たんぽぽの小道

たんぽぽの小道

かしの木のメイ

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  丘の上に一本の大きなかしの木が立っていました。
 名前はメイと言います。
 村じゅうのおとなやこどもたち、動物たちやお花や虫たち、みんなメイのことが大好きで、メイもみんなのことが大好きでした。うれしいことがあるとメイはいっしょに喜び、悲しいことがあるとメイは励ましてくれるのでした。

 今日も誰かがメイのそばに来て話をしています。うさぎのみみちゃんです。
「やぁ、みみちゃん。元気がないね。どうしたんだい?」
「メイ、私どうしたらいいの? 最近、パパとママけんかばかりしてるの。みみのせいかしら? どうしたらパパとママ仲良くなるかなー」
「みみちゃんのせいじゃないよ。少しパパとママ、疲れてるだけだよ。仲良くなりますようにってお祈りしてたら、ちゃんと仲良くなるもんだよ」
「そうよね。メイ、ありがとう。みみ、毎日お祈りするわ。早くパパとママ仲良くなりますようにって」
 うさぎのみみちゃんは元気になって帰っていきました。メイは元気になったみみちゃんの姿をにこにこ見送ります。
 今日はとてもいい天気です。お花たちも虫たちも仲良くお話をしています。メイはそんなみんなを見るのが大好きです。
 そんな中、いつも太陽に向かって堂々としているひまわりのサラが今日はどうしたんでしょう。さみしそうにうなだれています。
「サラ、どうしたんだい。いつもの君らしくないな」
「おはよう、メイ。実はみつばちのヤンとけんかしてしまったの」
「ヤンと? 君とヤンは大親友じゃないか」
「そうなの。ちょっとしたことでね。もう三日もこないのよ。ヤン、怒ってしまって」
 サラはため息をつきます。
 メイが回りを見渡すと、みつばちのヤンがお花たちとおしゃべりしながらみつを吸っています。でもサラの方には来ません。さけているようです。
「ヤン、こんにちは!」
「やぁ、メイ。今日もいい天気だね」
「そうだね。サラがさみしそうにしていたよ。けんかしたんだって?」
「そうなんだ。でも、もう仲直りしたいんだ。どうしたらいい? メイ」
「大丈夫だよ。いつもみたいに普通に話しかけてごらんよ。すぐ話せるよ」
 ヤンはサラのそばに行きました。そのうちに笑い声が聞こえてきました。ヤンとサラは「ありがとう」とメイに向かって言いました。
 メイはまたうれしそうにほほえみました。

 メイにも大の仲良しがいます。裕太という男の子です。男の子といっても今は18才の青年です。村役場で働いています。
 メイと裕太は、裕太が8才のころからの仲良しです。
 裕太が4才のころ、交通事故でお父さんもお母さんも亡くなってしまいました。裕太は親せきのおじさんの家に預けられることになりました。おじさんもおばさんもとてもいい人でしたが、心からなんでも話せるともだちはいませんでした。そういう時に裕太はメイに出会いました。なぜだか裕太はメイにはなんでも話せるのでした。おとうさんおかあさんのこと、小学校の時の初恋のこと、就職の時のことなどなんでもです。メイも裕太にはなんでも話してきました。メイと裕太はお互いのことはなんでも知っています。裕太は毎日仕事の帰りには必ずメイのところに寄って、その日あったできごとを話します。
 今日も裕太は来ました。
「やぁ、メイ」
「裕太、おかえり! 裕太、役場に勤めてもう5ヶ月になるなー。だいぶ慣れた?」
「まだまだだよ。毎日課長に怒られてばかりさ。メイと話す時だけ自分に戻れるよ。メイはどうしていつもそんなに笑っていられるんだ? いつも相手のことばかり考えて…。自分のことは考えないの?」
「考えているよ。僕はみんなのことを考えるのが好きなんだ。みんながしあわせなら僕もしあわせなんだ」
 裕太にはわかっていました。メイがそう答えることが。もう長いつきあいだからです。でも、何回聞いても裕太は不思議でわかりませんでした。裕太はメイが大好きで、尊敬もしています。でも、ひとの喜びが自分の喜びなんて…。それだけは裕太にはわかりませんでした。
「メイ、また明日! バイバイ」
「バイバイ、裕太」
 また明日会えることを楽しみに裕太は帰っていきました。メイはにこにこ見送ります。

