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ボクらのカリカチュア
悲しみはコバルトの数だけ
私の顔を見るなり、カイラはわざとらしく怪訝そうにそう言った。
はじまりの街と呼ばれる冒険者達が集う町。ここはその一角にある、合成を生業とするカイラのいる店だ。
「何もくそも、合成に決まってるだろ」
言いながら素材とクラフトストーンを手渡す。
「よろしく頼むわ」
「この素材だと・・・ティピカリングかしら?」
ジャキエルの鱗を、陽にかざしながら言う。
「ジャキリンに決まってるだろ!何年この商売してんだよ!っつか俺弓バルだから!見てわかるだろ?ツーハンとか必要としてないから!」
「はいはい」
仕方なさそうに材料と手数料を受け取ったカイラは、代わりにこぶし大の青い石を渡してよこした。
「いや、せめてもう少し頑張った感出してくんないと納得いかねえよ。渡した素材もそこにまだあるしさ。素材返せよ」
「成功率25%がそうそう当たると思ってんじゃないわよ!私が今日、綾並背景で何回外したと思ってるの!?」
「知らねえよ!いいから返せ」
しぶしぶ素材を返却するカイラ。
「わかったわかった。kクラ買ってくればいいんだろ。ちなみに素材は3セット分ある。全部とは言わねえ。頼むからせめて1個くらいは、しっかりジャキリン作ってくれよ」
今、私の指にはマタリエルのリングがはめられている。
ジャキリンはある程度精錬すれば、同精錬程度のマタリンよりも僅かだが防御力が増強される。
これが私の、今出来る限りのパワーアップ策なのだ。
現状の装備ではクリティカル発生率を高めるセットボーナスは必須なので、欲を言えば2つ成功して貰いたいところだが。
小走りに伊藤の佇む噴水まで向かい、2400円・・・じゃなくて2400GEMと引き替えにkクラ3つを購入。
カイラの店へと戻り、改めて素材とkクラ、そして手数料という名の心付けを手渡す。
「とりあえず一個目。よろしくな」
「はいはい任せなさいって。それじゃあ、そこで少し待ってて頂戴」
手数料を2回程数え直してから、カイラは工房の奥へと消えた。
「ふー疲れた」
「どうだった?」
「はいこれ」
見慣れた青い石が差し出された。
「・・・」
「・・・私が今日何回綾並背景をはず」
「パチンコの話はもういいよ!っつーかお前手数料でパチンコやってんのかよ!」
「あまり文句を言うと残りの2個も青い石にするわよ」
「ったく、なんで客商売なのに店員の方が偉そうなんだよ・・・」
気を取り直して2回目の合成にチャレンジ。
今回は手数料を、本来必要なそれの2倍の額でカイラに提示した。
額面を確認したカイラは私の肩を叩きながら「わかってるじゃないのー!」と言った。
この様子なら、今度は大丈夫だろう。
「お待たせー」
暫くして、カイラは身につけた前掛けで汚れた手を拭きながらカウンターへ戻ってきた。
どこか左手を気にしているように見える。
「どうかしたのか?」
「私としたことが、細工の段階で少し指を切ってしまったわ」
思えば、この工房でカイラ以外の店員を見たことがない。
この時勢、女手ひとつで店を切り盛りしていくのは大変なことなのだろう。
様々な工具や、動力を用いた器具。これらを扱うには職人として熟練した腕と、習熟した知識が必要となるはずだ。
旋盤や溶接、彫り物、装飾、細工。女性の手に余る作業も、合成の工程にはあるだろう。
それを彼女は、全て一人で行っている。苦手な作業もあって当然か。
カイラの汚れた作業着や、傷ついた手のひらをのぞき見て何とはなしにそう思った。
「いつも悪いな」
「な、何よ急に改まっちゃって。おだてたって、成功率は上がらないんだからね。私が今日何回ハイビスカスを撫でたか知って」
「スロットもやってたのかよ!まあいいや。とりあえずそのジャキリンくれよ、成功したんだろ?」
「はい」
手渡されたのは青い石だった。
「あんまりふざけんなよ?こんなもん作っといて何やりきったみたいな顔して出てきてんだよ!っつか指切ったってお前、コバルトに細工とか必要無えだろ!」
「そ、そこの裏んところにあんたの名前掘ってやってたのよ!」
見れば石の底面に当たる部分には、私のイニシャルが刻まれていた。
「なにちょっと粋な事してくれてんだよ!必要無いからそういうの!どうせすぐ捨てるゴミなんだしさー、いらねえよ!」
「え・・・」
その瞬間、カイラは驚いたような顔を見せた。そして力ない声で呟く。
「捨てちゃうんだ・・・そのコバルト」
絆創膏を貼った親指を押さえながら彼女は俯いた。
「失敗したお詫びにせめてもと思ってやったことなんだけど・・・やっぱ必要ないわよね」
「あ、その・・・すまん」
必要ないとは、コバルトの事か。それとも彼女の気遣いのことだろうか。
合成素材はもう1セット分残っていたが、今これをこのままカイラに渡すことは出来なかった。
成功するしないの問題ではなく、彼女を傷つけてしまったまま、この場を去ることは出来ない。例えジャキリンの合成が成功したとしても、少なくとも私の中のわだかまりは解けたりしない。
いつの間にか、向かいの建物から伸びた影が店内を薄暗くしていた。
気まずい沈黙を破ったのは彼女の方だった。
「偶にね、」
「え?」
「コバルトを渡したお客さんに言われるのよ。品書きにある成功率は嘘だろう、って」
私は店内にある、手数料と各種クラフトストーンによる合成成功率が記されたメニューへと視線を向けた。
