小説 こにゃん日記

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星を統べるもの1


俺はあいつの肩を掴み、どうにかして振り向かせようとしていた。
『なんでだよ!』
俺の口調には怒りと哀願と、信じられぬ思いが溢れていた。
『なんで、お前がこんなことするんだよ!』
あいつは、俺の指を一本一本、肩から引き剥がす。
そのとき触れた指は冷たかった。
その指が一瞬、離れる寸前の俺の指を、握り締めたかのように思えたとき、ドンという衝撃が俺の体に伝わり、俺の体はよろよろと、屋上のフェンスに受け止められた。
仰ぎ見たあいつの顔は逆光になっていて、その表情までは俺には読めない。
だけど、その口から漏れた声は、ひどく冷めた声だった。
『俺は、お前を・・・。』


『ガッツだ!起きろっ!!ガッツだ!起きろっ!!』

けたたましいベルの音と、調子はずれな甲高い機械音声。
俺は、いきなり岸壁から突き落とされたかのようなショックを覚え、布団の波を掻き分ける様にして、目覚まし時計に腕を伸ばした。
『OK牧場~。』
うるさく喚きたてる声がやんでも、俺の頭はがんがんとなっていた。
ぼんやりと起き上がって、がしがしと頭を掻く。
『よしよし、起きたわね~。』
隣の部屋から、断りもなく姉の瑞希が入ってきて、上機嫌でにんまりと俺に笑いかけた。
『ねえちゃん。この目覚まし心臓に悪すぎ。それにこのデザイン・・・。』
俺は目覚ましを見て、朝からげんなりとした気分になる。
丸っこい黒いボディは、大きなサル顔のデザインだ。
『あら可愛いじゃない。それにそれは、ねぼすけの由紀のために、一番ベルの音が大きなのを選んできたのよ。』
お姉様からの愛のこもった誕生日プレゼント。感謝しなさいよ~といいながら、瑞希はドアの向こうへ消えていった。
どうせなら、可愛い女の子の声で、
『お・き・て』
なんていってもらいたい、お年頃の俺は、昨日16歳の誕生日を迎えたばかりだ。
俺はのろのろと、ズボンをはきながら、夢の残滓を払い落とすようにぶるぶると顔を振った。セーターに頭を突っ込み、腹の下まで引き下げると、
『よっしゃっ!』
と、顔を両手のひらでぴしゃりと叩いた。
いつもより早くバス停に着いた俺に、同級生の相沢美樹が驚いたように目を見開いた。
『ユキ。どうしたの?早いじゃん。』
『おっは。』
俺はがっくりとしながら、右手だけを上げてみせた。
相沢は、しきりと空を見上げて見せるので、ん?と俺もつられて空を眺める。
太陽が黄色い。あ~寝不足だ。
『雨が降るんじゃないわよねえ。』
『あのなぁ。いつもよりちょっとばかり早く家を出たくらいで、そこまで言うか?』
『ちょっとばかりねえ・・・。』
くふふ・・・と相沢は、鳩のような笑い声を立てた。
学校に着いてからも、みな同じような反応を示しやがる。
校門のところで、遅刻者をチェックしている生徒指導の武田は、俺を見て、四角い顔がひしゃげるような表情をした。
俺に説教かまさないと、一日が始まった気がしないのだろう。
とにかく、その日はそんな風に始まったのだ。
今考えるとやっぱり、おかしなことが起こる前触れだったのかもしれない。



『星を統べるもの』2 に続く




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