真の自己に出会う旅・・・気づきと感謝の日々

真の自己に出会う旅・・・気づきと感謝の日々

2014年10月17日
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心を軽くする方法についてのお話です。

穢れを払い、心の汚れを取るために、お布施をするというのも、そうした浄化法のひとつです。欲の心がすべての重さの根源ですから、お布施は一番大切であるものへの執着を、実際の外側の行為によって手放し、心を軽くしていくものです。

そのように心を軽くするという点では、サマディ瞑想やクリヤ瞑想が根源的、かつ効果的であるといってよいでしょう。瞑想をしていくと、欲望こそが重いものの根源であることがよくわかり、まるで透明な空気の中をすいすいと泳いでいるように、心が軽くなります。

それに対して、普通の人生というのは、水銀も入った、ねっとりしたドロドロした水の中を、必死によたよたと歩いているようなものです。

心は嫌って排除する性質と、嫌っていながらも、それにとらわれる磁石のような力がありますから、生きていくうちに、なんでも吸い寄せてしまいます。人によっては心が発達しすぎて、それが顕著になっています。自分の関心のあるものはもちろん、関心のない、どうでもいいチリやガラクタまで、あれこれ引き寄せてしまうのです。

そうして引き寄せたものがカルマです。その引き寄せたものを、上手にかき分けながら泳いでいければよいのですが、それができないために、汚れた固まりを拾ってしまいます。そして、その固まりが大きく重くなっても、それを取り除ける方法を知らないわけです。

私はそれぞれの人にあった浄化を行い、その人ができるだけ早く、良い瞑想ができることを助けています。特に、カルマの浄化法というアヌグラハによるプラーナのコントロールや、ヤギャによるカルマの浄化が効果的です。

   ヨグマタ著書「心を空っぽにすれば夢が叶う」より

欲望こそがすべての重いものの根源である、とおっしゃっています。なるほどなぁと思います。あれが欲しい、これが欲しいといろんなものを手に入れて、心は満足するのですが、それがカルマになり重くなってしまうというわけです。普通の人生を歩いていた頃は、その重たさが当たり前でしたが、羽根が生えたような軽さを知ってしまった後では、この重たさは本当に厄介だと思えます。ヨグマタの深い愛からの恩恵によって、この重たい心をごっそりと落としていただき、軽い心でいられることを心より感謝申し上げます。





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Last updated  2014年10月17日 20時30分19秒
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