助産婦メモルの日常~Happy Birthな毎日~

小さな妹



小さな妹

まさに小春日和、春を思わせる暖かな秋の日、1人の女の赤ちゃんが生まれた。
太くしっかりとしたへその緒は、パパの手によって今まで栄養や酸素をもらっていた胎盤から切り離された。

そのへその緒の横には、もう1本の細い細いへその緒。
そしてその先にはもうひとつの小さな小さな命が眠っていた。

Cさんは妊娠に気付いた。
結婚したらすぐにでも子どもが欲しいと思っていた夫婦にとっては待望の赤ちゃんだ。

最初の受診日、胎嚢と呼ばれる赤ちゃんの入るための袋が子宮内にあることが確認された。
妊娠は確実。
しかし、その日赤ちゃんの心拍は確認することはできなかった。

最終月経から計算すると、妊娠7週。週数にずれがなければ、十分心拍が確認される時期でもある。
「週数がずれている可能性もある。」「このまま流産になる可能性もある。」との説明を受け、1週間後の受診の予約を入れた。

大丈夫、最初の診察で心拍が見えなくても、次の診察では見えたという話はよく聞く。
大丈夫、私はもうママなんだから、強くならなくっちゃ。
Cさんはそう自分に言い聞かせ、不安な1週間を乗り切った。

診察日、医師は念入りに超音波診察をする。
そして超音波の画面をこちらに向けてこう言った。
「うん、大丈夫。ここに赤ちゃんの心臓が動いているのが見えるよ。」
その指差す先には確かに細かく動く小さな命が見えた。
画面がぼやけて見えて、初めて自分が泣いていることに気付いた。
嬉かった。本当に本当に嬉しかった。
本当にママになるんだ。

流産になる一番危険な時期は乗り越えた。
「次回の診察で予定日を決めましょう。そのあと母子手帳をもらいに行ってくださいね。」と、2週間後の受診の予約を入れた。

次の診察日、医師はまた念入りに超音波診察をする。
前回より長いような・・・、なんとなくそんな気はしていたが、
予定日を決める大切な診察、そんなもんなのだろうと思っていた。

「あれ?」 医師のその言葉にドキっとした。
え?赤ちゃんの心臓、止まっちゃった?もしかして死んじゃったの?!
不安に押しつぶされそうになったCさんの目に向けられたものは超音波の画面だった。

「見てみて、ここ、分かる??」
「ん???」
「ここに心臓が動いているのが、分かるよね。そして・・・」
超音波の機械を少し動かし、そこに写ったものは・・・。
もうひとつの力強く動く赤ちゃんの心拍だった。
「先週から胎嚢が大きめかな~、とは思ってたんだけどねぇ。」

「え?!」 ・・・もしかしてもしかして・・・??

「双子ちゃんだね~。」

びっくりした。双子だなんて想像もしていなかった。
そして何より、嬉しかった。自分のお腹にはもうすでに2つの命が宿ってる。
とても嬉しかった。

「知ってると思うけど、双子ちゃんには一卵性とニ卵性ってのがあってね、今はまだどっちかはっきり分からないんだけど・・・。」
医師から双胎妊娠はハイリスクな妊娠であること、早くから入院管理が必要な場合もあることが説明された。
妊婦検診も通常の2倍のペースで行くこととなった。
そしてその日、予定日が決定した。双子ちゃんなので予定日より早く生まれることも多いよ。という説明とともに。

家に帰って、夫に嬉しい報告をした。
夫も目を丸くして驚いた。
「いや~、どないしよう。もっともっと仕事頑張って、稼がなあかんなぁ。わ~、どないしよう。」
そう言いながらも、顔はほころび、喜びが溢れ出ていた。
「名前はリサミサとかユミナミとか似た名前の方がええんかなぁ。それとも全然違う名前の方がええかなぁ。」
夫はどうやら女の子が欲しいらしい。女の子の名前しか出てこない。まだ分からないのにね。
でも無邪気に喜ぶ夫を見ていると、Cさんもなんだかお腹の赤ちゃん達は本当に女の子のような気がしていた。

翌日、Cさん夫婦は2人そろって2册の母子手帳をもらいに行った。

次の診察日、医師はまたまた念入りに超音波診察をする。
「うーん、間に何にもないねぇ・・・。一卵性かなぁ。」

Cさんには小学生の頃、一卵性の双子の友人がいた。
とても仲の良いその双子姉妹を思い出し、あんな感じになるのかなぁ~、と懐かしい思いに包まれていた。
その時もまだ性別なんて分からなかったのだが、Cさんの頭の中にはやはり2人の女の子が描かれていた。

診察が終わり、いつものように医師の話を聞き始めた。
ところがいつもとは違い、医師の表情は少しかたい。

「Cさんの赤ちゃんはおそらく一卵性の双子ちゃんだと思います。」
「双子ちゃんを妊娠することはリスクがあるということは少し説明しましたが・・・、
心配させすぎては・・・、と思って前回はお話しなかったのですが・・・、」
話をしながら、紙に絵を書き始めた。

双子には一卵性とニ卵性がある。
一卵性の中でも、2人の赤ちゃんの間に膜がある場合とない場合で分けられる。

医師の説明によると、胎盤を共有する一卵性の双子は栄養や酸素が2人にバランスよく行かないことがあり、
栄養や酸素を十分にもらえなかった赤ちゃんがお腹の中で死んでしまうこともある。
また2人の間に膜がない場合、2人が動き回ることによってへその緒がからまり、最悪の場合、2人とも死んでしまう可能性もある。
Cさんの場合は、一卵性で、かつ間に膜のない『一絨毛膜一羊膜双胎』に分類されることを説明された。

でもCさんにとっては、現実味のない話だった。
実際に一卵性で元気に過ごしている双子の友人がいたのだ。
まぁ万が一の話をしているのだろう、自分には関係のない話。
元気に2人が誕生することを想像することしかできなかった。

だけど、医師のその話は現実のものになってしまった。

妊娠17週、医師はまたまた念入りに超音波診察をする。
そして超音波の機械を持った手を動かしながら、切り出した。

「・・・Cさん、とっても残念なんだけどねぇ・・・。」

Cさんの心は凍り付いた。・・・もしかして死んじゃったの?!2人とも?!

