小説 こにゃん日記

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人魚姫(act.11)



兄さんは、私たちの過ちを気がついていたのか、それとも、義姉さんがしゃべったのだろうか?
軋んだ音がして、背後のドアがゆっくりと開く。
美祐だ。
美祐は私には目もくれず、兄に近づくと、うなだれたままの兄の頭を抱いた。
まるで幼子を抱く母のように。

『美弥は私に不満だったんだ。
自分だけを見て、自分だけを愛してと言っていた。
子供が生まれたら、また私を誰かと共有しなければならないと。
だから生みたくないなどと。』
美祐の腕の中で、兄がささやくように告げる言葉。
『私は取り合わなかった。
私は美弥を愛してる。
生まれてくる子供も愛してる。
たとえ、それが私の子じゃなくっても・・・。
祐樹、お前も愛してる。
どうしてそれがいけないんだ?』

美祐の腕の中で、兄がささやくように告げる言葉。
生まれてくる子供?
美祐?
美祐は兄さんの子じゃない?
だが、義姉さんは・・・あれは嘘だったのか?
美祐は私の子供なのか?
私の周りがぐるぐる回る。
なんだか気分が悪い。
霧の中で風邪を引いたかな?
そうだ、これは風邪の熱が見せる悪い夢に違いない。

『あの日、私は美弥に対する殺意があったのだろうか?
今考えてもわからないんだ。』
殺意?
義姉が死んだのは事故死ではないのか?
『美弥は、家を出ると言っていた。
私の知らない男の下へ。
私も、娘の美祐も捨てて。
私は何度も、出て行かないでくれと懇願した。』
私は美祐を見た。
兄を止めなければ。
兄は何を言う気だろう?
美祐の前で、いったい何を。
そう思いながらも、私は凍りついたように、動く事もしゃべる事もできなかった。

『前日に乗ったとき、エンジンがおかしかった。
バッテリーがあがったわけでもないのに、急に動かなくなったりした。
しばらく吹かしていたら、また動き出したんだが・・・。
すぐに修理に出さねば危ないと思っていた。
私は・・・私は・・・それを告げるのを忘れていただけだ。』
兄は嫌々と言うように、美祐の胸の中で頭を振った。

『そうだ・・・私は忘れていただけだ!
だが・・・本当にそうだったのか?
私は忘れた振りを、していたしていただけではないのか?
わからない・・・わからないんだ!
そのことを考えると、なんだか頭がぼんやりして、その日私が何を考えていたのか、何をしていたのかさえ思い出せない。
私の記憶にはっきり残っているのは、冷たい手術台の上に横たわる、青白い人形のような美弥の姿だけなんだ。
そして、美祐。
なぜだ?美弥は美祐も捨てる気だった。
そう言っていたのに。
それなのに美祐が、一緒だったわけはないんだ!』
兄は、銀髪になりつつある髪を、掻き毟るように抱え込む。
美祐は、まるで守るように、兄の頭を抱き、そのつむじに頬を寄せる。

美祐は知っているのだ。
知っていて、それでも兄を愛しているのだ。
私の胸がひび割れたような気がした。
『美祐は・・・私の娘?』
私は思わずつぶやいた。
『わからなかった・・・たぶん美弥自身にも。
美弥はお前のほかにも、浮気相手がいた。
私へのあてつけだ。
だが生まれてきた娘は、日を追うごとにお前に似てくる。
それに、私は子供のできない体なんだ。
美弥にもお前にも黙っていたが・・・。
美弥は、私を騙していたつもりだったが、本当は私のほうが、ずっと偽っていたんだ。』




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