助産婦メモルの日常~Happy Birthな毎日~

祈り



祈り

彼女は15才。高校1年生だった。

妊娠検査薬で陽性と出たために、学校帰りに病院を受診した。
短い制服のスカートと少し茶色がかった髪。
どこにでもいる今時の高校生だ。

診察の結果、妊娠と診断された。

15才という年齢、明らかに学生。もちろん未婚。
さすがに医師も「まずはおめでとう。」とは言えなかった。
診察を終えた第一声は・・・、「妊娠してるね。で、どうする?」

彼女ははにかんだように笑いながら、「生みます。」と言った。

「相手の人は知ってるのかな?」
「はい。」
「両親には?」
「まだ言ってない・・・。でもちゃんと言うよ。」
「妊娠・出産となると、学校に行くのは大変だよ。」
「うん、やめる。」

彼女は終始笑顔だった。

診察を終えた彼女は助産師外来にやって来た。
同性で年も割と近い助産師の方が話に乗れるだろう、という医師の指示だった。

助産師外来の部屋に入ってきた彼女は、助産師の顔を見るなり、
「助産婦さん? 助産婦さん??」
「はい、そうです。(^^)」
「いいないいな。私、助産婦さんなりたかってん。 私、赤ちゃん大好きやねん。
いとこのお姉ちゃんが赤ちゃん生んだ時に助産婦さんになろうって思ってん。
毎日赤ちゃんだっこして、毎日赤ちゃんお風呂に入れて、なりたかった~。」

「でももう学校やめるって決めたし、なれへんねん。でもええねん。自分の赤ちゃんかわいがるし。」

「両親にはまだ言ってないんだよね?」
「・・・うん。」
「学校やめるとか、赤ちゃん生むってのは大切なことやから、ちゃんと話さなあかんよ。」
「うん、分かってる。」
「反対されたりしない?」
「うん。大丈夫やと思う。」

「相手の人は? いくつ?」
「彼氏は今、高3。彼氏は将来のことも考えてちゃんと卒業してもらう。
結婚は彼氏が卒業してからになると思う。
それまでは今のバイトで少しずつお金ためていくって言ってた。」
「そか、ちゃんと2人で話し合ってきたんやね。」
「うん。だって大事なことやし。」
「うんうん。でも妊娠して赤ちゃんを生んで育てていくって、
本当に大変なことやし、両親にはちゃんと言った方がいいよ。
2人が考えたことを一生懸命伝えれば、きっと協力してくれるから。」
「うん。分かった。」

家に帰ったら、必ず両親に話すと約束して、彼女は帰って行った。

次の受診日、彼女は診察の前に助産師外来にやって来た。
担当は前回と同じ助産師だった。

「助産婦さん、ごめんなさい。まだお母さんに言ってへんねん。」
「言うタイミングがなかった? 反対されるかもって思ったん?」
「分からん。でもまだ言ってへんねん。言わなあかんのは分かってるんやけど。」

彼女は泣き出しそうになっていた。

「うんうん。なんとなく言えへんかったんやね。」
「ごめんなさい。なかなか言い出せへんかった。」
「うんうん。気持ちは分かるよ。でもこればっかりは自分の口からちゃんと言わなな。
私がお家に電話して言うってことはでけへんから。」
「そうやんな。自分で言わなあかんよな。うん。」

しばらく話をした後、彼女は診察に向かった。
きっと医師にも同じことを言われているのだろう・・・。

診察が終わった後、彼女はまた助産師外来にやって来た。

「助産婦さん、聞いて聞いて。」
「どしたん?」
「赤ちゃんのな、手と足みたいなんが見えて、ピクピクって動いててん。
これ写真やねん。写真じゃ動いてるの分からへんけど。」
「おー、元気に育ってるんや。」
「予定日も出してくれはったで。何と3月3日っ!ひな祭りやーん。
やっぱお父さんとお母さんにもちゃんと話すわ。この嬉しい気持ち、伝えたい。
なんか彼氏より、お母さん達に先に伝えたいわ~。」
「うんうん。そやね。」

「じゃあ、また来るわ。次は1ヶ月後っ!」
そう言って、彼女は笑顔で帰って行った。

次の受診予約の日。

・・・彼女は来なかった。

その翌日も翌日も・・・、翌週になっても・・・。

・・・彼女は来なかった。

「また来るわ。」
彼女は確かにそう言った。
彼女は約束をやぶるような子じゃない。きっと来れない事情があるんだ・・・。

・・・まさか・・・。
両親に話して、中絶を勧められたとか・・・?

・・・いやいや・・・。
彼女は本当に妊娠を喜んでいた。赤ちゃんを愛してた。
そんなことあるはずない。

・・・じゃあ?
両親に反対されて、彼氏とかけ落ちしたとか・・・?

・・・いやいや・・・。
彼女は嬉しい気持ちを彼氏より先に両親に伝えたいと言った。
彼女は両親を愛してる。
きっと両親も彼女を愛してるはず。彼女の気持ちを分かってくれるはず。

・・・じゃあ?
学校をやめたら、ここの病院は遠くなるから、家の近くの病院に変えたとか?

そうかな。そうかな。そうかも。

いろいろと想像が頭をかけめぐるが、 ・・・その答えを知る術はなかった。

カルテを見れば、彼女の住所や電話番号は分かる。
でもそこに連絡をして、彼女の今を調べるまでの権利は私たちにはなかった。


そして3月・・・。病棟にも梅の花が飾られた。

3月3日・・・、彼女のことを思った。

・・・そして祈った。

神様、どうかお願いです。

あの日彼女が見せてくれた、あの超音波写真に写っていた小さな小さな赤ちゃんが、
どこかで元気に産声をあげていますように。

神様、そして、どうかお願いです。

赤ちゃんを心から愛してた彼女が、
どこかで幸せなママになっていますように。

どこかで暖かい家庭を築いていけますように・・・。




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