るなど母親だけでなく自身も山あり谷ありの人生だった。
 「3カ月前に、音楽ユニット、ALICesの相方である歌手、黒崎真音(33)が配信ライブ中に硬膜外血腫で倒れるという衝撃的な出来事がありました。その黒崎がこの18日にはブログを更新し、リハビリを頑張っていることを報告したところだったのですが…」と音楽関係者も肩を落とす。
詳細はまだ明らかでないが、神田さんの死は芸能界に大きく影を落としている。 ​​

神田沙也加さん密葬、事務所も報告 転落原因は公表控える
「本人の名誉と周囲の影響を踏まえ」

2021/12/21 19:28 サンスポ
18日夜に急逝した女優、神田沙也加さん(享年35)の所属事務所は21日、公式サイトで「本日、ご親族のご希望により、密葬という形で家族にて葬儀を執り行わせていただきました」と報告した。
 北海道警による検証結果について「事件性はなく、転落による多発外傷性ショックが死因であるとの報告を受けました」と伝え「転落の原因につきましては、神田本人の名誉と周囲の方々への影響を踏まえて公表を控えたく、お含みいただけましたら幸いです」とした。
 そして「私共は神田との突然の別れに混乱しながらも、その事実と向き合い、神田を守れなかったという責任を真摯に受け止めております。神田の逝去に関して様々な報道がなされると同時に、ご心配のお声も頂戴しております。このような事態となりましたことを、お詫び申し上げます」とファンや関係者に謝罪。最後に「ご親族やご友人のプライバシーに関わるような記事の掲載、過剰な取材行為、インターネット上での根拠のない誹謗中傷に関しまして、お控えいただけますよう改めてお願い申し上げます」と配慮を求めた。
沙也加さんは17日から主演ミュージカル「マイ・フェア・レディ」の出演のため、札幌市の22階建てホテルの高層階に宿泊。18日午前11時頃、関係者から「部屋に鍵が掛かっていて、中を確認したが神田さんがいない」と110番があり、警察官が午後1時頃、14階屋外部分で、心肺停止状態で靴を履かずに雪に埋もれた沙也加さんを発見。午後9時40分に搬送先の病院で死亡が確認された。

■神田沙也加(かんだ・さやか) 1986(昭和61)年10月1日生まれ。東京都出身。2001年、SAYAKA名義でCM「アイスの実」に出演し、芸能界デビュー。02年に歌手デビュー。06年に芸名を本名にする。14年にTRUSTRICKを結成し、19年に解散。昨年9月には女性歌手、黒崎真音(33)とALICesを結成。18年4月、第43回菊田一夫演劇賞を受賞。今年5月にはボカロカバー盤第3弾「MUSICALOID#38 Act.3」を発売した。157センチ。
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神田沙也加さん急死 直前のディナーショーで母・松田聖子は娘に触れず…複雑な母娘の関係
SmartFLASH 2021/12/22 06:00
葬儀を終え、報道陣の取材に応じる神田正輝と松田聖子。言葉少なに苦しい胸の内を明かした
 12月18日に急逝した神田沙也加さん(享年35)。俳優・神田正輝と歌手・松田聖子は21日、北海道・札幌市内の斎場で報道陣の取材に応じた。
 神田は骨壺を抱きながら「近親者のみで葬儀をおこなうことができました。皆さんご協力ありがとうございました。あまり2人とも話すようなことではないので、しばらくの間そっとしておいていただけたら」と語り、聖子は「寒いなか、申し訳ございませんでした。ありがとうございます」と言葉少なに話した。
 聖子は12月19日に、東京・港区のグランドプリンスホテル新高輪で開催予定だったディナーショー「SEIKO MATSUDA Christmas Dinner Show2021」への出演を取りやめ、その後大阪で予定されていたディナーショーも中止を発表した。
 沙也加さんが急死する2日前、16日のディナーショーに参加していた長年のファンが当日の聖子の様子を語る。
「ここ8年ほど、毎年クリスマスディナーショーに通っていました。お酒が飲み放題で約5万円。料理もおいしいですし、相変わらずの歌唱力で感動しました。例年と変わらず、『皆さまよいお年を!』で締めていました。フリートークのコーナーで、娘さんを話題にすることはありませんでしたし、これまで8年間、一度もふれたことはありません。沙也加さんとの確執は続いているのかなと思っていました。まさか2日後にこんなことになるとは…」
 聖子は、18日当日も沙也加さんの訃報を知ることなくディナーショーをやり切った。大スタ―の母とその娘・沙也加さん。2人の関係について、「とても複雑なものでした」と語るのは芸能記者だ。
「14歳のころのインタビューで沙也加さんは、母・聖子さんについて“母”というよりも、なんでも話し合えるいちばんの“親友”のように感じると語っています。それぐらい親子関係が順調なころもあったんです。しかし、2017年に俳優の村田充さんと結婚した際、聖子さんは結婚に反対だったらしく、深い亀裂が走りました」
だが、沙也加さんへの愛情が薄れていたわけではけっしてないという。
「沙也加さんの急死の第一報を聞いたとき、聖子さんは相当ショックを受けていました。正輝さんが沙也加さんと対面するために、札幌に来るのはすぐにわかったのですが、聖子さんは精神的なショックを受け、札幌まで来るのも難しいという話も出ていたほどです。結果的に、両親揃って北海道で葬儀をおこなうことはできましたが、あまりに悲しい親子の再会となってしまいました」(スポーツ紙記者)
子に先立たれた親の心痛は、計り知れない。 ​​​​​

神田沙也加さん 事務所が葬儀終了を報告「転落の原因は公表を控えたく、
お含みいただけましたら」 東スポWeb 2021/12/21 23:20
18日に急死した神田沙也加さんの密葬が21日に札幌市内の斎場で営まれた。所属事務所の公式サイトが報告した。
所属事務所代表の名義で、「ファンの皆様、関係者の皆様」という文書をアップした。「本日、ご親族のご希望により、密葬という形で家族にて葬儀を執り行わせていただきましたことをご報告申し上げます」とした。
沙也加さんは宿泊先のホテルから転落したとみられている。「警察による詳細な検証の結果、事件性はなく、転落による多発外傷性ショックが死因であるとの報告を受けました。転落の原因につきましては、神田本人の名誉と周囲の方々への影響を踏まえて公表を控えたく、お含みいただけましたら幸いです」
沙也加さんの悲報は日本中に衝撃を与えた。「私共は神田との突然の別れに混乱しながらも、その事実と向き合い、神田を守れなかったという責任を真摯に受け止めております」とつづった。 ​​​​​

神田沙也加さん ホテルに書き置き 人生のさまざまな思いつづる
スポニチアネックス / 2021年12月22日 5時33分
18日に札幌市内の宿泊先ホテルの22階から転落し、後に死亡が確認された女優神田沙也加さん(享年35)。そのホテルの部屋に、書き置きがあったことが分かった。警察は「遺書は見つかっていない」としており、いわゆる遺書とは異なるもの。そこには、沙也加さんのさまざまな思いがつづられている。
 沙也加さんは、札幌公演に向かう前日に不調だった喉に関する診断が出ていた。「手術をして歌えなくなったらどうしよう」という不安な思いに加え、愛犬の死、恋人との恋の行方の悩みなど、苦悩が重なった。そんな中でも、人々を笑顔にするために全力でミュージカルに打ち込んでいた。書き置きには悩みだけでなく、周囲のさまざまな人への思いなどが、沙也加さんらしい言葉で書かれていたという。
 沙也加さんは昔からモノを書くことが好きだった。2002年元日付のスポニチ本紙で女優と歌手のダブルデビューを報じた際、読者に向けた年賀状をイラストを添えて書いた。インタビューで話すことも、文章に書いてまとめていた。「昔から出会った人への感謝の気持ちなどを、よく手紙に書く人だった」と関係者。その文章力の高さにスタッフも驚かされ、作詞を勧めたほどだった。
 “デビュー”も作詞家としてだった。13歳だった99年に、聖子のシングルのカップリング曲「恋はいつでも95点」をALICEの名義で作詞。歌手になることを当初は反対した聖子も、その才能を認めていた。レコード会社関係者は「沙也加さんは母親の偉大さを誰よりも理解していた。自身の詞を、偉大な母に歌ってもらえる喜びは大きかったのではないでしょうか」と振り返る。
 芸能界を離れていた06年にも聖子のシングル「bless you」の詞、曲を上原純の名義で手掛けた。永遠の愛を歌ったバラード。♪時が流れても いつか眠る日も ずっと 君を想う I bless you――。母娘の永遠の愛はこれからも変わらない。
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​​​ 「新恋人と正月恒例“結婚スクープ”のはずが何故…」神田沙也加さん(35)急逝 囁かれ続けた「母・聖子との微妙な関係」と「二股愛の悲しい結末」 「文春オンライン」特集班 2021/12/22 06:10
「雪がクッション代わりになって彼女を助けようと…」急逝した神田沙也加さん(35)が乗り越えてきた「壮絶ないじめの過去」と「恋愛トラブルの数々」 から続く
 女優の神田沙也加さん(35)が急逝した3日後の12月21日、午後2時半頃、札幌市内の斎場に1台の霊きゅう車が入った。助手席には、位牌を手にした母・松田聖子(59)の姿があった。

