小説 こにゃん日記

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act.5『おいらは空を飛んだんだ』



おいらは、どうしてこんなに寒いのか、どうしてこんなにおなかが空いているのか、どうしてこんなに一人ぼっちなのか、その時初めてわかったんだ。
そうか、おいらは捨てられたんだ。
誰に?それはわからなかった。
おいらは小さすぎて、あんまりたくさんの事は、覚えていられなかったから。

 『お母さん。この猫うちの子にしようよ。』と、そのとき桃が言った。
桃のママはちょっと困ったような顔で、桃を見ておいらを見た。
 『お父さんが反対するよ。』
ママはそういったけど、おいらを抱いた手はそのままだった。
 『お願いっ。お願いっ。』
ママはまた、桃とおいらを交互に見て、
そうして、自分の顔の高さまでおいらを持ち上げて、笑って言ったんだ。
 『不細工だなぁ~。』
おいらは思わず眼をパチパチさせた。
でも、その声はなんだかあったかかったので、おいらは思わずごろごろ答えてしまった。
 『お父さんが良いと言ったらね。』
ママはそう言いながら、おいらを桃のセーターのど真ん中にある、おっきなポケットに入れた。
おいらは、突然狭くて薄暗いところに入れられてびっくりした。
おいらが、もごもごそこから逃れようとすると、桃がその上からおいらを押さえ込んだ。

 『落ちないように、ちゃんと捕まえていてね。』
ママの声と共に、ふわりと浮き上がったような感じがあった。
おいらは、ようやくピョコリと、桃のポケットから顔を出した。
とたんに、眼にしみるような風の流れが顔に当たった。
おいらは空を飛んでいた。
びゅんびゅん流れる家やお店や電柱や散歩中の犬。
そいつらを尻目にして、おいらはぐんぐん前にすすんでいた。
目の前にはさっきの氷のような薄青い空でなく、
赤や黄色をした雲が、キラキラと輝いて広がっていた。
ちゃりんちゃりんとどこかでベルの音がした。
おいらは天国に行くのかな?
もし、おいらがもう少し大きな猫だったら、そんなふうに思ったかもしれない。



act.6『冬薔薇』 に続く






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