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DIARY
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ボクらのカリカチュア
冒険者の遺産
今、一人のパラディンがその店の前に立ちつくしていた。
ディアと言う名のパラディンである。ディアは、懐かしむような、慈しむような眼差しであたりを見回す。
暫くそうした後、街路の時計で時刻を確認し、店の入口をくぐった。扉につけられたベルがカランと鳴る。
午後七時。店内をにぎわしているのは、酒よりも食事を求めてやって来た客の方が未だ多いようである。冒険者らしき者たちの姿も少ない。
ディアはゆっくりとと店内を見回す。店の端の方に空いているテーブルを見つけると、入口を向いた壁際の席に腰を下ろした。
「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
盆に水を乗せた、若い女中が丁寧な口調でパラディンに訪ねる。
一年前には見なかった店員だ。表情も硬く、どこかぎこちない。新人かもしれなかった。
「連れが一人、来る予定なんだが、」
入口の方を見やり、バツが悪そうにそう答える。
「二名様ですね。では、ご注文お決まりになりましたらお呼びください」
女中は水の入ったグラスを二つテーブルに残して厨房へ戻っていった。
この店の様子も町並みも、記憶に残っていた一年前のそれと変わらないものだった。
ただ、ここに来るまでに見て回ったそのどこにも、旧知の仲間はいなかった。
先ほどの女中もそうだったが、店内の顔ぶれも随分様変わりしている。寂しいという感覚は無く、じんわりと懐かしいという感情だけが過去の記憶と共に浮かんでくる。
「やあ、こんばんは」
感慨にふけりつつディアが煙草に火を点けた時、一人の見知らぬ男が女中と入れ替わりでテーブルにやってきた。
「こんばんは」
「この席、空いてるか?」
店員には連れが来ると伝えたが、実のところ相手が来る確証は無かった。逡巡した後「どうぞ」と男に告げる。その男も今し方店に来たらしく、荷物を下ろし、羽織っていたマントを壁のハンガーに掛けている。
カウンターにもテーブルにもまだ空席はあった。しかしこうした酒場では、特に冒険者が多く出入りするこれからの時間帯には席などあって無きようなものなのである。
話し相手を探して相席をすることなど珍しいことではないし、いわゆる「冒険者」たちの多くはそうして情報を集めたり、次に旅に出るための仲間を見つけたりしている。
何より打算無く会話を好む、酒好きが多く集まるのもこの店の特徴だったとをディアは思い出した。
「注文は済んでるのかい」と、男は席を引きながら、軽い口調で訪ねる。男の頬は赤い。既に酒が入っている様子だ。
「いや、まだだが」
「そうか。じゃあ一緒に頼ませてもらうかね。お前さん、あー、この店は初めてか?」
「いや?初めてではないよ。暫く大陸を離れてはいたが。「仕事」が忙しくなってな」
「なるほど。そうすると、今回は復帰する為にこの街へ戻って来たわけだ」
「そいつはメデタイじゃないか」男はわざとらしく、ひとつ手を叩いた。
「「仕事」の方は一段落したが、まだ前線に復帰するかはわからない。それに使っていた武器を知人に預けてしまってるんだ。新しく購入しようにも、蓄えも無くてね」
「預けているなら、言って返して貰えばいい。物を貸し借りする仲だ、相手は同じギルドの人間か何かだろう?それなら連絡する方法はいくらでもあるじゃないか」
ディアは自嘲気味に、口の端を少しだけ持ち上げて返す。
「ここに来る前役所に行って、申請しているギルド員の登録票を見てきたんだが。どうもそいつ、半年くらい前に別のギルドに移籍しているらしい。マスターの行方も知れず、この街にはもうメンバーは誰も残っていないみたいだ。どういうわけか、今のマスターは登録上俺になっているらしいし。要するに誰もいなくなってるみたいだ。まあ元々弱小ギルドだったしな、仕方ないか・・・」
「・・・まあ、その先は酒でも飲みながら話そうじゃないか。そうだ、俺の名前はエストってんだ」
言って、テーブルに出されていたディアの煙草を一本取くれるように身振りで催促する。ディアは箱から一本煙草を取り出して手渡す。
「ディアだ。パーティでは支援をしていた」
エストは通りかかった女中に二人分の突き出しとあわせてひとつの葡萄酒を注文した。それは、一年前に仲間とこの店に通っていたときに良く注文した酒だった。この店の主人が原料の製造から携わっているというその葡萄酒を、ディアは現役時代に好んで飲んでいた。