午後5時、聖子はかつての夫であり沙也加さんの父でもある神田正輝(71)とともに報道陣の取材に応じた。
「あまり2人とも話すようなことではないので…」
 愛娘のお骨を手にした神田は、
「大変申し訳ありません、ありがとうございます。身内の近親者のみで葬儀を行うことができました。皆さんご協力ありがとうございました」
「あまり2人とも話すようなことではないので、しばらくの間そっとしておいていただけたら」
 と気丈に振る舞い、聖子もまた、「寒い中、申し訳ございませんでした。ありがとうございます」と声を詰まらせ深々と頭を下げた。静まり返った会場では一部記者の心無い質問も飛んだが、2人を慰めるように、雪が深々と降り続けていた――。
 北海道警は20日、神田さんの死因は外傷性ショックであると発表した。
「『部屋の鍵が掛かっている。窓を開けたが人がいない』という神田さんの関係者からの110番通報があり、すぐに警察官が駆け付けました。しかし、既に窓下の14階の屋外スペースには雪が積もっており、部屋から下をのぞき込んでも神田さんの姿を確認できる状態ではありませんでした。
 除雪後、神田さんが発見された時には通報から約2時間が経っており、神田さんは靴も履いておらず、既に心肺停止状態だった。警察は部屋にあった3カ所の窓のいずれかから転落したとみています。『コロナの影響で窓が開けられるようになっていた』との一部報道もありますが、部屋の窓は十数センチしか開いておらず、壊れてもいないことから、事故や事件性はないとみられています」(全国紙社会部記者) 
「ママはよくて何故、私は駄目なの?」
 昭和のアイドルの代名詞でもある松田聖子と、元石原軍団の神田正輝の娘として、生まれながらに注目され続けてきた沙也加さん。
 スターの間に生まれた娘ということもあり、幼少期から苦労は耐えなかったという。沙也加さんは、2015年に出版した自著「Dollygirl」(宝島社)で過去に壮絶ないじめを受けていたことを告白していたことは #1 でも報じた。そして、母・聖子との微妙な関係もまた、これまで数多くのメディアが報じてきた。
「自身は共演者と恋愛関係に発展することが多かった聖子さんですが、母であるが故でしょうか、娘の“職場恋愛”には厳しかった。沙也加さんからしたら『ママはよくて何故、私は駄目なの?』という気持ちは強かったのでしょう。『Dollygirl』では父である神田さんのプライベート写真が複数使われていたのに対し、母の写真は1枚も使われていないことが話題になりました」(スポーツ紙芸能デスク)
苦しい恋愛も力に変えて女優として成長
 思春期の頃からギタリストやミュージカル俳優など一回り以上年上の男性と恋をしてきた沙也加さん。周囲の反対を押し切り、一途に相手にのめり込んでしまうあまりに苦労をすることもあったという。
「2015年頃交際したアイドル出身の年上俳優Aとの関係は不憫でした。彼の事務所マネージャーも公認の仲で、彼の稽古場にお手製のお弁当を差し入れする程でした。ですが、Aは沙也加さんとは別に、有名企業の社長令嬢とも付き合い、二股をかけていたのです。
 Aはその社長令嬢と、内々で婚約を済ませ、ついには結婚してしまった。傷ついた彼女は酷く体調を悪くして、病院にも運ばれたことがあります。Aはその後、その社長令嬢とも離婚したと聞いていますが、沙也加さんが負った心の傷は深かったと思います」(Aの知人)
 取材班は12月21日、Aに話を聞くため直撃した。だが、Aは「今、急いでいるので……」と答えるのみ。再度、質問を重ねると「いや、そういう事実はないと思っています」とだけ答えて、足早に去っていった。
「恋をするたびに女優としてどんどん成長していった」
 2017年4月には、舞台「ダンガンロンパ THE STAGE 2016」で共演した俳優・村田充(44)との結婚を発表。しかし、わずか2年で夫婦関係は解消され、2019年末に離婚が発表された。離婚発表後には元ジャニーズJr.の秋山大河(29)との交際が『女性セブン』に報じられた。
「離婚発表後すぐの熱愛報道だったため、秋山のファンから不倫を疑われたんです。そのことによる誹謗中傷に悩んでいたものの、今年の5月ごろまでは沙也加さんと秋山は交際していました。一方、プライベートでは苦労も多かったけど、決して仕事の手を抜くことなく、むしろその度に女優としてどんどん成長していった気がします」(前出・スポーツ紙芸能デスク)
 神田さんは2018年には日本演劇界最高峰の賞である菊田一夫演劇賞も受賞。”第二の母”と慕う大地真央がかつて主演をつとめた舞台「マイ・フェア・レディ」にも2018年に挑戦し、大地と同じイライザ役を見事に務めあげていた。
結婚間近とも言われた“新恋人”の存在
 そんな沙也加さんには「新たな恋人」の存在が囁かれていた。
「今年10月ごろから『マイ・フェア・レディ』で共演する年下の若手俳優Bとの交際が噂され、あるスポーツ新聞はお正月恒例の大物芸能人が年内に『結婚する』というスクープを沙也加さんとBとでうつ予定をしていたほど注目を集めていました。
 そうやって周囲が固唾を呑んで2人の関係を見守っていた最中の今回の出来事でした…。一見、交際は順調に見えていましたが、最近も2人の間に大きなトラブルがあり、それを解決するために沙也加さんが友人とともにいろいろ動いていたのですが、解決にいたらなかったようです」(舞台関係者)
 また、一部報道では、沙也加さんは喉を傷めていたこと、心療内科に通い、処方薬を服用していたことも伝えられている。
 沙也加さんが宿泊していたホテルの上層階の部屋の窓からは札幌の街並みが一望できる。
 テレビ塔や主演を務めるミュージカル「マイ・フェア・レディ」の会場となっていた札幌文化芸術劇場も目の前だ。35年というあまりにも短い生涯を唐突に終えた沙也加さんを悼むように札幌の街では21日夜も雪が静かに降り積もっていた。

松田聖子、神田正輝が沙也加さんと最後のお別れ
「親子3人の知られざる本当の関係」
2021/12/21 20:32  AERA
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札幌市のホテルで急逝した女優の神田沙也加さん(享年35)。父で俳優の神田正輝(71)と母で歌手の松田聖子(59)が急きょ札幌入りし、亡き娘と悲しみの対面をした。
 沙也加さんの遺体は20日、安置されていた警察署から札幌市内の斎場に運ばれていた。21日午後5時、松田聖子と神田正輝がそろって会見に現れた。
 神田はお骨を持ち、「大変申し訳ありません。ありがとうございます。身内の近親者のみでお別れ、そして納骨というか、お骨にすることができました。みなさんご協力ありがとうございました。ただ、あまり2人とも話すようなことではないので、しばらくの間そっとしておいていただけたらありがたいと思います」
 聖子は「本当にみなさんお寒い中、申し訳ございませんでした。ありがとうございます」とだけ語り、深々と2度、頭を下げた。
 2人とも涙をこらえ気丈に振る舞ったが、沙也加さんの死の真相については、一言も語ることはなかった。