「さっきもね、kクラ使った合成で、3回連続ジャキリンの合成に失敗しちゃったんだ。昨日、そのお客さんはノマクラで成功率の低い合成に何度も成功していたの」
「・・・」
こちらに背を向けたカイラは泣いているように見えた。
「高い素材を使った合成だからkクラ使ったんだ。昨日のゴミ素材で作った商品よりこっちを優先しろよ、って・・・」
カイラは大陸政府の委託を受けてこの商売をしていると聞く。
手数料をいくら上乗せしようと、その合成確率は政府の定めた範囲でしか推移せず、又、させてはいけないのだ。その数字は決してカイラ個人の感情や技量、努力。客の思惑に左右はされない。
それでも中には手数料を多めに支払ったり、カイラに声援を送るものも少なくない。たとえそれが、合成の可否に影響を及ぼすことは無いことは客本人も知っている。
引き受けるカイラも、出来うる限りの努力はしている。定められた確率を超えて合成が成功することは決してないと分かってはいてもだ。
カイラはどんなに難しい合成だろうと、客が手数料をケチろうと、依頼があれば合成をしなくてはいけない。
言ってしまえば、「成功しないであろう合成」も引き受けなくてはならない。
自分で選んだ職である。客にどんな罵声を浴びせられようと、それは仕方の無いことなのかもしれない。
「そろそろ帰って。今日はもう、閉めるから」
「少し待ってろ」
私は返事を待たずに店を出た。
所狭しと立ち並ぶ個人商店の間を縫う。向かう先は、伊藤の店。
馬鹿な行為だとは分かっている。有り物を購入した方が安価で済む事だって知っている。
それでも私は、行動せずにいられなかった。
伊藤の店で購入した大量のスペクラを携えて、私はカイラの店へと戻った。
「これを使って、成功するまで合成を頼む」
カウンターに乗せられた残りの素材と、大量のスペクラを見てカイラは言った。
「あ、あんた馬鹿じゃないの!?こんなにたくさん買って来ちゃって・・・今すぐに返品してきなさいよ、私も掛け合ってみるから」
「いいから合成してこい。これで足りなきゃ、また買ってくる」
「意地になってまで挑戦するような合成じゃないでしょう?こんなにGEM使うくらいなら・・・」
全てを言い切らなかったが、続くはずの言葉は分かっていた。
ジャキリンなんてkクラをいくつか売れば、何の苦労も無く手に入れられる物だ。
政府が非公認としている「現金」を用いたトレードを行なえば、それこそ自分では精錬することが叶わないであろう、高精錬のアクセサリーだって買える。
でも、それでは私は何も得られない。そんな事をして手に入れた力を振るって、この大陸で何が楽しいのだろう。カイラもそう思うからこそ、最後まで口にすることが出来なかったのだと思う。
「合成に成功したとき、お前が客と一緒になって喜んでいるのを俺は知っている。合成に失敗したとき、コバルトを客に渡すお前の手が時折震えていることも」
誰も好き好んでコバルトなど作りはしない。責任を感じ、カイラも客と同じように悲しんでいる。
「・・・」
それは、合成を依頼してくる全ての客へ公平に接しなければいけないと定める、政府の意に背く行為だった。
「俺は今どうしてもジャキリンが欲しいんだ」
「・・・あんた、本当どうしようもないバカね」
材料を手にしたカイラは静かに工房の奥へと入っていった。
工房から聞こえていた物音が止み、少ししてカイラが姿を現した。
彼女は何も言わず、無表情のまま元あった数の半分以下になったスペクラをカウンターへ置いた。
「・・・ごめん」
そう言って差し出した手のひらには、未精錬のジャキリンが一つ乗っていた。
「何回失敗したって、お前に望んで合成を依頼するのは客の意思だ」
私はカイラの手から完成したリングを受け取る。
「やっぱりいいなこれ。作ってもらってよかったよ。エンチャしないと、まだ役には立たないけどな」
「・・・」
私は残りのスペクラをカバンに詰めはじめる。カイラからはそれを手伝おうという気配が伺えたが、結局そうすることは無かった。
踵を返して店の出口へと進む。
「・・・ありがとう」
カイラの声に私は振り返らず、出来たばかりのジャキリンをはめた右手だけを上げて返事をした。
数日後。
私は再びカイラの店を訪れた。あの日手に入れたジャキリンは精錬こそ終えたものの、対にして装備しないことにはリングの持つ本来の力を得ることが出来ないからだ。
店の前まで来ると、建物の中から男の声が聞こえてきた。
「コバルトの合成に成功しましたー!!:;」
「いやごめんごめん、私なりにがんばったんだけどさーw」
「また次があるって」と、客を笑顔で慰めるカイラの姿があった。
「おー、いらっしゃい。コバルトなら店の前にたくさん転がってるから、素材置いたら好きなの拾って帰っていいわよ」
私の姿を見るなりカイラは笑いながらそう言った。
「俺は自分の分だけ持って帰るよ。集めればノマクラになるし:;」
先ほど合成に失敗した冒険者が力なく言った。
「そうやって出来たクラフトストーンの方がなんか成功しそうだしなw」
立会人だろう。連れの男が冷やかしている。
店を出るその二人の冒険者の姿を見送る。
「kクラで頼むわ」
私は素材とkクラ、そして手数料という名の心付けをカイラに手渡す。
「この材料だとティピカリ」
「ジャキリンで頼む」
「はいはい、分かってますって。そう急かさないでよね」
材料を受け取ると、カイラは工房へと入っていった。
私はこの合成の終了を待つ僅かな時間がとても好きだ。
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