暫くの間二人は沈黙していた。二人のはき出した紫煙が天井に立ち上り、シーリングファンにかき回されて溶けあった。
「それじゃあなんだ、狩りより何より、装備を取り戻すことからはじめなきゃいけないってこったな」
「一線からは退いた身だし、さっきも言ったが復帰すると決めたわけじゃない」
「なら、今ここでこうしているのは、一体どういうことだ?」
「その武器、命の次に大切にしていたルゥを預けたそいつと、引退する前に交わした約束があるんだ」
エストは聞きながらまだ長く残っている煙草をテーブルの角でにじり消してから灰皿に投げ込んだ。
「・・・あの日から丁度一年後、つまり今日。この店で会おうって」
「貸しっぱなしのままドロンされないように、とりあえずの返却期日を設けておいた、ってわけか」
「違う!」
語気を荒げて、ディアは否定する。
「俺はアイツになら、例え預けたままもう二度と会えなくても良いと思った。元々アイツにくれてやるつもりで、俺から申し出て事だ。あいつは金も、上等な装備も持ってなかったが、仲間思いの良いやつだった。口は悪かったさ。でも、嘘をついたり、詐欺を働くようなやつじゃない。次にいつ陽の下に出るかもわからないまま倉庫で眠り続けるより、俺はあいつに俺が育てたルゥを使って欲しかった」
「いや悪い悪い。それはそれは・・・。ただ、まあ良くあることだ。思い出っていうのは仕舞ってる内に美化されるもんだ」
エストは仰け反りながら天井のファンに向かって紫煙を吹き付ける。少しの間、上を向いたまま何か考えるように煙を細く吐き続けた。
「あいつは言ったんだ。次に会うときまでにはクロを貯めて、自前で武器も装備も揃える。強くなって、俺が戻ってきたときには新しく見つかったダンジョンでもどこでも連れてってやるって。社交辞令だとは思ったさ、でも・・・」
「いなくなろうとするやつには良く言うことさ。その、遺産を残された者なら尚更さ」
エストはいつの間にか二本目の煙草を吸い始めている。今度は自分の持ってきた煙草を吸っているようだ。
「葡萄酒と突き出しになりまーす」
女中が酒瓶とグラス、料理をテーブルに並べ始める。
「懐かしいな、この感じ。グラスのデザインにも見覚えがあるよ。俺がいない間に色々と変わってしまったようだが、この店の雰囲気はあの頃のままだ」
誰にともなく呟くディア。
「最近は「他の職業に乗り換えた」やつも多いしな、無理も無い。この大陸は、やる気さえあれば一からやり直すのも容易い土地柄だ。見た目や名前じゃ「中身」は判断できないことも、・・・まあ飲もうぜ」
「酒の味も、お前がここに通っていた昔と変わってないはずだ」エストがディアのグラスに酒を注ぎながら言う。
「ところでディアさん、あんたが武器を貸したってゆー相手の名前だが。当然覚えてるよな?」
「当たり前だ。名前を忘れるくらいの相手なら、そもそもこんな事にはならん」
「そりゃそうか。もし良ければそいつの名前、教えてくれないか?何か知ってる事があるかもしれん」
「アルク、って名前のパラディンさ。俺がまだ現役の頃はプロミネンスを持った攻撃パラだった」
「アルク・・・。あいつか」
「お前、あいつの事知ってるのか!?」
「ああ。まあそう乗り出すなよ。あいつは確か、プロミなんかじゃなくルゥ持ちの支援だったはずだが」
「・・・」
「確かに支援になる前は攻撃職としてパーティに参加していたって話も聞く。それで、支援を始めてからは足しげく火炎の川に通うようになってな。その頃からか。いつだったか途端に立派なブードゥーシリーズを装備し始めたんだ。柄の悪い連中とも頻繁に付き合うようになっていたな」
「柄の悪い連中?」
「お前さんも名前くらいは知っていると思うが。まあ、そういう連中とダークディフォンの討伐やら、カノンの図書館の探索に精力的に参加していたらしい。それこそ寝る間も惜しむように。この店でも偶に話題に上ったが、良い噂は聞かなかったよ」
「そんな、あいつは・・・」
方を落とした様子のディアだったが、グラスを持つ手には力が込められているようで、少しだけ震えていた。
「あいつとはマルスを探索していたときに初めて出合って、それで俺のギルドに誘ったんだ。冒険や探索なんてまるで初心者でさ、戦いもからっきしだった。そうだ。あの時は確かリティスに囲まれていて相当やばかったんだ。俺がたまたま通りすがってホーリーアーマーをかけてやらなかったら、ははっ。あの時は笑ったよ。俺がヒールを唱えてる間も、がぶがぶポーションを飲みながらさ。必死になってリティスどもと戦ってたよ」
エストはディアの様子を見ながら、一瞬眼を細める。