 沙也加さんは何か悩みを抱えていたのだろうか。
 遺作となったミュージカル「マイ・フェア・レディ」は元宝塚歌劇団宙組トップスターの朝夏まなと(37)とダブルキャストで、舞台の主演をほぼ交互に務めていた。
札幌公演は初日の17日、主演を朝夏まなとが務めた。翌18日は沙也加さんの主演の番で、正午から幕が上がる予定だった。ところがいつまで経っても現れなかった。
 沙也加さんは18日午後1時頃、30センチほどの積雪がある中、高層階の窓から転落し、14階の屋外スペースで雪の中で発見された。同署によると、司法解剖の結果、死因は外傷性ショックだった。
なぜ22階建てのホテルの窓は開いたのか。ホテルにAERAdot.が取材したところ、経営幹部はこう答えた。
「部屋の窓はコロナ禍で換気のために、最大15センチまでは開くようになっています。それ以上は開かないです」
 一部では、転落防止用のストッパーを外せば窓はもっと開放できたという報道もあった。
「いえ、ストッパーは普通では外れないですね。お客さまから窓を開けて欲しいというご要望をいただいても、15センチ以上開けることはしません。今回の件で、私どもも改めて検証しましたが、市販されているネジ回しやカナヅチなどの工具ではストッパーを外すことはできません」(同前) 
 自室以外から転落する可能性についても、ホテル幹部は否定した。
「屋上へ行く階段は施錠してあったので入れないです。その他の窓は全て施錠してあります。お部屋の鍵で、自分の階しか入れないようにエレベーターもコントロールもされています。だから、他の客室階には基本的には入れないようになっています。他の階の人と一緒に行ったら別ですけれども……安全上の不備はありませんでした」(同前)
 警察でも『ホテル側の安全管理上の問題はなかった』と発表した。窓に破損はなく、開いた状態だったという。
 沙也加さんは何か悩みを抱えていたのだろうか。出演中の「マイ・フェア・レディ」の客入りを聞いた。同舞台は、東京・帝国劇場で開幕し、11月14日から28日まで東京公演が行なわれた。
「日によりましたが、帝国劇場は満席になる日もございました。かなり多くのお客さまにご来場いただいておりました。空席のある日もあって、当日券の販売もしておりました」(東京公演関係者)
 その後、「マイ・フェア・レディ」は埼玉公演(12月4日)、岩手公演(12月10日、11日)を経て、17日から20日までのスケジュールで北海道・札幌公演が行なわれた。
「17日の初日は朝夏まなとさんの主演でした。客入りは7割前後くらいでそこそこでしょうか」(札幌公演関係者)
 コロナ禍が収まっていない状況としては健闘していた。
 親子3人の取材をしている芸能リポーターの城下尊之氏は、沙也加さんについてこう話す。
「沙也加さんは最初、松田聖子さんに無断でアメリカに滞在していた時、短編映画に出て賞を獲ったんですよね。そこがスタートなんです。それで、聖子さんがこれはイケルというので、聖子さんがプロデュースする格好でデビューさせたんですよ。CMに出し、歌をうたわせ、その後、映画に出演させた。聖子さんは自分がスターになったのと同じような道を歩ませたんですよね」  
 神田一家はかつて、都内でも高級住宅街として名高い世田谷区成城付近で暮らしていた。近くには撮影スタジオがあり、芸能人が多く住んでいるところとしても知られている。
 当時、その辺りに住んでいたという40代の会社員男性は、偶然、神田正輝さんと沙也加さんが歩いているところに出くわしたときを、こう振り返る。
「もう25年以上前になりますが、幼かった沙也加さんと神田正輝さんが一緒に歩いているところを見ました。小田急線沿いで今は高架線になっている場所ですが、当時は電車が真横を走り、人がすれ違うのがやっとの線路沿いの脇道。薄暗い場所でしたがニッコリ笑って何か話していました。いまから思えば沙也加さんのために、あえてひと目が少ない道を神田さんが選んでいたのかもしれませんね」
 実際、父娘の絆は強く、沙也加さんが亡くなった当日の午前10時にも、父親と電話で話していたと報道された。話は沙也加さんの幼少期に戻る。
 最初の頃は母親の言うことを聞いていた沙也加さんだったが、そのうち聞かなくなったという。前出の城下氏はこう話す。
「母親だから娘に対して、言い方がキツかったらしく、娘も母親に反発したそうです。母娘でいろいろやってみましたが、当初は、芸能活動がうまく行きませんでした」
そんな中、沙也加さんの才能を見出したのが、演出家の宮本亜門さんだった。
「亜門さんがオーディションで、沙也加は歌もできるし演技もいいというので、2004年に自分の舞台に抜擢したんです」
 スターへの階段をのぼり始め、母親との関係がギクシャクするようになった。芸能プロダクション関係者はこう話す。
「聖子さんはセルフプロデュースに長けていて、結婚、離婚でも何でも芸の肥やしというプロ意識の高い性格の人。対照的に、沙也加さんは地味な性格だった。聖子さんは何とか自分の娘を売ろうと、テレビ局や音楽関係者にプロモーションで売り込んだ。はたからは、沙也加さんに対してちょっと過干渉気味にも見えました」
 沙也加さんは2017年に俳優の村田充と結婚したが19年に離婚した。聖子はこの結婚が気に入らなかったという。
「聖子さんはとにかく無駄が嫌い。自分の結婚する相手は石原軍団の神田正輝さんだったり、お医者さんだったり、ある一定のポジションの人です。だから、村田さんとの結婚はお気に召さなかったんだと思います」(前出の芸能プロダクション関係者)
 先の城下氏は、母娘の関係をこう言う。
「言うこと聞かないからお小遣いをあげないみたいな親子ゲンカもあったようですよ。そういう状況の中、聖子さんはもう自分がプロデュースしていたらダメだと思ったんでしょうね。そこで、聖子さんのマネージャーだった人が、女優の大地真央さんのところにお願いに行ったのです」
 2006年、沙也加さんは大地の舞台に出ることになった。
「亜門さんの2004年の舞台から06年までの間、沙也加さんはアルバイトしたり、普通の生活をちょっと味わってみたりしていた。そして、大地さんの一級品の舞台に出られるようになり、歌もセリフも覚えた。沙也加さんは舞台漬けの生活で鍛えられ、開眼しました」(同)
 大地さんの推しもあり、沙也加さんは次々に舞台に出るようになった。
「本人もやる気で歌もうまいからミュージカルができる。ミュージカルができる舞台俳優はすごく重宝され、年に2本、3本と舞台に出るようになりました。目鼻立ちもハッキリしていて舞台にはプラス。セリフまわしもしっかりしていて、舞台の仕事が途切れることはありませんでした」(同)
 舞台女優として順風満帆の人生のように見えた沙也加さんに、いったい何が起きたのか。沙也加さんを見てきたテレビ関係者は、こう話す。
「松田聖子の娘というのは一生言われるので、沙也加さんもつらかったかも。ただ、35歳という年齢なので母娘の関係が原因ではないと思います」
 成長してからの両親との関係はどうだったのか。
「神田正輝さんは基本、放任主義ですね。親はいなくても子は育つというくらいの考えですが、何か相談されたら、できることはやるし、相談にも乗るというタイプです。母親とは村田さんの結婚に反対されて以降、距離ができたようですが、だからといって完全に途切れているわけではありません。適度に距離感を持って、何か必要な時には連絡とれる状態でした」(前出の城下氏)
 沙也加さんは2018年発売した自著『Saya Little Player」(マガジンハウス)の中で、「マスコミから逃げている記憶も沢山ありますね。学校の外で待っているし、声もかけられる」などと辛い思い出もつづっていた。さらに、「私は数年に一度気持ちいいほどの伏線回収劇がある人生なんです。停滞に見えてた時間を『これがなかったらこうなってなかった』って答え合わせができるときが来る」とも。
 そして、「最後に、私にとってファンの存在はすごく自慢!」と書いていた。ファンにたくさんのものを残して、沙也加さんは旅立った。

​​​​​ ​​​神田沙也加さんと交際認めた前山剛久 亡くなる直前の「-レディ」で共演 「王家の紋章」でも  デイリースポーツ 2021/12/22 17:01
俳優・前山剛久(30)が22日、公式サイトで、18日に急逝した神田沙也加さんと「真剣なお付き合いをしており、将来を見据えたお話もさせていただいておりました」と明かした。所属事務所によると、前山は沙也加さんの死にショックを受け、憔悴しているという。2人は11月に開幕した沙也加さん主演の舞台「マイ・フェア・レディ」で共演していた。