「1人の赤ちゃんの心臓がねぇ・・・、止まっちゃってるみたいだねぇ・・・。」

「そうなんですか・・・。」 Cさんは意外と冷静に現実を受け止めた。

医師の説明によると、亡くなった赤ちゃんの大きさから言って、前回の診察の数日後には亡くなっていたのだろう。
今はもう1人の赤ちゃんがいるので、亡くなった赤ちゃんだけを出してあげることはできない。
多くの場合は自然に羊水に吸収されて小さくなっていく、生まれた時に胎盤にくっついてるかもしれない。
もう1人の赤ちゃんは今のところ問題なく育ってる。
万が一、亡くなった赤ちゃんによって子宮内で感染等起こした場合はもう1人の赤ちゃんにも影響を与えるかもしれない。
亡くなった赤ちゃんの固まった血液がへその緒の血流に乗って、もう1人の赤ちゃんの体内に入った場合、脳内でつまってしまうかもしれない。
その場合、脳性麻痺と言う障害を持つ可能性もある。

今、17週。前回の診察までは確実に生きていたと考えても15週。12週以降の赤ちゃんの死亡は死産届を出さなければいけない。
それは今でなく、出産後でいい。胎盤に小さな赤ちゃんがくっついていたら、その赤ちゃんを火葬してあげなければならない。
今、17週。法律的には中絶できない週数ではない。
今元気な赤ちゃんの障害を持つ可能性も考えた上で、今後妊娠を継続していくか考えなければならない。

突然たくさんのことを説明されて、Cさんの頭はいっぱいいっぱいになった。
でも聞いておかなければいけない説明、後日にされたらまた悲しい思いをすることになる。

医師の説明を冷静に受け止めた。看護婦に「大丈夫?」と声をかけられたが、「大丈夫です。」と笑顔で答えた。
だけど看護婦から渡された2册の母子手帳を見て、涙があふれてきた。
涙を見せまいと「ありがとうございました。」とおじぎをして、そそくさと後ろを向き、歩き出した。

「泣いちゃいけない、泣いちゃいけない。お腹の中にはもう1人の赤ちゃんがいる。私はママ、強くならなきゃ。」
そう思ってはいたが、家に着いた途端、涙がこぼれ落ちた。
こらえきれず夫の携帯に電話した。
夫はすっ飛んで帰ってきた。

「中絶なんてしない。たとえ障害を持っていても私は一緒に頑張っていく。」
その意見に夫は反対しなかった。

「泣いちゃダメだよね? 流産とか経験してる人いっぱいいるのに、私にはまだお腹の中に赤ちゃんいるんだもんね。」

「なんでやな。泣きたい時は泣いたらええねん。これからまだまだ頑張らなあかんことあるのに、
今、めいいっぱいの力使って頑張ってどうすんねん。」
ちょっと怒り口調の夫の言葉がとても優しく心にしみて、Cさんはその日一晩中泣いた。

沈んだままの心を抱え、なかなか浮上できなかったCさんはある日気付いた。
お腹の中がぐにょぐにょ動いてる気がする。
「あ、これが胎動なんだ・・・。」 初めて感じたお腹の中の命。

この子は頑張ってくれてるんだ。亡くなってしまった赤ちゃんの分まで・・・。
亡くなった赤ちゃんだって、きっと精一杯頑張ったんだ・・・。
私には小さな天使の応援がついてる。きっと頑張れるっ!


幸いにもその後もCさんの妊娠経過はいたって順調だった。

そして・・・。

まさに小春日和、春を思わせる暖かな秋の日、1人の女の赤ちゃんが生まれた。
太くしっかりとしたへその緒は、パパの手によって今まで栄養や酸素をもらっていた胎盤から切り離された。

そのへその緒の横には、もう1本の細い細いへその緒。
そしてその先にはもうひとつの小さな小さな命が眠っていた。

羊水に吸収され、紙様児と言われるように、ほんとに小さく小さくなっていたけど、
確かに小さな小さな赤ちゃんだった。

赤ちゃんの元気な泣き声が響く分娩室で、
「応援してくれてありがとね。私がママだよ。」 Cさんは小さな赤ちゃんに声をかけた。

小さな赤ちゃんは小さな白い箱に入れられた。
そして翌々日、パパとママに見送られお空に帰っていった。
骨は全く残らなかったけど、パパとママの心には多くのものを残してくれた。

いつかCさんは小さな妹がいることを生まれた赤ちゃんに伝えようと思っている。

お腹の中で10ヶ月、一緒に過ごしていたんだよ。
お腹の中で小さい頃はきっと2人でお話してたんだよ。
これからもずっと応援してくれてるんだよ。




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