「マスター職に就くのも早かったよ。直ぐにアドルフも手に入れていたようだ。それからは更に素行も悪くなってな。・・・まだ、続けるか?」
「聞かせてくれ」
「マスター職に就いてからも、火炎の川には良く通っていたようだった。あそこに通いつめる他の冒険者の間では次第に恐れられるようになっていった。腕試しか、遭遇した別のパーティを襲うことも少なくなかった」
「・・・」
「お前さんが大陸を離れている間に発見されたロン族の村ってのがあってな。こいつらがまた財宝をたんまり隠し持っているんだが。そこを誰が探索中であってもお構い無しに横から襲撃していたとか、不正な方法で宝を奪取していたなんてことも聞く。ディフォンの討伐や図書館踏破のときにも、パーティの連中と分配のことで良く揉めてたって話さ」
「本当、かよ・・・」
「嘘だと思うなら、シェリルやそこらにいる冒険者に聞いてみろよ。この街を離れていたってヤツの話は聞けたくらいさ。知らないか?「yozora」のカストリ雑誌や、裏の情報ルートにも良くタレコミがあったらしい。ギルドの元締めや、更には大陸政府にだって相当苦情が入っていたらしいぜ」
ディアの持っていた煙草は根元まで火が届き、灰がしなるように手の先に垂れていた。灰皿に右手を運ぼうとするが、灰はテーブルに零れてしまう。
店内はそれまでいた客も減り、時間的には客層の変わる過渡期であった。店の営業は深夜まで続くが、これからの時間は狩りから戻った多くの冒険者が来店する時刻であった。
「俺の知っていることはそれくらいさ。所属していたギルドの団員も煽りを喰っていたようだったな。それが理由でギルドを脱退したヤツも、大陸を去ったヤツも多い」
「それで、ヤツは今どうしてるんだ?そんなに有名になっているなら、所在くらいすぐにわかるんじゃ、」
「今か。ヤツはもうここにはいない。自分の事は棚上げでな、大陸政府を見限って、ここではないどこか別の土地に移ったって話も聞く。それまで持ってた装備も闇ルートで出回ってたって話さ。大方お前さんのルゥもアドルフを鍛える為の生贄にされちまったか、オークションにかけられてインゴットに化けちまってるかもしれんな・・・」
エストはそこまで言って、酒をぐいとあおった。そして、手を添えたグラスの中を覗きながら、そのまま押し黙ってしまう。
ディアは店の、厨房の奥に視線をやった。カウンターの奥では、シェリルがこれからの繁忙を乗り切るための下準備に追われている姿が見えた。
一度腰を浮かそうとして、だが、すぐに力を抜いた。
諦めるようにグラスに注がれた葡萄酒に口をつける。
「懐かしいな。ちっとも変わってない」
かみ締めるようにディアは言った。
エストはおもむろに、テーブルに乗せていた小物を懐にしまい始める。グラスの葡萄酒はまだ半分ほど残っている。
「・・・実はなディアさん。俺は今日、この大陸を離れるつもりでいたんだ。つるんでた仲間も、もう余所へ移っちまっててな・・・。最後に一杯ここの酒を飲んでから発とうと思ったんだが」
「そうか・・・」
「最後に良い思いでになったよ。それで、ここの代金なんだが」
「ああ、いいさ。俺が持つよ。それくらいのクロなら持ってる。色々話を聞かせてもらった礼さ、払わせてくれ」
「これから復帰するかもしれないんだろ?持っておけよ。それに、いなくなる人間がここの通貨を持って行ったってしょうがない」
「そうか」
「でー。悪いんだが、生憎現金は持っていないんだ」
アルクは誤魔化すようにハハハハハと笑った。
「エビルクナブラか。あそこにも、あいつとはよく行ったもんだ」
「・・・そこに立てかけた武器なんだが、貰ってくれないか。他のものは全部処分しちまったが、それだけはどうしても手放せなくてな」
「ちょっと待ってくれ。そんなに大切な物なら受け取れない」
椅子の足を鳴らして立ち上がろうとするディアを制しながら、身支度を続けるエスト。
「丁度今眠っているところだ。起こしたくない」
「それって・・・」
視線を壁に立てかけられた一本の武器に移すディア。その剣に手を伸ばそうとゆっくりと静かに立ち上がる。
「最後にお前さんと酒が飲めて良かったよ。じゃあな」
立ち上がったディアが振り返ると、そこにもうエストの姿は無かった。
ぼんやりしているところに、入り口のベルが鳴った。冒険者の一団がガヤガヤと音を立てて入店してきたところだった。
大切そうに、色の褪せた布にくるまれた武器を取り出す。見覚えのあるその「ルゥ」が、目を覚まして言った。
「お帰りなさい、ご主人様」
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