 前山は「-レディ」では沙也加さんと同じ『チームK』で、沙也加さん演じるイライザに思いを寄せるフレディ役だった。
 今年8月に開幕した舞台「王家の紋章」でも沙也加さんと共演。ヒロインのキャロル(神田さん、木下晴香のダブルキャスト)の従者で実は間者というルカを演じていた。
 沙也加さんは17年4月、俳優・村田充(44)と結婚し、19年12月に離婚を発表していた。
 前山は1991年2月7日生まれ。身長172センチ。大阪出身。若手俳優集団「D-BOYS」のメンバーで舞台でも活躍している。 ​​​

《神田沙也加さん追悼》松田聖子が娘に願った「一番の親孝行」
過去インタビューで振り返る“母娘愛”の軌跡
2021/12/21 21:05 Newsポストセブン
歌手・松田聖子(59)は、1985年に俳優・神田正輝(70)と結婚し、1986年10月に長女・沙也加さんを出産した。聖子がトップアイドルのまま結婚・出産を経たことは芸能史において革命とも言える出来事で、「ママドル」という新語まで生み出した。
 1997年にリリースした『私だけの天使〜Angel〜』の歌詞は、聖子が愛娘である沙也加さんを想って書いたものだ。「天使」「宝物」「生きがい」と娘への愛情を歌う同楽曲のシングルのジャケットには、聖子と沙也加さん、母娘で繋いだ手の写真があしらわれていた。しかし12月18日、娘は母より先に短い生涯を終える。12月21日、聖子は北海道・札幌市内の斎場で沙也加さんと無言の対面をし、沙也加さんは荼毘に付された。
 聖子にとって唯一の娘・沙也加さんの逝去はあまりにも早すぎる別れだった。聖子と沙也加さんが自ら答えたインタビューの内容から、母と娘の「絆」を紐解いていく。

優しくてちょっと厳しい普通のお母さん
 まずは沙也加さんが8歳のころに行われたインタビューを振り返る。日本を代表するアイドル歌手である“聖子ちゃん”も、小学生の娘にとっては、優しくてちょっと厳しい普通のお母さんだったようだ。
〈(沙也加ちゃんのお弁当は)変わらないですねえ。相変わらず卵焼きとかウインナー、アンパンマンのハンバーグ。(中略)お弁当に関してはいろいろいいますからねえ。『またピーマン入れるの』とか。『だったら持っていくのやめなさい』って。私、厳しいんです。まあ、リクエストも聞きますけど、基本的に“あれ作って”じゃなくて、“作ったものを持っていきなさい”のほうですから〉(『JUNON』1994年12月)
〈(『母してる』と思う瞬間は)朝お弁当を作ってるときと、学校から帰ってきてもなかなか宿題や勉強をしなくて『まったくもう』って怒ってるときかなあ。でも、ときどき思うんです。これって、私が小さいころに母にいわれたのと同じだわって〉(同前)
 このインタビューで聖子は、インタビュアーから何気なく出た「セーラームーンソーセージ」という言葉にすかさず「そんなのあるの? どこに売ってるの?」と反応する場面もあり、娘の笑顔が見たい母親としての素顔を感じさせる。
 しかし、沙也加さんが10歳の頃に両親が離婚。1998年に聖子が6歳年下の歯科医師と2度目の結婚(2000年12月に離婚)をすると、沙也加さんは米・ロサンゼルスの日本人学校に編入することになった。有名人の子どもということで、中学時代は壮絶ないじめも経験した。やがて17歳に成長した沙也加さんは、芸能界に興味を持った。芸能記者が語る。
「1999年12月、沙也加さんは『ALICE』のペンネームで母・松田聖子の曲『恋はいつでも95点』に歌詞を提供しています。そして2002年5月、『ever since』で歌手デビューし、翌2003年には映画『ドラゴンヘッド』のヒロイン役で女優デビュー。実に華々しい芸能界入りでした。
 2001~2005年ごろは音楽番組などで母娘共演することも多かったのですが、もともと聖子さんは娘の芸能活動には反対でした。それでもデビューするとなったら、母親として応援する気持ちに変わったようです」
 しかし、鳴り物入りで芸能界デビューした沙也加さんは、「親の七光り」と大バッシングを受けることになる。苦悩しながら、なんとか自分だけの道を見つけようとする沙也加さんの姿は、母親である聖子の目にも眩しく映った。
〈彼女の中には『母とは違う』という意識があるんだと思います。母はああやって、あんなふうに仕事をしてきたけれど、「私は私、私はこうなるんだ」という自分らしさのイメージがはっきりあるはず。それは、見ていてよくわかります。私にすれば、『すごいな、この人』と感心する部分をいっぱい持ってますもの(笑)〉(『LEE』2003年8月)
 聖子は1990年に全米デビューし、母娘の時間がとれないことも多かった。同じ芸能界で沙也加さんの成長ぶりを間近で見て、自分の育児に一区切りがついたことをしみじみ実感したのかもしれない。
〈子育てって、その人たちに合ったやり方があるから、どれが正しくてどれが間違ってるなんて、言えませんよね。たまたまうちはこうした形できて、ホントにいい子に育ってくれて、とてもいい関係です〉(同前)
 悩み抜いた結果、沙也加さんは自分を見つめ直す時間が必要だと結論づけたようだ。2005年には所属事務所が〈高校卒業をひと区切りとし、この機会にゆっくりと時間をとっていろいろなことを勉強し、将来のことを考えたい〉と発表し、芸能活動を休止した。
「私はひとりの社会人として母と向き合いたい」
「彼女が本名の『神田沙也加』として芸能界に戻ってきたのは、翌2006年のこと。休止期間中は、『Lily』という名義でストリート系ファッション誌の読者モデルを務めたり、『上原純』というペンネームで聖子さんのシングル曲の作詞・作曲を行っていました。自分自身と向き合い、将来について考えていたようです」(前出・芸能記者)
 2007年11月には、母娘の初ツーショットインタビューが『25ans』に掲載された。母親と同じ芸能という道を選んだ理由について、沙也加さんは〈あの環境で育って、表現することに憧れない、っていうほうが難しかったかもしれない〉と語っている。
 当時の母娘はまるで友達同士のような関係で、仕事以外の話題では、しっかり者の沙也加さんが聖子の相談に乗ることもあったという。
〈聖子「きっと沙也加が頼れるルームメイトみたいな気持ちになって、スイッチが入っちゃうのね」
沙也加「そうそう。そんなときにふと、私も母と同じ顔して笑っていることに気がつくんです。ああ、母娘だな、って思っておかしくて。私もますます楽しくなります」
(中略)
聖子「最近はあなたが舞台に向かうとき、いつも“いってきまーす”って言うでしょ。そのときこそ、本当に楽しそうで、同時に頼もしいと感じるの。あんなに小さかった娘がこんなに成長したんだと、感慨深いですね」〉
 2010年代に入り、沙也加さんの芸能人生は大きく動き出す。別の芸能関係者が語る。
「もともとアニメ好きの沙也加さんは、2012年、テレビアニメ『貧乏神が!』で声優デビューを果たしました。女優業と並行して、1年以上前から声優の専門学校に通っていたそうです。そして2014年、ディズニー映画『アナと雪の女王』のアナ役の日本語吹替え声優を担当したのは、誰もが知るところです」
 自信を得たことで、沙也加さんも母親と対等に向き合う意識が強まったようだ。
〈私たちは母娘であると同時に、アーティストとして、そしてプロデューサーとして、先輩・後輩という関係。それぞれの立場、ファンの方々の層や扱い方がまったく違うからといって甘えるのは簡単かもしれないけど、私はひとりの社会人として母と向き合いたい〉(『JJ』2011年6月)
 その後も順調にキャリアを詰んだ沙也加さんは、人気ゲームを原作とした舞台『ダンガンロンパ THE STAGE〜希望の学園と絶望の高校生〜』で共演した俳優・村田充と2017年に結婚する(2019年に離婚)。
「沙也加さんはようやく自分の歩むべき道を見つけられたようですが、この結婚をきっかけに聖子さんとの関係に溝が深まりました。結婚を機に沙也加さんは聖子さんの事務所から独立し、聖子さんも娘の結婚式に出席せず、『母娘の断絶』と世間の注目を集めました」(芸能関係者)
 確執と和解を繰り返し、近年はメディアでお互いについて語る機会もなかった。しかし、聖子にとって沙也加さんが愛する娘であることに変わりはない。かつて聖子は、沙也加さんについてこのようにも語っている。
〈究極には、心身共に健康であってほしいという、それだけなんです。心も体も健康であってくれれば、それが一番の親孝行〉(『FRaU』2006年7月)
 我が子を失った母親の悲しみは計り知れない。
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神田沙也加さんが慕っていた大地真央はSNSに追悼コメント
「さや やすらかに…… Love」
報知新聞社 2021/12/22 19:12

