小説 こにゃん日記

小説 こにゃん日記

act.19『キジ猫大将』



おいらが泣いていると、そこにでっかい猫が現れた。
キジの大人のオス猫だ。
片目がつぶれている。
おいらの方にずいっと近づいてきた。
片方しかない眼が、おいらをじろりと見た。
思わず眼を合わせてしまって、おいらはへたんと座り込んだ。
 もう駄目だ・・・。
おいらはおびえた、ちっぽけな子猫だった。
おいらはぎゅっと眼をつぶり、ちっぽけな体をますます小さくして、このまま眼に見えないくらいの大きさになればいいのにと思っていた。
 『おい。』
しゃがれた太い声がした。
 『お前ここいらの新顔か?』
おいらは眼を開けてみた。
キジ猫はおいらのすぐ鼻先にいて、おいらのにおいをふんふん確かめていた。
 『まだ、母ちゃんのおっぱいが恋しいガキだろ。こんなところで何をしているんだ?』
どうやらおいらを攻撃するつもりはなさそうだ。
 『マ、ママも、桃も、パパも、いなくなっちゃったんだ。』
おいらが、しゃっくりをあげながら言うと、キジ猫は困ったように後ろ足で耳を掻いた。
 『何だ捨てられたのか。』
 『ち、違うよ。おいら捨て猫だったけど、ママが拾ってくれたんだもん。』
おいらはキジ猫に、ママとパパと桃のおうちが迷子になった話をした。
 『迷子になったのは、どうやらお前のようだな・・・おいちび!』
 『おいら、ちびじゃなくってこにゃんだよ。』
 『お前の家ってどんなだ?家の中じゃなくって外から見て、どんな色とか形とかなんか特徴はないか?』
おいら、いつも家の中だからよく解らない。
一生懸命思い出して、緑のカーテンが付いていて、お家の前に、白い薔薇の花が咲いてる事を思い出した。
 『それだけじゃ解らないな・・・ま、いいから付いてきな。』
キジ猫はそういうと、おいらに背中を向けて歩き始めた。
おいらは仕方なく後を追った。

キジ猫とおいらは、一軒一軒おうちを確かめながら歩いた。
途中で他の猫に会うと、キジ猫はおいらの家を知らないかと尋ねていた。
どの猫も、
 『大将。こんにちは。』
 『大将。よいお日和で。』と、キジ猫に挨拶した。
すましたメス猫たちまで、ちらりとしっぽを振りながら、
 『またね。』などといった。
でも、どの猫もおいらの事は知らなかった。
 『そうか・・・他の猫にも当たってみてくれ、何か解ったことがあったら知らせろ。』
 『ほいきた。』『解りました。』『当たってみるわ。』
キジ猫は、どうやらボス猫のようだった。
 『キジ猫さんって大将って名前なの?』
おいらは聞いてみた。
 『違う・・・俺はここいらのボスだからな。だから大将。』
おいらがどんなに聞いてみても、キジ猫は、ほんとうの名前を教えてくれなかった。
 おいらが子猫だから?何で教えてくれないの?
おいらが、黙ってとことこついていくと、キジ猫はふいにおいらを振り返った。
 『なんだ。腹が減ったのか?』
とたんにおいらのお腹がくう~っとないた。
キジ猫は、
 『こっちだ。』と、いうと、走り出した。
おいらはあわてて後を追う。

