小説 こにゃん日記

小説 こにゃん日記

act.37『おいらはこの町の猫だ』



おいらは、トラ猫と一緒に公園を出た。
トラ猫は、他の猫が隣町に行くのは駄目だって言うんだ。

忍者猫は、おいらを家から連れ出したのは自分だからって、だからおいらの面倒を見るって、ずいぶんがんばっていた。
『駄目よ。相手の縄張りにあなたたちを連れて行けば、血の気の多い猫がどう出るかわからない。こにゃんはまだ子供だし、私はメスだし、二匹だけなら喧嘩を吹っかけて来るのもそうはいないでしょう。』
トラ猫はそう言ったけど、他の猫たちは心配そうだ。
『そりゃ。普通のメス猫相手なら、戦いを仕掛けるようなオスはいない・・・でも、あんたはここのボスだ。』
猫の掟では、ボスを倒した猫が新しいボスになる。
だからトラ猫がやられちゃったら、ここの縄張りは、隣町の猫のものになるんだと、黒猫がこっそりおいらに囁いた。
『でも、トラ猫は強いんでしょ?
だって、あの強いキジ猫大将をやっつけちゃったんだもん。』
それにおいらだって、もう赤ちゃんじゃないぞ。立派なオスなんだ。ちゃんと戦えるよ。
おいらはぎゅっと、肉球からピカピカの爪を出した。
おいらの爪、ママに切られちゃって、少し小さくなってるけど、まだちゃんとついてる。
おいらの歯だって、もう3本も大人の歯なんだぞ。

黒猫は苦笑いを浮かべて言った。
『あれは・・・相手の大将が、はなっからやる気がなかっただけで・・・。』
『クロッ!』
小さく鋭い声が、黒猫の言葉を止めた。カツラ猫だ。
忍者猫と話をしていたはずのトラ猫が、いつの間にかこっちを見ていた。
『な、なんだよ・・・その、俺は自分の居場所を取られるのは御免だからな。
野良の俺に取っちゃ、縄張りがなくなるって言うのは死活問題なんだぜ。』
『だったら、もし私がやられてしまったら、おとなしくキジ猫の子分になりなさい。
あいつは、むやみに、他の猫を追い出すようなまねはしないと思うけど。』
それとも・・・と、トラ猫は続けて言う。
『今ここで、誰かが私の代わりに、この町のボス猫になればいい。』
トラ猫の眼がキラキラと、お月様みたいに輝いていた。

トラ猫の言葉にあたりがしんとした。
どうしよう。
おいら、ママ猫に会いたかっただけなのに、なんだか大変な事になっちゃった。
黒猫の目が、何か迷っているように泳いで、あたりの猫をうかがった。
それから、ため息をついて、しっぽを垂れた。
『あんたがボスだ。あんたがどう思おうと、先代のボスから、みんなあんたを託されているんだよ。
だからさ。もっと自分を大事にしてくれよ。』
黒猫は、しおしおと困ったように言う。
トラ猫は少し笑ったようだった。
『心配させてごめんなさいね。でも大丈夫。無茶はしないから。』
そうして、まだみんないろいろ言いかけるのを、顔を引き締めてぴしゃっと、
『もう黙りなさいッ!』って。
空気がビリビリ震えたよ。
それで、みんなシンとなっちゃったんだ。
トラ猫は、綺麗ですごく優しくて、それでもやっぱりボス猫だ。

そういうわけで、おいらとトラ猫だけ。
でも、おいらはもうその時、おいら一匹で隣町に行こうって決めてたんだ。
おいらは一度キジ猫の縄張りに入ったことがある。
あの時大将は、おいらにとても親切にしてくれた。
それに、大将とずっと一緒だったから、他の猫からも喧嘩を仕掛けられたりしなかった。
だけど、今度はわからない。
いきなり乱暴な猫に会うかもしれないし。
そう思ったら、おいらちっちがしたくなってきた。
だけどトラ猫は、みんなの大事なボスなんだ。
おいらだってこの町の猫だもん。
空を振り仰いだら、少し雲が出てきたみたい。
お月様がミルク色に霞んで見えた。


act.38『夜の明かり』  に続く






© Rakuten Group, Inc.
X
Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: