奇譚 永久再生
ねえ君
知ってたかい?
世界の果ては
世界の始めに
続いてるんだよ
だって地球はまあるいだろ?
ううん
地球だけじゃない
宇宙も
ブラックホールも
異次元の世界だって
そうなんだ
空間はまさに
己のしっぽを喰らう蛇の姿をしてるんだ
ねえ君
死ぬのは怖いかい?
僕だって死は恐ろしいさ
でも僕は
死がすべての終わりだから恐れてるんじゃないよ
死は誕生へと続いてるからさ
死の続きには生があって
生のその先には
また死があるんだよ
やっと終わったすごろくがまた振り出しに戻って
一から出直し
それが永久につづくって考えたことあるかい?
こんな恐ろしいことないって
君は思わないかい?
ねえ君
この蛇はたんなる蛇じゃないのさ
この蛇は尾っぽと一緒に
時間も空間も全部ひっくるめて
噛み付いてけっして離しゃしないんだから・・・
ねえ君
蛇の腹の中にいたんじゃ
時空を舞台にしたスペクタクル映画の
永久再生機能からは
いつまでたっても抜け出せないんだよ
君が蛇になっちゃったって
もちろん ダメさ
え?
それじゃ どうすりゃいいか?
簡単さ
まずは 蛇を眺めるんだよ
そう 眺めるだけ
そして
摩擦にも 抵抗にも 重力にも 透けて
滑稽な....
滑稽だけど懸命で
実に愛おしいその蛇の姿を
ちょいと離れたとこから映す
光となるのさ
奇譚 傍観と善悪 共存としての在り方
まずは 蛇を眺めるんだよ
そう 眺めるだけさ
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ねえ君
僕がこんなことを書いてがっかりしているかい?
傍観 は ずるい ことだと感じるかい?
僕だって最初から 傍観 してたわけじゃないさ
僕の最初の崩壊は
君の国の正義が僕の国の悪
僕の国の正義が君の国の悪
であることから始まったんだ
君が知ってるように
僕は もともとは君の国の人間だったからね
そして正義の根底がみるみるうちに崩れ始めたんだ
善悪とは 立場 という 拠り所 によって変わるもので
その拠り所は 絶対とは程遠い
グラグラ揺れる天秤のようなもの
と知ったのさ
空間は 己のしっぽを喰らう蛇の姿をしてる
っと
ある日突然気付いたようにね
でも
気付いたからって
どうってことはないさ
君が言う様にいくら考えてみたって
答えなど出てこないことも
同時に知ったさ
思い知らされたさ
でも敢えて....
敢えて 僕の裡に 善悪 というものが残っているとすれば
共存としての在り方 だろうか?
そしてそれは
在ってないような在り方 と言えるだろうか?
ねえ君 僕は思うんだ
在るということは
何も働きかけなくても
ただそこに在るだけで影響を与え
また
別の存在の影響を受けていることだって・・・
悠久の時の流れの中
ただそこにポンっとある
なんの変哲もないひとつの石
その石はみずから動いたり
姿をかえることはなくとも
風受け 雨受け 波を受け 姿を変え
ある時 つま先にひっかかって
僕を地面に転ばせて
大怪我させたりするんだよ
在る というのは そう言う事だと
君
石 は 意思 なんだよ
僕たちのもっている 意志や意思は
無形ではあるけれど 石 なんだ
意識 も同じ
意識は 意思が 気 になって
弱まって無意識や潜在意識
強まって意識的・顕在意識
となるんだろう
だから僕がただボケっとここで
バカみたいな顔して つっ立っているだけで
実は僕は周囲に影響を及ぼしているんだ
そしてまた僕は周囲の影響をも受けているのさ
そして
その相互の影響関係というものを言葉にしたら
共存 ということなのだろう
っと僕は想っているんだ
僕はね
パワーストーンとか 宝石とか ダイヤモンド
金銀細工の腕時計 アクセサリなんかには
ちいとも目がいかないけど
ここ数年
鏡 というものにひどく心惹かれるんだ
鏡はね
映し出すものであるけれど
映すだけじゃないのさ
ただそこに在って
ただ映すだけなのに
受身だけじゃ決してない
光を集め その光を増幅させて
反射させることができるのさ
これは或るひとつの力
と僕は感じてるのさ
ねえ 君
君が言うように
鏡は水鏡を模して人が作ったんだろうね
僕はね
水や風のように在りたいんだよ
僕が在る 僕の意識が在る ことで
どうしたって影響を与え
影響を受けざるを得ないのなら
僕自身も含め 万物を
透かし 流し続けたいのさ
良いも悪いも 風に流し 水に流し
鏡が一瞬一瞬の動向を映し続けるように
一瞬たりともとどまっていたくはないんだよ
そう
いつの頃からか
僕の中から
善悪が透けてしまったのさ
足場は流れてしまったのさ
前後左右上下を決める
基点が崩れてしまったのさ
もしも
僕に善悪という拠り所があるのだとしたら
足場でもなく 基点でもなく
摩擦 抵抗のできるだけ少ない”方向”と言えるだろうか?
