真理を求めて

真理を求めて

2006.03.30
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長野県の田中知事が告発された発端となった、下水道事業の入札制度変更の問題というのは、具体的にどういうものなんだろうか。偽証という部分の報道はたくさんあるのに、肝心のこの問題に関して詳しく報道したものが見つからない。偽証かどうかの判断には、この問題がどういうものであるかが本質的に重要なのに、どこもこの問題を正確に報道してくれていない。

インターネットを検索しているうちに気になる記事を見つけた。 「2006年02月10日 田中知事の証言を偽証認定  長野県議会の百条委」 によれば、


「田中康夫長野県知事の元後援会幹部が下水道事業の入札制度変更を県側に働き掛けたとされる問題をめぐり、県議会の百条委は10日、「下水道事業の改革は全庁的な共通認識」とした知事の証言を賛成多数で偽証と認定した。

 認定によると、元後援会幹部は2002年11月から12月にかけて下水道公社の改革案を作成。知事はこの案を検討するよう土木部長らに指示した。

 しかし、知事は昨年9月の百条委で当時の状況について「下水道事業の改革は、土木部も含めた全庁的な共通認識」と証言。これについて、土木部長らは百条委で知事の指示をきっかけに改革の検討を始めたと証言したことから、知事証言を偽証と判断した。」


と報道されている。これは、公文書の破棄を、知っていながら黙認したという内容とは違う。もう一つの偽証の告発があるようだ。しかし、これは報道から感じる限りでは、このことを「偽証」だというのはかなり無理な論理ではないかと感じる。

「下水道事業の改革は全庁的な共通認識」と言うことと「知事の指示をきっかけに改革の検討を始めた」というのは、事実に対する解釈の違いに過ぎないのではないか。これは、背反するものなのだろうか。どちらかが絶対的に正しくて、どちらかが絶対的に間違っているという、形式論理的な命題なのだろうか。

これを対立する証言と捉え、どちらかが偽証していると考えるのは、論理的な間違いではないかと思われる。しかも、田中知事の方を偽証だと考えているのは、土木部長らの証言が正しいと判断しているのだが、それはどのような根拠から判断されているのだろうか。「全庁的な共通認識」であっても、その開始のきっかけを知事が与えるのは、立場上当たり前ではないかとも思えるのだ。それとも、知事というのは、下から開始の催促がないと動かないものなんだろうか。

田中知事が働きかける以前は、下水道事業の入札制度変更という問題がまったく語られていなかったと言うことが証明出来るのだろうか。もしそれが証明出来るのなら、そこの部分は間違っている・嘘だという告発は出来るだろう。しかし、それが意図的なものであることが証明されなければ偽証にはならない。単に解釈を間違えているだけなら偽証にはならないはずだ。報道は、どのような手順を踏んで偽証という判断がされたのかをまったく語っていない。結果を伝えるだけだ。これはやはり知事選をにらんだ、イメージダウン戦略に過ぎないのだろうか。もしそうであるなら、これは長野県民を馬鹿にした戦略だろう。多くの長野県民には、この問題を、ぜひ論理的に受け止めて欲しいものだと思う。

下水道事業の入札制度変更というのは、その事業を受注する企業が、長野県内のものが少なく大手のゼネコンに偏っているのを変更しようとした改革だと、どこかで読んだ記憶があるのだがその資料が見つからない。この改革の方向は、長野県民の利益になる改革の方向だと思うのだが、田中知事のやり方はどこが問題にされたのだろうか。

うる覚えで記憶しているのは、長野県内の小さな企業では、工事の安全性の問題があるというようなものだっただろうか。大手のゼネコンであれば簡単に出来ることが、残念ながら小さな企業では難しかったというような問題があったと思う。その問題を解決するために、田中知事の側近が働きかけを行ったという風に見られたように僕は感じた。その働きかけは、いわゆる利権を自分の方に誘導しようとした働きかけではなかったと思う。むしろ県内の小さな企業に事業の発注が行くように配慮した働きかけではなかったかと思う。