やがてキジ猫は魚屋の前に来た。
 お魚とりするの?怒られちゃうよ。
キジ猫はにゃおお~んと大きな声で鳴いた。
すると魚屋から、長くて黒いながぐつと、大きな前掛けをしたおじさんが出て来て、
 『よお。大将。景気はどうだい?』と、笑いながらキジ猫の耳の裏をなでた。
キジ猫はもう一度大きな声でにゃおお~んと鳴く。
するとおじさんは、なんだかいい匂いのするものをお皿にもってきた。
 『今日はいいところに来たな。最高級の本まぐろのアラだぞ!』
キジ猫は遠慮なく、においを嗅ぐとすごい勢いで食べ始めた。
 『うまいだろ~。おっ?なんだ?お前の子供か?』
おじさんは、おいらの方にも手を伸ばした。
おいらはびっくりして、キジ猫の後ろに隠れた。
キジ猫は、アラを半分ほど食べるとぺろりと顔を舐めた。
 『ほら、食えよ。』
おいらを振り向いてあごをしゃくった。
おいらは恐る恐る、そのいいにおいのするお皿に口をつけた。
 おいしいっ!
それは、今までおいらが食べたことがないくらい美味しかった。
食べながらおいらは、ごろごろうにゃうにゃ言った。
 うまいっうまいっおいし~よお。
おいらは、お皿の隅々まできれいに舐め上げた。
おいらが食べ終わったのを見ると、キジ猫はのそりと立ち上がった。
 『じゃ行くぞ!』
おいらは急いで、顔の周りをぺろりと舐めた。
前足でクルクルしていると、キジ猫がおじさんに、にゃ~んと挨拶していた。
おいらも、にーにーご馳走様を言って、キジ猫と共に魚屋を後にした。
 『のどが渇いたな。』
キジ猫はひらりと塀を飛び越えた。
おいらも塀に飛び乗ったけど、着地は怖くなって、お尻からずりずり降りていった。

こんど、キジ猫がおいらを連れて行ったのは、パン屋さんの前だった。
 ここではミルクでもくれるのかな?
おいらは、思わず舌なめずりした。
ところが、キジ猫が会いに行ったのは、パン屋さんの犬のところだった。
黄茶色と白のなんだかきつねみたいな犬だ。
おいらはもう少しで逃げ出すところだった。
キジ猫はおいらの首根っこを捕まえると、
 『大丈夫だ。まってな。』と、言った。
 『よお。』
キジ猫はきつね犬に話しかけた。
きつね犬はキジ猫を見ると、
 『よお。』と、しっぽを軽く一振りした。
 『悪いが、ちょっとのどが渇いちまってな。』
キジ猫が言うと、きつね犬は、
 『ああ・・・どうぞ。』と、水の入ったえさ箱を眼で示した。
おいらはびっくりした。
 キジ猫って犬の子分までいるの?
 『なんだ・・・今日はずいぶんちっこいのをつれてるな・・・オレはこいつの子分じゃないぞ!まあライバルと言うところかな。』
きつね犬が笑うように小さく吼えた。
 『今のところオレが5勝3敗だ。』
キジ猫がにやりと笑って言った。
おいらは眼を丸くして、キジ猫の2倍はあるきつね犬を見た。
キジ猫は、ペロペロときつね犬の水を飲んだ。
その後でおいらも飲んだ。
 『いい味だろ?俺んちは、ご主人様がミネラルウォーターをくれるんだ。体にいいんだぜ。』
きつね犬はそう言ったけど、その水はなんだか犬のにおいがした。

きつね犬と別れておいら達はまた歩き出した。
おいらは疲れてきた。
お腹はいっぱいだし、眠くて眼を前足でこすりこすりついていく。
道の真ん中に雑誌が落ちていた。
おいらはそこに座り込むと、そのまま、前足の間に顔を突っ込むようにして体を伏せた。
 『オイオイ・・・そんなところで寝ると、車にひかれちゃうぞ。』
その時、しっぽの短いぶち猫が現れた。
 『大将。たぶんそいつの家、見つけましたぜ。』
おいらはぴょんと飛び起きた。
 迷子の迷子のお家。おいらのお家。見つかったの?!
 『どこだ?』
キジ猫が聞いた。
 『それが・・・。』
ぶち猫はちらりとおいらを見て言う。
 『トラ公の縄張りで・・・。』


act.20『あれはおいらのお家だ!』  に続く







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