僕はね 重力さえも感じたくないんだよ
本当は・・・
ねえ
在る という事実を
君はどのように認識してるのかい?
ねえ
事実とか 現実とか いうものは
”作っているもの”に過ぎないということに
君は気づいているかい?
今 ここに ある という現実性 は
飽くまでも 現実性 であって 現実 ではないのさ
そう
自分といわれるものも
世界といわれるものも
作っているのは君自身なのさ
考えてごらんよ
生まれたての赤ちゃんは自意識がないから
赤ちゃんはこの世にいながら
自由も 平等も 個人も 善悪も
この世も 自分自身も
その存在を認識することも
知覚し察知することもできないじゃないか?
これと同じように
君のある意識の次元が変わってしまって
この世の次元と異なってしまって
今まで認識していたこの世というものを
意識が察知できなくなったら
この世界は君の中から消滅するのさ
それを僕たちは 死 と呼んでいるに過ぎないのさ
その 死 と呼ばれる瞬間から
現実 といわれるこの世界は
今 君が
記憶とか 幻想とか と言っているものと
同じものとなるんだよ
今君が抱く 善悪だけじゃない
合理性も 生理的も 個人的も 平等も
今まで 現実 と想っていたものの全ては
幻 となるのさ
眠っているときを考えてごらんよ
眠っていたって 意識 はあるんだ
眠っているとき この世界 を察知できず
夢の世界を認識できるだろ?
あるいは目覚めたときに
夢をみずぐっすり眠れたと認識できるだろう?
眠っている夢の世界は個人的なものじゃない
夢の世界でも
僕たちは 何かしらと 誰かしらと
関わりをもって存在せざるを得ないのさ
君はきっと 僕をキチガイだと思っているね
その通りさ 僕はキチガイさ
そう思われることなんかもう慣れっこだし
どうでもいいことなのさ
そうだよ
君の意識はひとつじゃないんだ
次元の異なるいくつものレイヤーのような
複数の君という意識が存在することを
君はいづれ知ることになるだろうよ・・・
そして
複数の次元の異なる君の意識も
複数の次元の異なる僕の意識も
あり続けるし
何処かで共存しつづけるんだよ
そうさ
僕は君でありたいのさ
君は僕であって欲しいのさ
だから
僕はね
僕はね
僕はね
水や風のように在りたいんだよ
僕が在る 僕の意識が在る ことで
どうしたって影響を与え
影響を受けざるを得ないのなら
僕自身も含め 万物を
透かし 流し続けたいのさ
良いも悪いも 風に流し 水に流し
鏡が一瞬一瞬の動向を映し続けるように
一瞬たりとも留まっていたくはないんだよ
そしてそれが
僕が希求する
共存としての在り方 なのさ
顕微鏡と望遠鏡 へ続く
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