第八章~若公達2“称号獲得・前編”



 戴帽式は2日後の4月15日(日曜日)に行われ、7人のサリエスと14人のセージ、ダルヒム・ラ-ズを含め200人余りの在校生達が出席しました。

 本来なら7月の卒業式に併せて行われるべきものですが、元老院の理不尽な人事異動で観星官補に欠員が生じたための臨時採用ですから、何もかもが急拵えなので5人のサリエスと8人のセージは親交のある国に出向中で不在です。

 戴帽式の折り、新任のセージ達は雛壇に登る前に自分の師匠から、襟と合わせ目に水色の縁取りのある白いローブを着せてもらう習わしになっていて、ダルヒムは担任であるヨアヒムから、ラーズも担任のテオからローブを着せてもらいました。

 そして登壇ののち、学長であるエミス・サリエスの前で跪(ひざまづ)いて水色の縁取りのある白い帽子を被せてもらいます。

 ダルヒムが水色の帽子を取って学長の前に跪き、新たに帽子を被せてもらいました。続いてラーズが雛壇に登って来ます。

 その姿を雛壇の上から眺めていたシグルの脳裏を、いろいろな思い出が過(よ)ぎって行きます。

 「生後1歳半くらいで神聖文字の読みをスラスラ喋る白い肌の子どもがシジムの村にいるらしい」という噂を聞いた日のこと。

 2歳9ヶ月で自分と乳母の前に現れたその子の真っ黒い髪と瞳が妙に懐かしく感じられたこと。

 アカデミーから帰ってくるシグルを玄関先で待っていて、シグルの姿を見つけると「アンちゃん!」と叫んで犬より早く駆け寄って来て、シグルの周りをぐるぐる走っていた幼い日のラーズ・・・。

 シグルが観星官になった日、「俺もアンちゃんみたいな観星官になる!」と言う11歳のラーズに

シグル:そうか?じゃあ来年から一生懸命勉強して学年で2番以内の成績だっ
    たら兄ちゃんがシャーディ先生(アカデミーの学長)に推薦してあげ
    るよ。

ラーズ:ホントに!約束だよ!

シグル:ああ、約束だ!

 そう言って指切りしたこと・・・。

晴れやかなラーズの顔を見て「約束・・・破っちゃったな・・・」と、ちょっと胸が痛みます。

 でも、シグルにはどうしても、ラーズを観星官にしたくない理由が出来てしまいました。

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 今シグルの脳裏を過ぎっているのは自分の中に眠る、初代国王イエルカの満たされなかった想い・・・。

それは夭折した両親への慕情でした。

 そして1200余年の時を経て、偶然に・・・というべきか運命に導かれる様にというべきか、ラーズの中にかつての父親であるスクナヒコの記憶を見つけてしまいました。

 最初に見えてきたビジョンは・・・、

 スクナヒコは弓の名手ということに加え村一番の健脚で、平地だろうと巨石がごろごろ転がっている様な荒れ野だろうと、狼よりも速く走ることができ、一度の猟で誰よりも多くの獲物を仕留めることができたので、狩人仲間からは「飛毛脚(飛ぶ様に早く羽毛のように軽やかな足)のスクナヒコ」と称賛され、子どもからは憧れの対象にされる存在でした。(ただ、おばさま方からは「可愛い」と言って貰えるものの、猿系のビミョーなルックスのために同年代の女性には全っ然モテませんでした(T^T))

 ところがある日、獲物を求めて山に入ると子育てにいそしんでいる、頭に淡い水色の飾り羽のある白いオスと薄紅色のメスの鳥のつがいを見つけました。巣には2羽の雛がいる様です。

 その巣にいる雛を狙って大きな蛇がするすると木を登って行きました。薄紅色の母鳥が気づいてピーピー鳴いたり、父鳥がバサバサと羽ばたいて威嚇しましたが蛇は怯む様子もなく巣に近づいて行きます。