​​​​ © スポーツ報知/報知新聞社 大地真央のインスタグラム(@daichimao_official)より ​​ ​​
 急死した神田沙也加さんが慕っていた女優の大地真央が22日、自身のインスタグラムを更新。思い出の写真を複数投稿し、追悼の言葉を記した。
 大地のコメント全文は以下の通り。

 「東京公演千秋楽 帝劇2階ロビーにて…後から送ってきてくれた写真

 あったかい部屋でさ 寒さも忘れて…

 それが あたいのでっかい夢だよ

 チョコレートを食べて 暖炉にあたったら

 胸も踊るよ すごく幸せ…

 鳥の歌声で窓を開ければ 

 風やさしく吹いて 悩みも飛ぶ

 誰かがあたいに 呼びかける言葉

 あったかい優しい 愛の言葉を

 夢みた 夢みた 夢みた 幸せ…

 6代目イライザ・ドゥーリトル

 さや やすらかに…… Love

 今年2月には舞台「ローズのジレンマ」で13年ぶりに共演し、神田さんは「近づいたとは思わないけど、萎縮はしなくなった。認めてくださっていたらうれしい」と話していた。
 大地は高校卒業後、芸能活動を休止して飲食店でアルバイトをしていた神田さんを「芸事をやめたら、もったいない」と説得し、自身の主演舞台に誘ったこともある。 ​​​​​​​

「神田沙也加さんの取材、報道は冷静かつ慎重な対応を」協会が声明発表
日刊スポーツ新聞社 2021/12/23 14:55
芸能人の権利を守る「日本エンターテイナーライツ協会」が22日、神田沙也加さんをめぐる一連の報道に関する声明を公式サイトで発表した。
「私たちは、各報道機関、週刊誌、配信会社等に対して、神田沙也加さんの取材、報道または記事の配信について、冷静かつ慎重な対応をすることを求めます」と発表。
18日に急死した神田沙也加さんの件について「その取材や報道方法、特に一部週刊誌報道等において、神田沙也加さんのプライバシーを侵害する報道もあり、行き過ぎである面があると考えています」とし「取材方法や報道内容については、大事な家族を亡くしたばかりのご遺族を苦しめるものも多くあります。国民の多くの方々は、各報道機関や週刊誌等に対して、ご遺族や関係者を苦しめるほどの取材も報道も一切期待していません。また、そのような記事の配信も期待しておりません」と訴えた。
 続けて「各報道機関、週刊誌及び配信会社等に対して、ご遺族や関係者のために、冷静かつ慎重な対応をすることを求め、今後、芸能人が亡くなられた場合の取材、報道及び配信に関して、遺族やご関係者に配慮した一定のルールを作ることを強く期待します」と求めた。
 また、神田さんの「プライバシーの権利」を強く主張し、「死亡に至った原因等は特に機微な情報でありプライバシー保護が強く求められますし、反論の許されない中での臆測に基づく報道は、死者の尊厳を侵害するおそれがより高まります。また、死者の尊厳への配慮を欠いた報道等は、死者のみならずご遺族の私生活上の権利や尊厳をも脅かすおそれがあります。事案によっては公益的要請から報道の自由がプライバシーの権利よりも優先される事態もあり得ると思いますが、少なくとも本件のような事案においてそのような公益性は見受けられず報道の自由はプライバシーの権利に劣後するものだと考えます」とした。
「ずっと大好き」神田沙也加さんのインスタに集うファンたちの追悼…
最後の投稿にはコメント1800件
SmartFLASH / 2021年12月23日 18時35分
12月18日に亡くなった女優の神田沙也加さん。21日には、父・神田正輝と、母・松田聖子によって葬儀が執りおこなわれた。
同日、沙也加さんの公式HPでも、葬儀を終えたことが伝えられた。事件性はなく、死因は転落による多発性外傷性ショックだと警察から報告を受けたとしている。加えて「転落の原因につきましては、神田本人の名誉と周囲の方々への影響を踏まえて公表を控えたく、お含みいただけましたら幸いです」と綴られた。

「2001年にSAYAKAとして芸能活動を開始した当初は、偉大すぎる親を持つことから、『親の七光り』と心ないバッシングを浴びたこともありました。葛藤を経て、2006年からは本名の神田沙也加として再デビューしています。
以来ミュージカルを中心に活躍し、2014年の映画『アナと雪の女王』の日本語吹き替え版ではヒロイン・アナの声を演じ、多くのファンを獲得しました。近年では、実力ある舞台女優として自身の道を歩んでいましたから、若者の間ではむしろ神田さんの両親を知らない人も多かったほどです」(芸能ジャーナリスト)
そんな沙也加さんの、あまりに突然の死に、ファンの悲しみは深かった。
沙也加さんのインスタアカウントの最後の投稿は、1カ月前の11月18日。『マイ・フェア・レディ』の衣装に身を包む神田さんの笑顔があった。
その投稿には亡くなってから5日がたったいまも、ファンたちが集い、コメントを寄せている。
《沙也加ちゃんのアナが本当に好きでした。これからもずっと大好きですし、ずっと忘れません》
《さやかちゃんの表現力に、いつも心動かされていました。ありがとう》
《神田沙也加という女性が生きた事を一生忘れません。本当に素敵で魅力的な方でした!今もまだ信じられません》
《どうかどうか天国では笑っていてください これからもずっとずっとずーーっとさやかちゃんの歌聞きます 大好きです》
寄せられた追悼コメントは1800件を超えている。
【日本いのちの電話】
ナビダイヤル 0570-783-556(午前10時~午後10時)
フリーダイヤル 0120-783-556(午後4時~午後9時、毎月10日は午前8時~翌日午前8時)
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神田沙也加さん「自裁」の動機と遺書…恋人との確執、愛犬の死、母との断絶             日刊ゲンダイDIGITAL 2021/12/23 14:35
公演先の札幌市内のホテルで急死した女優・神田沙也加さん(享年35)の葬儀が21日、父・神田正輝(71)、母・松田聖子(59)らによって営まれた。同日、沙也加さんの公式HPでは「ファンの皆様、関係者の皆様」と題した文面を掲載。事件性はなく、死因は転落による多発性外傷性ショックだと警察から報告を受けたこと、そして「転落の原因につきましては、神田本人の名誉と周囲の方々への影響を踏まえて公表を控えたく、お含みいただけましたら幸いです」とつづられていた。
その動機を巡る報道が相次いでいる。発売中の「週刊文春」は、沙也加さんが今年10月から交際を始めた5歳年下の舞台俳優、前山剛久(30)との関係について悩んでいたと報じている。前山とは公演中だった「マイ・フェア・レディ」でも共演しており、部屋には、事務所宛てと前山宛ての2通の「遺書」が残されていたという。記事では、沙也加さんは、前山とその元カノのアイドルA子と三角関係にあったと報じている。彼女自身、前夫の俳優の村田充(44)と19年12月に離婚した後も、ジャニーズJrの秋山大河(29)との交際が発覚するなど、“恋多き女”とされてきたが、前山と同居するために内覧を済ませていた勝どきのマンションは、契約直前の12月中旬になって前山が同棲を白紙に戻したいと言い出し、ショックを受けていたという。
■喉の不調も…
さらに、母・聖子との7年に及ぶ断絶や、札幌行き直前、喉の病気が手術が必要なほど悪化していたのが判明したことにも触れている。そしてA子や前山の所属事務所に確認をしているのだが、回答はなく、沙也加さんの所属事務所も、前山との交際は認めたものの、「三十歳を超えた大人同士による恋愛でしたので、本人たちに任せておりました」としている。それらが事実だとするならば、沙也加さんは人知れずさまざまな悩みを胸に秘めていたことになる。
■時薬に頼りすぎることなく
一方、沙也加さんが飼っていた愛犬が最近、死んだことを報じたメディアもあった。さらに沙也加さんが、心療内科に通院し、処方薬を服用していたことは複数で報じられている。
ベテラン芸能ジャーナリストの二田一比古氏はこう話す。
「芸能人の自殺を疑われる事件では、マスコミは動機を巡り一斉に取材し、男女関係や家族関係、健康問題、借金問題まで、動機に至る諸説が出てくるのが常ですが、決定的な真相は最後まで分からないことがほとんどです。なんらかの悩みや問題を抱えていたとしても、それは本人のみぞ知ることなのです」
11月9日には、沙也加さんは自身のインスタグラムにこう意味深な投稿をしていた。
〈不甲斐なくて後悔で哀しくて、聴けなかった曲が、やっと聴けた。こればかりだったのに今日まで歌えることもなかった。新たに引き締まる気持ちもあるけれど、時薬に頼り過ぎることなく、今度こそ誠実に向き合いたい〉(※編集部注「時薬」とはどんなに困難があっても、時間がすべて解決してくれるという意味)
胸の奥底に何らかの問題を抱えながら、突如、あまりにも短い生涯の幕を下ろしてしまった神田沙也加さん。今は冥福を祈るばかりである。
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NHK紅白も危うい松田聖子に「歌手活動危機」どん底憔悴、
“ぶりっ子”を貫けるか