談合の負の側面が報道されて、「働きかけ」を行えば、それだけで悪いというイメージが作られているが、内容を検討せずに悪いという判断は出来ないだろうと思う。働きかけの何が悪かったのか、百条委員会の会議録を読めばそれが分かるのだろうか。会議録の膨大な量と、末梢的な発言を繰り返しているのを見ると、それを読んで肝心の部分を抜き取って来るという作業の繁雑さに少々うんざりしているが、どこにも資料がなければ仕方がない。どなたか、長野県のこのあたりの事情に詳しい方がいたら、こういうことが分かる資料を教えてくれればありがたい。

うるとびーずさんから教えてもらった長野県議の北山早苗さんのページの 「2006 年 2 月 19 日 知事へ文句を言いたい事は一つ。&、岡部氏と公文書隠蔽の真相 ~さわやか早苗日記383~」 には、とても興味深い指摘が書かれていた。


「岡部氏に関しては、百条委員会は何のおとがめもせずに、無罪放免してしまったわけだ。あおぞらが主張した「岡部氏の、9日知事室で知事から指示され動き出したという証言は虚偽、8日から独断で公文書隠蔽」「岡部氏の偽証」は、圧倒的多数で否決されている。
 岡部氏の『8日から独断で公文書隠蔽』は、本人のメールや田附氏及び他職員の証言から証明される『事実』だ。百条委員会が、事実を無視した上に、岡部参事の命令に従って、文書を隠蔽破棄させられた気の毒な田附元下水道課長のみ、公用文書等毀棄罪にあたると、ここまで不公平な判断をするとは、いやはや。」


ここで語られている百条委の不当性を見ると、そこが正当な事実によって公的な利益のために動いているとはとうてい信じられなくなる。むしろ、田中知事のイメージダウンを図るという私的な利益のために、メチャクチャな論理を使って詭弁を弄しているというふうに感じる。ここで語られている岡部氏という人物については、北山さんは次のようにも語っている。


「さて、無罪放免の岡部氏はすっかり安心したのか、先週辺りからマスコミの取材にも応じているそうだ。
 公文書問題について、私が知事に文句を言いたいのは、ただ一つ。「9日以前から独断で動き、部下の下水道課長に公文書を隠蔽させたにも関わらず、自分は文書をとっておきマスコミにリーク」するようなとんでもない職員、岡部氏を経営戦略局参事のポストにつけてしまったという事。」


これを読む限りでは、百条委の知事告発は、まさに告発するために仕組まれた、知事を陥れようとする陰謀だったのではないかとも考えられる。このような人間が存在していたので、今回百条委で問題にされている事柄についても、北山さんは


「田中知事は、岡部氏に、自ら作ったマニュアルに沿って処理することを望んだに過ぎない。それを、破棄させてから、(文書の中身について何も知らない)知事に報告した、相変わらず独断先攻型の岡部氏だったというのが、事の真相だろう。
 尚、働きかけ文書の中身は、田中知事になる以前から下水道改革の流れはあったのだから、公開されて困るものではなかった。」


と解釈している。百条委は、解釈の違いを強引に偽証というものにしてしまったが、これを読む限りでは、解釈そのものも百条委は間違っているという感じがする。北山さんという人の立ち位置というのが気になるが、田中知事の与党議員的立場でなければ、北山さんの語っていることは客観的な判断として信頼出来るのではないかと思う。果たしてどうなのだろうか。

反田中の立場の議員の主張はとてもまともな論理的検討に値しないように感じる。報道にしても、反田中の立場の信濃毎日の記事は信用出来ない。客観的にマトモに検討出来る資料が欲しいものだ。北山さんの語る内容は、少なくとも論理的な非整合性は感じない。その意味ではおそらく客観的に正しいのではないかと思う。





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最終更新日  2006.03.30 09:24:52
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