 いつもなら獣を追う立場のスクナヒコも、なぜかこのつがいの鳥にシンパシーを感じてしまって、落ちていた木の枝で蛇を追い払いました。

 雛達の無事に胸をなで下ろしたその時から、スクナヒコは狩りができなくなりました。
 逃げまどう獣たちの怯えた目を見ると、「この者達にも守るべき子や伴侶がいるかも知れない」という思いが涌いて来るようになってしまったのです。

 このことがスクナヒコが弓を折るきっかけになりました。

 漁師に転職したスクナヒコは、ここでも逃げまどう魚の群に同情してしまい、
モリを突き立てることができません。

 かつて颯爽と猟場を駈けていた面影はどこにもなく、ついに「役立たず!!」と罵られ、トヨツクニ村を追い出されてしまいました。

 そして大陸に亘り、海沿いの集落をあてもなく流離(さすら)う旅の途中で、地震に遭遇し、地元の漁師から

「ツクス島のアソマニ山が大噴火したんだ。沖で噴煙が上がってるのが見えたよ。島の西側は火山灰で埋まってるらしい。東岸は大津波で壊滅状態だそうだ。あんたツクス島の人間だろ?家族が無事ならいいけどな。」

 と聞きました。トヨツクニ村はアソマニ山の麓にありました。

 「大陸の珍しい宝物を持って帰ったら故郷のみんながもう一度温かく迎えてくれるかも知れない」

 そう思って旅を続けていたスクナヒコは帰る場所とささやかな夢を失いました。

 次に見えてきたのは・・・、

 やがて、西へ西へと彷徨ううちに、神様に祭り上げられて、後で神様じゃないと解った後でも温かく受け入れてくれた町の人々の人なつっこさに癒されたり、「何かの間違いじゃないか?」というくらい不釣り合いな美しい女性を妻に迎え、人形の様に可愛い我が子にも恵まれて、「今までが今までだから“夢オチでした”ってのはナシだぞ・・・どうか夢なら覚めないでくれ」と不安になったりもする小市民的な一面を覗かせる過去世の父の姿でした。

 そして両親が世を去った日、イエルカが一番知りたかった「なぜ僕を置いて死んじゃったの?」という問いの答えがラーズの記憶の中に眠っていました。

 スクナヒコもジョカも、死を賭して魔竜と闘うつもりなど毛頭ありませんでした。

 魔竜の襲撃を逃れてユートムから逃げ出した時、造りかけの「風伯宝珠」が工房に置かれたままだったことに気づいたスクナヒコが「取りに戻る」と言い出しました。

 ジョカは「あれは未完成だから、後で造り直せばいい」と言いましたが、
「だって君、寝食を惜しんで造ってたじゃないか。すぐ戻るから」と言うが早いかスクナヒコは止めようとするジョカやサリエスを置き去りにして、あっという間に地平線の向こうに見えなくなりました。

 そしてスクナヒコは工房のあるユートムの新市街に着きました。

 あちこちから煙が立ち上り崩れたり煤けている城壁や、城壁内部の旧市街に比べると戦闘の痕跡は軽微でした。

 そして工房に入ろうとしたその時、直下型地震の様な衝撃とともに、新市街の建造物が音を立てて崩れて行きました。

 とっさに飛び退いて振り返ると魔竜アジ・ダハーカが仰向けにひっくり返っていて、その上には竜の左右の首や手足を切り落とし、魔竜の心臓目がけてミサイルを撃ち込むラスタバン(の戦闘ロボット)の姿が見えました。

 スクナヒコ:(よかった。あの人は無事だったんだ・・・、勝ったんだ)

スクナヒコがそう思った次の瞬間、魔竜の鋼鉄ドクロの口から閃光が迸(ほとばし)ったかと思うと、両腕と片足を失って、パチパチと電流をスパークさせながら戦闘ロボットが倒れました。