日刊ゲンダイDIGITAL / 2021年12月24日 9時26分
転落死した神田沙也加さんが「遺書」を残していたと週刊文春が報じ、ファンや関係者に衝撃を与えている。
 沙也加さんが亡くなった18日、彼女の泊まっていた部屋の机には2通の封筒が置かれており、一通は事務所宛て。もう一通は舞台を通じて知り合い、交際していたという俳優、前山剛久宛て。沙也加さんは感情の浮き沈みが激しく、最近も精神安定剤を服用するなど、不安定な様子だったようだ。
「沙也加さんは芸能界デビュー後も、聖子さんの自分本位な仕事ぶりに愛想を尽かし、この7年間は絶縁状態に。結婚式にも呼ばず、その報告すらしなかったというのですから母娘の断絶は相当だったのでしょう」(スポーツ紙芸能デスク)
 聖子からの連絡には一切応じず、聖子は弁護士を介さなければ会話もならないほどだったと週刊文春は知人の話として、伝えている。そんな聖子を振り切り、芸能界でミュージカル女優としての地位を確立していった沙也加さん。聖子ファミリーを長く取材しているベテラン芸能記者の青山佳裕氏が言う。
■「再びステージでマイクを握れるのか」
「来年3月で還暦を迎える聖子さんは、いつまで『ぶりっ子』で通せるのか未知数な上、沙也加さんの悲報を受けた今、再びステージでマイクを持つエネルギーがあるかどうかも難しいように見えます。これまでどんな逆風や逆境にも屈することなく、セルフプロデュースを貫いてきた強気な聖子さんなのだから、また不死鳥のごとく蘇り、ファンを楽しませるはずだという声を関係者から聞きました。しかし、聖子さんは周りが声をかけるのもはばかられるほどの憔悴ぶり、どん底状態だといいます。このまま、きらびやかな世界から身を引いてしまうのではないかと心配するファンの声がよく分かってしまいます」
 聖子は予定されていたディナーショーをすべてキャンセル。紅白出場も危ぶまれているが、愛娘を失った衝撃が癒えることはない。 ​​​​​​​

10歳の沙也加さんの前で母・聖子は仏頂面…神田正輝との“愛情格差”
をベテラン記者は見た

公開日:2021/12/22 13:50 
更新日:2021/12/22 14:08 日刊ゲンダイデジタル

35歳の若さで亡くなった神田沙也加さんの遺骨を手に、揃って会見した神田正輝(71)と松田聖子(59)。ふたりは憔悴しきった様子で言葉少なだったが、沙也加さんは、幼い頃からふたりの間で揺れ続けた人生をおくっていた。
 1997(平成9)年に松田聖子と神田正輝は12年の結婚生活にピリオドを打ち、「聖輝の離婚」との見出しがスポーツ紙一面に躍った。このとき、沙也加さんは10歳。ベテラン芸能記者の青山佳裕氏が振り返る。
「あれは聖子さんご夫妻が別居中のことです。神田正輝さんが外車のハンドルを握り、都内一等地の聖子さん邸へ。今や遅しと待っていたのでしょう、真っ先に飛び出してきた沙也加さんは満面の笑みを浮かべていました。そして大好きなパパの胸に飛び込むと、『ママ、早く早く』と玄関を振り返りました。そこでようやく現れた聖子さんは仏頂面を隠そうともしないでいたのです」
 やがて向かったのが都内の寿司店。
「久しぶりに両親が揃っての外食だったのか、沙也加さんは小さな手をパパの大きな手とつなぐと、もうひとつの手でママの手を握り、引っ張るようにして店内へ。はたから見ると、仲良し親子のようでしたけど、沙也加さんの姿が痛々しく、かわいそうでしたね」(青山氏)
■“青い目の愛人”の前では一転して笑顔
 聖子は当時、ニューヨークで知り合った「青い目の愛人」との関係を取り沙汰され、暴露本も出て、連日ワイドショーや芸能マスコミのカメラに囲まれていた。本人もそれを楽しんでいたのか、成田空港で取材エリアが過ぎ、階段を下りる途中で振り返った顔はそれまでの仏頂面が嘘のような笑顔、白い歯を見せていた。
「神田さんも、同じ区内の高級マンションで優雅なひとり暮らしをしてらして、銀座とか赤坂のクラブのママさんらと浮名を流していました。両親とも、好き勝手に生きて、沙也加さんはその間で幼い頃から傷つき、悩んできたのだと思います」(青山氏)
「沙也加を愛しているよ」
 沙也加さんは2017年の結婚式に、母聖子の参列がなかったことで、確執の深さが表面化。一方、パパ神田正輝とは良好な関係を続けたようで、正輝はハワイ挙式にも出席しバージンロードを共に歩いたほか、沙也加さんがSNSで正輝とのツーショットを公開するなどしてきた。沙也加さんの著書「Saya Little Player」には「パパが何処に居ても 見えなくても 沙也加を愛しているよ」と直筆メッセージを寄せていた。
 毎年10月1日、沙也加さんが誕生日を迎えると、電話で「ハッピーバースデー」を歌って祝福、音程が外れてしまい「オリジナルメロディー」と言われたりしながらも、愛情を示していたのだろう。「パパありがとう」と、お礼を言われていたそうだ。
 そんな愛娘も、もうこの世にいない。両親を前に、沙也加さんは天国で何を思うのか。また、夭逝した娘に聖子は、神田正輝は何を語ったのか――。
「次に生まれるときは、普通で平凡な家庭に生まれてきて欲しいと思ってしまいます、本当に」と青山氏は言っている。
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神田沙也加さん「しっかり一人暮らし」を送った”家賃10万円”マンション… 派手さはゼロ、周囲に溶け込んで
SmartFLASH / 2021年12月24日 6時0分
「えっ、神田沙也加さん、このマンションに住んでいたんですか。神田さんの顔は見たこともないですし、そんな話は聞いたこともありませんでした。賃貸も分譲もある普通のマンションですよ。若い家族連れも多いですし」
そう話すのは、とあるマンションの住人。本誌記者の質問に対し、神田沙也加(享年35)の訃報を知っていた住人は驚いた様子だった。
神田が住んでいたマンションは、東京中央区の築地にある。賃貸部分の家賃は平均して約10万円。目の前には老人向けのデイケア施設があり、送迎用のバンが行き来している。このマンションに神田が一人住まいを始めたのは、`19年10月のことだったという。夫だった村田充氏(44)との結婚生活がうまくいかず、家を飛び出して住み始めたのがこのマンションだった。
別の住人も驚いた様子で話す。
「ここには長く住んでいますが、神田さんのことは聞いたことはありませんでした。亡くなられたんですよね。驚きました。まさかこんな庶民的なマンションに住んでいたとは…。派手な暮らしをしている様子はなかったので、まったく気づきませんでした」
このマンションに入居した19年当時、神田は舞台で共演したジャニーズJr.のメンバーとの交際が報じられていた。そのメンバーは神田のこのマンションの徒歩圏内にワンルームの部屋を借り、二人は徒歩で行き来する姿も目撃されている。親の援助を受けることもなく、一人で生きていこうとする姿がそこにはあった。
22日、悲しみの会見を終えた神田正輝(71)と松田聖子(59)の2人は、1時間差で別々の便で帰京した。娘の遺骨を大事そうに抱えていたのは松田だった。飛行機から降りた松田は母親に先導され、崩れ落ちそうになりながら紫の袋を慈しむように持っていた。これまで言われていた母子のすれ違いなど、微塵も感じさせなかった。
神田が最後の日々を過ごした単身生活者用の部屋に、人が帰ることはもうない。 ​​​​​​

