助産婦メモルの日常~Happy Birthな毎日~

青空



青空

その日も悲しいくらいの青空で、家族や友人たちのすすり泣く声の中で、メモルは泣くことすらできなかった。
広いグランドの片隅で彼女と夢を語り合ったあの日も、青空が広がっていた。
そんな青空を見上げて、メモルは彼女を思って言った。
「・・・必ず助産婦になるからね。」


高校に入学して、しばらくしてから隣のクラスだった彼女の事を知った。
ハンドボール部に所属し、明るく元気な、まさに体育会系の女の子だった。

1年生の時からレギュラーで、朝礼で表彰されることもあった。
運動が苦手なメモルには、ちょっと憧れの存在だった。

そんな彼女が朝礼で表彰されることがなくなった。
そして、学校でも見かけなくなった。
そのことに気付いたのは、2年生の夏休みが明けた頃だった。

夏休み中にいっぱい試合があったはずなのに・・・?
少し気になった。
でも、体調でもくずしてるのかな・・・?
と、その程度にしか思っていなかった。

「入院してるんよ。」
彼女と同じクラスの友人からそう聞いたのは、もうすっかり肌寒くなった11月だった。
「『骨肉腫』やって。」

その頃すでに看護学校に行くと決めていたメモルは、他の子達よりは病気に詳しかったかもしれない。
あっけらかんとそう言う友人が信じられなかった。

骨肉腫・・・、骨のガン・・・。
彼女はずっとひざの痛みを感じていたらしい。
でも練習で痛めただけだと思い、ずっとシップとテーピングで我慢していたらしい。

若い彼女の体を侵したガンは進行も早かった。
あとから聞いた話だが、受診した時にはもう転移もあり、手後れの状態だったらしい。

化学療法をしても、完治は望めない。
両親にそう告知されていた。

それでも両親の希望で、化学療法を2クールだけ行った。
その化学療法で、ガン細胞は少しだけ小さくなった。
しかし、白血球・赤血球・ヘモグロビン・血小板・・・、すべての血球値が正常値を下回り、彼女は無菌室に入った。
髪の毛もすべて抜けた。

2クールの化学療法を終え、ある程度全身状態が整った時点で彼女は退院した。
医師から、両親には
「次に病院に来ることになった時には・・・、覚悟してください。」
と、伝えられていた。

そして、彼女はまた学校に来はじめた。
頭にバンダナを巻き、明るい笑顔だったが、決して顔色はよくなかった。

そんなある日、彼女のクラスと合同で体育の授業が行われることになった。
そして偶然にも体調の悪かったメモルと彼女は一緒に体育を見学することになった。
「私ね、絵本作家になりたいの。」
そう、彼女は言った。
意外だった。
中学の頃から、運動部でばりばり頑張ってた彼女が絵本作家・・・?
彼女は続けた。
「昔から絵を描くのは好きやってん。
でも、入院して頑張ってる子ども達をいっぱい知って、その子達のために絵本を書きたいと思う。
少しでも励みになるなら・・・。」

「素敵な夢やね。」
頭より先に口が動いていた。
ばりばりの体育会系の彼女だったけど、なぜかしっくりくる、彼女らしい夢だと思った。
「ありがとう。」
少し照れたように彼女は言った。

「私はね、助産婦になるよ。」
メモルは阪神大震災を経験して、助産婦になると決めたこと、小さな命を守るために助産婦になりたいと思うこと・・・。
今までどこか恥ずかしくて友人にも言ってなかったことを彼女にはすんなり話すことができた。

「素敵な夢やね~。」
彼女もそう言ってくれた。
「なれると思うよ。だって想像できるもん。赤ちゃんをだっこしてる姿が。」

「ありがとう。頑張るよっ。」
メモルの顔は赤かったかもしれない。
憧れだった彼女にそう言われることは、とてもとても嬉しかった。

「じゃあ、ふたりとも夢がかなったら・・・」
・・・メモルは彼女の赤ちゃんをとりあげる。
・・・彼女は赤ちゃんを題材にした絵本を書き上げる。
そう約束した。

「天気がいいね~。『ちいちゃんのかげおくり』ができそうな空だよね~。」
そう言って2人で空を見上げた。
2人の影が青空に白く浮かんだ。

・・・それからしばらくして、彼女は逝った。

お葬式の日は、あの日と同じ・・・
悲しいくらいの青空で、家族や友人たちのすすり泣く声の中で、メモルは泣くことすらできなかった。
雨が降ってたら、きっと泣けてた。

じっと自分の影を見つめた。
そして、まぶしいくらいの青空に目を向けると、メモルの影は青空に白く浮かんでいた。
ひとりだけのかげおくり。

メモルは彼女を思って言った。
「・・・必ず助産婦になるからね。」




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