 そして魔竜の(真ん中の首の)鋼鉄ドクロの額にある「第三の目」の水晶ドクロが輝くと、失われた左右の首や手足が復活して、胸にぽっかりと空いた穴も瞬く間に塞がっていきました。

 魔竜の左右の首の口からは黒い火球を、真ん中の口はさっきの閃光を吐こうとしています。

 スクナヒコは思わずラスタバンの前に飛び出し、電磁エネルギーを帯びた矢を放ちました。

 矢は真ん中の綱鉄ドクロの首の付け根に命中し、鋼鉄ドクロが地面に落ち、「第三の目」の光が消えると同時に魔竜の生身の身体が消滅しました。

スクナヒコ:大丈夫ですか?

ラスタバン:すぐにここを立ち去るんだ!ヤツはすぐに復活するんだ!早
      く行って!!

スクナヒコ:しかし・・・。

ラスタバン:いいから早く行くんだ!!

 その時、鋼鉄ドクロの「第三の目」が再び輝いてアジ・ダハーカは瞬時に復活を遂げました。

 スクナヒコはラスタバンから魔竜を引き離そうと「こっちだッ!!」と言って、倒壊した建物の上を駆け出しました。

 しかし魔竜は追いかける様子もなく、いきなり鋼鉄ドクロの口から閃光を放ちました。直撃こそ免れたものの、足下が崩壊してスクナヒコは穴の中に落ちて行きました。

 体中のあちこちに激痛が走り、両足は膝下から瓦礫の下に埋もれていました。

魔竜がゆっくりと迫って来るのが見えます。

 そこにジョカが現れました。

ジョカ:あなた!!

そう言って駆け寄るジョカを

スクナヒコ:ダメだ!!早く逃げて!!

 と制しましたが、ジョカは駆け寄って来て、スクナヒコを抱き起こしました。
そして涙を湛えた目で魔竜を睨み付け、

ジョカ:お前がうちの人を・・・、よくも!!

 そう叫んだ瞬間、首に掛けた「火焔宝珠」が薄紅色に輝いて、魔竜の足下の地面が沸々と沸騰する様に溶け始め、地獄の業火の様な炎が魔竜の身体を包みました。

「ギャアアアアアアアアア~~~~~~~~~!!!!!!」という断末魔の悲鳴を上げて魔竜がのたうち回ります。

 死なばもろとも・・・とでも言う様に火球や閃光をまき散らし、魔竜が地に倒れました。

 ところが鋼鉄ドクロの「第三の目」が三度輝いて、またも魔竜が立ち上がり、2人目がけてあの閃光を吐きかけました。

 絶体絶命のピンチ・・・と思ったその時に、スクナヒコの手に触れるものがありました。未完成だった「風伯宝珠」です。ここはジョカの工房の跡地だった様です。
 スクナヒコが宝珠を握りしめた途端、胸のダルマチャクラと背中の翼の刺青と握りしめた宝珠が薄緑の光を、右手の薬指にはめた水輪宝珠の指輪が淡い水色の光を、ジョカの首に掛けた火焔宝珠が薄紅色の光を同時に放ちました。

 そしてルドラ(頭に水色の飾り羽がある白い翼竜)とロココ(薄紅色の翼竜)の姿になった2人は魔竜に向かって飛びかかって行きました。

 2人が魔竜に体当たりした瞬間に、天空竜リンドブルムと大海王ミズガルドオルム、金翅鳥グァダルーぺが魔竜を取り囲み、眩いばかりの閃光と、雷鳴のような轟音と大地震の様な震動とともにスクナヒコも、ジョカも、魔竜も跡形もなく消滅しました。

 爆発の瞬間、魔竜の「第三の目」から水晶ドクロが、スクナヒコのいた辺りからは、「風伯宝珠」が、どこかへ飛んで行きました。

 爆発の跡にぽっかりと空いた大きなクレーターには海水が流れ込んで、ユートム半島はグ・エディンと切り離された孤島になりました。

つづく



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