松田聖子が紅白出場辞退、NHK発表 「周囲の人に迷惑かけられない」
日刊スポーツ新聞社 2021/12/25 17:58
歌手松田聖子(59)が大みそかの「第72回NHK紅白歌合戦」の出場を辞退することが25日、分かった。
この日、NHKが発表した。聖子は25回目となる紅白出場が発表されていたが、NHKは同番組公式サイトで「紅組で出場予定の松田聖子さんは、このたび出場をご辞退されることになりました」とした。
18日、聖子の娘で女優の神田沙也加さんが35歳の若さで急逝。聖子は憔悴(しょうすい)し悲嘆にくれたといい19日、聖子の所属事務所が「松田は、未だこの現実を受けとめることが出来ない状態です」とコメントした
NHKは21日、紅白出場歌手の曲目を発表。しかし、聖子が歌う曲に関しては「後日改めてお知らせします」として出場可否、曲目ともに明らかにされなかった。22日に行われたNHKの放送総局長定例会見でも、担当者が出場について「聖子さんサイドのお気持ちを最大限尊重していく」と話していた。
音楽関係者によると、「娘のためにもしっかりしないといけない」と、仕事に前向きな思いを口にしていた聖子だが、紅白のステージには多くの歌手が参加することから「周囲の人に迷惑をかけることになってはいけない」と、最終的に辞退を決めたという。 
聖子は21日、沙也加さんの密葬が執り行われた札幌で最後の対面をし、斎場で沙也加さんの父で俳優の神田正輝(71)と気丈に取材に応じ「皆さん、お寒い中、申し訳ございませんでした。ありがとうございます」と話した。 ​​​​

​​​​​ 三船美佳『旅サラダ』共演の神田正輝を気遣う「心でずっと寄り添っています」 ORICON NEWS 2021/12/25 14:38
タレントの三船美佳(39)が25日、自身のインスタグラムを更新。同日に放送されたABCテレビ・テレビ朝日系『朝だ!生です旅サラダ』(毎週土曜 前8:00)に生出演した三船が、長女・神田沙也加さん(享年35)を亡くした同番組MCの神田正輝(71)を気遣った。
 三船は「言葉が見つからないまま神田さんにお会いしました」とし、「何も言えなかったけどお顔を見られて安心したと共に気丈に振る舞われてるお姿、、、旅サラダファミリーとして心でずっと寄り添っています」と支えになると誓った。そして「ご冥福を心よりお祈りいたします」と沙也加さんを追悼した。
 この日の放送で神田は番組冒頭、正輝は「いつも僕が皆を守る立場で、今日は守られている雰囲気がある。ありがとうございます。僕は元気ですよ」と語り、笑顔を見せながら気丈に進行。スタジオに用意されたクリスマス装飾にふれ、向井亜紀が「この番組は30年かけて手作りで積み上げてきたものがあるので、きょうは普段どおり」と言うと、勝俣州和も「楽しいね(番組にしよう)」と呼びかけた。
 沙也加さんについては、19日に所属事務所が「これまで神田沙也加を支えてくださった皆様にご報告させていただきます。2021年12月18日午後9時40分、神田沙也加(享年35歳)が急逝いたしました」と報告。その後21日には「本日、ご親族のご希望により、密葬という形で家族にて葬儀を執り行わせていただきましたことをご報告申し上げます」と伝えた。


神田沙也加さん死去後初めて「マイフェアレディ」上演 ロビーに出演者のコメント掲出 デイリースポーツ 2021/12/25 17:15 ​​
 18日に急逝した女優で歌手の神田沙也加さん(享年35)が主演していたミュージカル「マイ・フェア・レディ」が25日午後5時、山形市のやまぎん県民ホールで、神田さんの死去が明らかになってから初めての公演が始まった。

© デイリースポーツ 会場には朝香まなとらのメッセージが置かれた
 神田さんが演じたイライザは、Wキャストの女優、朝夏まなとが務め、ヒギンズ教授役の別所哲也など、チームAが出演した。神田さんと同じチームKには、神田さんと交際していたことを明らかにした前山剛久やヒギンズ教授役で寺脇康文らが出演していた。
 ロビーには朝夏と寺脇のコメントが掲出された。コメントはすでに発表したもので、朝夏は「生き生きとイライザを演じるさぁちゃんが眩しくて、歌声も大好きでした」、寺脇は、「イライザとヒギンズの二人三脚で作ってきたこの作品をこのまま続けることは今の僕には難しく」と出演をキャンセルする苦渋の思いをつづっている。 ​​ ​​ ​​

神田正輝「僕は元気ですよ」気丈に振る舞う 「旅サラダ」生出演
2021/12/25 10:52 サンスポ
俳優、神田正輝(71)が25日、大阪市福島区のABCテレビでレギュラーを務める「朝だ!生です旅サラダ」(土曜前8・0)に生出演。一人娘の女優、神田沙也加さん(享年35)を18日に亡くしたばかりだが、気丈に振る舞った。
オープニングで神田は「おはようございます。2021年12月25日土曜日の朝です」といつも通りあいさつすると、周りを見渡し、「なんかいつも僕はみんなを守る立場。きょうは守られているような雰囲気あるな。ありがとうございます。僕は元気ですよ」と右手を振り、悲しみを隠す素振りを見せた。その後はいつも通りの進行に務めた。
沙也加さんが札幌市内のホテルで転落死した後、3日後の21日には同市内で密葬が執り行われ、母で歌手、松田聖子(59)と神田が喪服姿で2人そろって公の場に現れたが、多くは語らなかった。
番組終了から20分後にはタクシーで同局を後にした神田。外には多くの報道陣が集まったが、対応はなかった。 ​​​​

向井亜紀 神田正輝の隣で「普段通り楽しく」も目が真っ赤「泣くの我慢してるの見て涙出た」
デイリースポーツ 2021/12/25 16:18
タレントの向井亜紀が25日、サブMCを務めるテレビ朝日系「朝だ!生です旅サラダ」(土曜、前8:00)に出演。メーンMCの俳優、神田正輝の気丈ぶりに瞳を潤ませた。
 神田は元妻で歌手の松田聖子との間の長女、神田沙也加さんが18日に急逝してから初めての生放送。オープニングから「いつも僕はみんなを守る立場だけど、きょうは守られている雰囲気」と話し、「僕は元気ですよ」と手を振って見せた。
 その横でうなずく向井は目が真っ赤。「この番組は手作りで積み上げて来たので、きょうも普段通りで楽しく」と精いっぱい明るく盛り上げた。
 その後、1時間半の番組が滞りなく進み、エンディングに。ゲストの女優・南果歩が「旅サラダは、神田を中心にすごいアットホームで癒されます。大ファンです」と話すと、神田は「旅サラダにはファミリーがいっぱいいるんです」とオープニングの話を受けるように、家族に支えられて生放送を乗り切った思いを吐露。向井はその話を聞き、目をしばたたかせ、涙を必死にこらえた。
 ツイッターでは「向井さんが泣きそうで我慢しているの見て、涙が出た」「わかるよ、私だったらこらえきれない。プロってすごい」「最後、泣くのをこらえていた感じがします」「いまにも涙がこぼれそう」「私なら泣いてしまう」「向井亜紀が最後うるうるしちゃって話せなかったのは神田正輝の姿に感極まっちゃったんだろうな」「ただただすごいわ」と気遣う声が多かった。 ​​​​​​

神田正輝がテレ朝番組に生出演「今日は守られているような雰囲気が」
日刊スポーツ新聞社 2021/12/26 05:00
神田沙也加さんの父で俳優の神田正輝(71)が25日、司会を務めるABCテレビ制作のテレビ朝日系旅番組「朝だ! 生です旅サラダ」(土曜午前8時)に生出演した。沙也加さんの訃報には直接触れなかったが、冒頭で「いつも僕はみんなを守る立場。今日は守られているような雰囲気があるな。ありがとうございます。僕は元気ですよ」と笑顔で右手を振った。その後は悲しみをこらえ、気丈に進行した。
この日は年内最後の放送。ゲスト南果歩(57)らとともにクリスマスの話題もまじえ番組は進んだ。終盤で神田は「来年はまた旅を続けたいと思います。俺ずっと旅しているんだけど」と笑わせ「旅サラダ、また来年です」とカメラに向かって両手を振り続けた。
午前9時半、番組が終了。神田は同10時前、白いマスクをつけタクシー後部座席に座り、じっと前を見つめたままスタジオのある大阪市の朝日放送を後にした。

