小説 こにゃん日記

小説 こにゃん日記

お父さん



ある日突然私は、自分の父親が宇宙人であることに気がついた。
学校から帰る道。
自宅近くの坂道で、電柱の脇でぼんやりと赤い夕日を浴びながら立つ、父親の姿を見たとたん、私は、はっと気がついたのだった。
 お父さんは宇宙人だったんだ。
お父さんが私に気がつく前に、私はくるりと身を翻した。
お父さんの上空に円盤が見えたからだ。
私は怖かった。
今頃お父さんは、あの円盤に乗っているのだろうか?
私の知らない言葉で、得体の知れない生物と会話しているのだろうか?
世界がぐにゃりと曲がったような気がした。
ガクガクブルブルするようなワア~ッと叫びたいような怖さじゃない。
なんだか背中が薄ら寒く、頼りないような恐怖が私を包んでいた。

私はとぼとぼとあてどもなく歩いた。
お父さんが連れていたコロを思う。
お父さんはいつもの通り、コロの散歩をしていたのだろう。
コロはお父さんの行くところならきっと、しっぽをふりふり喜んでついていくだろう。
たとえそれが、宇宙のはてでも。
お母さんはどうするだろう?お兄ちゃんは?
私はどうするんだろう。
もうお父さんの下着や靴下と私の服を、一緒に洗濯されずに済む。
お酒に酔っ払ったお父さんが、くだらない冗談を言うのを、聞こえないふりをすることもない。
帰宅が遅いと叱られることもない。
先輩と電話してるとき、こっそり立ち聞きされたりもしない。
私の目には涙がにじんできた。

いつの間にか日が落ちて、街灯がぽつんぽつんと灯を灯し始める。
灰青色に滲んだ空には星が光り始める。
あれはお父さんの星だろうか?
 『良子?』
お父さんの声がした。
 『遅いから心配したぞ。部活もほどほどにしなさい。』
 ワンッ!
コロが私のスカートに前足をかけて、涙で濡れた私の顔をぺろりと舐める。
私とお父さんとコロは並んで家に帰る。
街灯に照らされて、私たちの影が長く先導した。
 『お父さん。』
 『何だ?』
 『私ね。お父さんの星を見つけたよ。』
 『・・・そうか。』
私はそっとお父さんの手を握った。
お父さんの手はもっと大きいと思っていた。
小さな私の手をすっぽり覆いつくすぐらい大きいって。
でも、こうやって握り合っているお父さんの手は、私の手よりわずかに大きいだけだった。
かさかさとしなびた手。
暖かい手。

私たちは一緒にうちに帰った。
温かい味噌汁と肉じゃがの香り、私の好きなロールキャベツの匂いもする。
 『ただいま。』
 『おかえり。あらお父さんと二人で帰ってきたの?』
 『ただいま。散歩途中で行きあったんだよ。』
そこへお兄ちゃんも帰ってきた。
 『ただいま~。あ~腹減った!』
私が部屋に行こうとすると、お兄ちゃんが後から来て、ニヤニヤしながら私のわき腹をつつく。
 『お前さあ。さっき親父と手ぇつないでただろう。日頃あんなにウザがってたくせに。』
 ふん!
私はぷいとお兄ちゃんを無視する。

 お父さんなんかうっとうしくってたまらない。
 お父さんの考えなんかぜんぜんわからないよ。
 でも、仕方ないんだ。
 お父さんは宇宙人だから。

でも、悔しいけど、私はどうやらお父さんが好きらしい。








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