​© 日刊スポーツ新聞社 「朝だ! 生です旅サラダ」に出演しタクシーで引き揚げる神田正輝 ​​
神田は18日朝も、同番組に生出演。その後同日午後9時40分、沙也加さんが急逝した。21日には札幌で執り行われた密葬で沙也加さんと最後の対面。斎場で沙也加さんの母、松田聖子とともに取材に応じ「しばらくの間、そっとしておいていただけたらありがたいと思います」と話していた。
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​​​​​ 神田沙也加さん 支えるように手を握りしめ…恩人の死に憔悴の聖子救った気遣い  女性自身 2021/12/26 15:50
「本当に皆さん、お寒いなか、申し訳ございませんでした。ありがとうございました」。
12月21日、札幌市内で行われた神田沙也加さん(享年35)の葬儀後、報道陣の取材に応じた松田聖子(59)は声を震わせて、深々と頭を下げた。沙也加さんのお骨を納めた骨箱はピンクの骨袋に覆われて、聖子の隣に立つ神田正輝(71)の胸に抱えられていた。
沙也加さんと聖子の関係は、これまでさまざまに報じられてきた。だが、記者が2人の関係性を考えるとき、思い起こされる場面がある。

​​​​© 女性自身 2013年、通夜で亡くなった相澤秀禎氏と対面する聖子の肩に沙也加さんが手を置いて​ ​​

2013年5月。芸能プロダクション、サンミュージックの創業者である相澤秀禎氏(享年83)の通夜に、聖子と当時26歳だった沙也加さんが参列したときのことだ。
相澤氏は聖子にとって、芸能界の“育ての親”で大恩人。10代だった聖子はデビューのために福岡から上京し、相澤氏のもとで下宿生活をしていた時期もあった。‘89年に聖子がサンミュージックから独立して一時は絶縁状態になっていたが、’06年から再び交流を深めるようになっていた。
相澤氏は’11年の沙也加さんの10周年コンサートに聖子と並んで客席に姿を見せていたといい、沙也加さんにとっても縁のある存在だったようだ。
通夜の日、数々のスターを輩出した相澤氏だけあって、著名人や報道陣が多く集まった。聖子は夜8時ごろに参列に訪れたが、その隣にはぴったりと沙也加さんが寄り添っていた。
沙也加さんと聖子は、しっかりと手をつないでいた。そのつなぎ方は、沙也加さんのほうが母を支えているような様子だった。
大切な人を亡くした母のことが心配だったのだろうか、ときおり、聖子の顔を心配げに伺い、自身も泣きそうな表情を浮かべていた沙也加さんが印象的だった。通夜の間には、故人と対面する母の背中に沙也加さんが優しく手を置く場面も。母に寄り添う沙也加さんの愛情が感じられた日だった。
その5年前、『婦人公論』2008年4月7日号のインタビューで、聖子は沙也加さんについて次のように話していたことがある。
《娘には、よく話を聞いてもらいます。彼女はとても慰め上手。私はすごく心配性で、たとえば直前に「歌詞を間違えたらどうしよう」とか心配になってくる。それを娘に言うと、「何を言っているの。歌は全部頭に入っているから大丈夫!」と背中を押して送り出してくれます。励ましてもらったり、教えてもらったり。なんだか母娘逆転気味です。(笑)》
また、同じインタビューで聖子は、自身の母親との関係にも触れ、母と聖子、沙也加さんの3人の時間を次のように話していた。
《沙也加と私は、まるで母の“娘たち”のような関係です。私と娘が一緒に、母に怒られるんですよ(笑)。夜遅くまでおしゃべりしていると、「二人ともいい加減にしなさい」と叱られるし。》
温かい時間をともに過ごした家族との別れはあまりにも悲しい――。 ​​

神田正輝「僕は元気ですよ」、沙也加さん死去後初めて生番組出演
「みんなに守られている」

スポーツニッポン新聞社 2021/12/26 05:30
神田沙也加さん(享年35)の父で俳優の神田正輝(71)は25日、司会を務めるテレビ朝日系情報番組「朝だ!生です旅サラダ」(土曜前8・00)に生出演した。沙也加さんの死去後、初めてのテレビ出演。番組冒頭「いつも僕がみんなを守る立場なのに、今日はみんなに守られているような雰囲気がするな。ありがとうございます」と共演者に語り掛けた。「僕は元気ですよ」と笑顔も見せ、カメラに向かって小さく右手を振った。共演の向井亜紀(57)は「この番組は30年かけて手作りで積み上げてきたものがあるので、今日は普段通り」と気遣った。
 正輝は試食コーナーでは「久々にちゃんとしたご飯食べたんだけど。『旅サラダ』来て良かった。ご飯食べられた」と話し、しっかり食事ができない状態だったことをうかがわせた。 ​​​​​​

女優・歌手・神田沙也加 誰もが納得するような理由を探るよりも…
残した映像に静かな気持ちで向き合う
2021/12/27 15:30 zakzak
その日の札幌は、最高気温が氷点下4度で今年初の真冬日。24時間積雪量は55センチと、1999年の統計開始以来、1位の値を更新しました。真っ白な雪世界に誘われるようにして、彼女は旅立ってしまいました。
12月18日、女優で歌手の神田沙也加さんが、札幌市内のホテルで転落死の報。享年35。警察は事故死と自殺と両方の可能性から捜査を進めているとのこと。死の数時間前には、父親である神田正輝さん(71)にお誕生日を祝う電話をしていたといいます。
主演を務めていたミュージカル『マイ・フェア・レディ』の公演中の出来事。来年以降も仕事はびっしり詰まっていたとのこと。仕事に脂がのって人生が一番充実しているであろうこの時期に、一体なぜ? 一体何が? と誰もが悲しみ、驚いたはずです。 ​​​​​

神田沙也加 急逝直前に恋人から罵倒されていた《音声が存在》
「週刊文春」編集部 2022/01/05 16:10
昨年12月18日に急逝した女優の神田沙也加(享年35)。亡くなる直前に、交際相手の俳優と激しく口論する音声が存在していることが、「週刊文春」の取材でわかった。中には、「死ね」などと罵倒を受ける場面もあった。
最初から結婚を前提とした交際だった
 沙也加が交際していたのは、主演ミュージカル「マイ・フェア・レディ」でも共演していた俳優・前山剛久(30)。前山も沙也加の急逝を受け、「真剣なお付き合いをしており、将来を見据えたお話もさせていただいておりました」とするコメントを発表した。
 2人は、昨年8月から上演されたミュージカル「王家の紋章」で初共演。交際をスタートさせたのは、9月下旬の千秋楽から間もない10月初旬のことだった。
「沙也加さんが告白する形で交際が始まりました。最初から結婚を前提とした交際だった。精神的に不安定な面がある沙也加さんを、前山は支えていました」(前山の友人)
当初は順調だった2人の交際。ところが、次第に前山と元カノの関係、将来の結婚などを巡って、口論が絶えなくなる。
前山からの繰り返される厳しい言葉に…
 問題の音声は、同棲生活を始めることを決めていたにもかかわらず、前山が沙也加に無断で契約した別のマンションを巡って、2人が口論する様子を収めたものだ。
 音声には、「死ね」という表現も複数回出てくる。前山からの繰り返される厳しい言葉に、沙也加は涙声で応じていた。
 前山の所属事務所に事実関係の確認を求めたところ、期日までに回答はなかった。
 なぜ前山は、恋人だったはずの沙也加に罵るような言葉を浴びせるようになったのか。沙也加はそれをどう受け止めたのか――。

 追記:前山が所属する所属するワタナベエンターテインメントは、1月5日、公式サイトで前山について「昨年末より心身に不調をきたし」、「治療に専念するため、当面は活動を休止させていただく」と発表した。

 1月5日(水)16時配信の「 週刊文春 電子版 」及び1月6日(木)発売の「週刊文春」では、沙也加と前山が口論する音声データ、沙也加と前山が口論に至った経緯のほか、沙也加と母・松田聖子との紆余曲折、聖子と距離を置いた沙也加が最も信頼する男性の存在、前山の妹が明かす兄が育った環境、沙也加の恩人が語る彼女の素顔などについて報じている。 ​​​​​





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最終更新日  2022/01/05 06:47:54 PM
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