 ところが次の日、裕太はきませんでした。あれだけ毎日雨の日だって風の日だって一日も休まずメイに会いに来ていた裕太が来ないのです。
 次の日もその次の日も裕太は来ませんでした。メイは心配で心配でたまりませんでした。裕太に何かあったのでしょうか?
 たまらずメイは小鳥のララに頼みました。
「ララ、お願いがあるんだ。裕太のことが心配なんだ。様子を見に行ってほしいんだ」
「わかったわ、メイ」
 しばらくしてララが帰ってきました。
「ララ、どうだった?」
「役場に裕太いたよ。でも、すごくやつれていて、元気なさそうだった。メイ、すごく心配してたよって言ってきたよ」
「ありがとう、ララ」
 その日の夕方、久しぶりに裕太が来ました。
「どうしたんだ、裕太。心配したんだよ。どこか悪いのかい?」
「ごめん、メイ」
 裕太は元気がありません。
「裕太はなんでも僕に言ってくれたよね。今度も何があったのか言ってくれるよね」
「メイと僕は一番のともだちだ。僕はメイにはなんでも言ってきた。僕にとってメイは家族でもあり、ともだちでもあるんだ。メイがいなくなる生活なんて考えられない」
「ありがとう。僕はいなくならないよ。何があったの?」
「この丘に遊園地をたてるって言うんだ。いや、たてるだけならいいよ。メイを…。メイを…」
 裕太は泣き出しました。
「僕を切るっていうんだね」
 裕太はうなずきました。
「おとなたちは言うんだ。この村にはこどもの遊び場がないって。こんなに山も川も公園だってあるのに。自然がいっぱいあるっていうのに…。じゅうぶんすぎるくらい遊ぶところがあるよね。少なくとも僕らのこども時代はこれでじゅうぶんだった。こんなところほかにないよ。きっとおとなたちはこの村を観光地にしようとしてるんだ。僕はもちろん反対した。でももう計画が進んでいたんだ」
 メイは裕太の話をだまって聞いています。
「これだけならまだがまんできた。遊園地作るには…、ごめんよ、メイ。僕の口からは言えないよ」
「裕太、僕が言うよ。新しい遊園地を作るには僕が古すぎる木だって言うんだね。だから切らなきゃいけないって」
 裕太は悲しそうにうなずきました。
「おとなたちはみんな忘れているんだ。みんなそれぞれメイにどれだけ世話になってるか。メイは僕らのおとうさんおかあさんがこどもの頃、いやおじいさんおばあさんのこどもの頃、それよりずっと前からこの村のこの丘にいて、ずっと見守ってくれていた。そのことを忘れてしまってるんだよ」
「どうしたらいいんだ、僕は。どうしたらいい? メイ」
 メイはしっかりと裕太を見つめて言いました。
「裕太、心配することないよ。大丈夫だよ」
「大丈夫って? 何が大丈夫なの? メイは僕らにとって必要なんだよ」
「そうだよ!」
 そばで聞いていたみつばちのヤンが言いました。
「メイがいなくなるなんて、絶対いやだ」
 ひまわりのサラも悲しそうに言いました。
「そんなのいやよ。何かあるといつもメイがいて助けてくれたわ」
「いつも助けてもらうばかりで…。パパとママ、仲良くなったのよ」
 うさぎのみみちゃんが言います。
「私たち、いつも助けてもらってばかりだったわ。今度は私たちがメイを助ける番よ」
「そうだよ。みんなで力をあわせて、メイを切らないで!ってお願いしようよ」
「そうしよう」
 花たちも小鳥たちも虫たちもその気持ちはみんないっしょです。
 みんなの気持ちがうれしくて、メイは泣いています。
「ありがとう。みんなのその気持ち、僕はとてもうれしいよ。でも、みんなよく聞いてほしいんだ。生まれたかぎり、必ず終わりは来るんだ」
「それは死ということ?」
「そうだよ。でも、からだはなくなっても僕のたましいはなくならないよ。僕はみんなの心の中で生きつづけるのさ」
「私たちの心の中で?」
「そう。僕はみんなが大好きなんだ。みんながしあわせであるようにいつも祈っているよ」
 裕太が怒りながら、メイに聞きます。
「メイ、僕と君とは長いつきあいだ。メイのこと、すごく尊敬している。でもわからないところがあるよ。どうしてメイは自分のことを考えないの? いつも誰かのことばかり心配して! わからないよ。切られちゃうんだよ」
「自分のことを考えないわけじゃないよ。僕だって自分は大事さ。それだからこそ後悔しない生き方をしたいんだよ。もう何十年も前のことを話そう。裕太が生まれるずっと前の話。裕太のおじいちゃんのそのまたおじいちゃんがまだこどもだった頃のことだ。僕もまだ若々しい伸びざかりの木だった。僕のそばに今の僕と同じ古ぼけた木があった。みんなからジィと呼ばれてた。ジィは、ばかみたいにありがとうありがとうっていつも言うんだ。何があっても、どんなことを言われても。僕はジィのことばかにしていたんだ。でも、最後はとても安らかでしあわせそうだった。僕、思ったんだ。回りからどんなふうに思われようとも、しあわせだったと思えるような生き方をしたいって」
 メイの話を、裕太たち回りのみんなはうつむいて黙って聞いていました。誰も何も話そうとしませんでした。
 しばらくして、うさぎのみみちゃんが
「メイの気持ち、なんとなくわかるような気がする。生きてる限り、死っていうのはかならずやってくるってパパ言ってた」
「そうだね。僕らもいつかは必ず。どれだけ一生懸命生きたかだね」みつばちのヤンが言います。
「私たちなんてはかない命よ」ひまわりのサラが言いました。
 裕太はまだ泣いています。でも、決意をこめて言いました。
「わかったよ、メイ。メイはしあわせなんだね」
 メイはほほえみながらうなずきました。

 久しぶりに裕太はメイのいた丘にきました。
 メイがいなくなってから、もう半年が過ぎました。裕太には悲しすぎるできごとでしたので、なかなかこの丘に来れませんでした。
 遊園地の工事は着々と進んでいました。
 みつばちのヤンが裕太を見つけて、うれしそうに話しかけました。
「裕太! 久しぶりだなー」
「やぁ、ヤン! 元気だったか?」
「裕太も元気だったか?」
「うん。なんとかね」
「裕太、聞いてくれ。メイがいなくなってずいぶんたつけど、この村が少しずつ変わってきてるんだ」
「変わってきてるって、なにが?」
「みんな、メイに甘えていたんだ。何かあったらメイに相談しよう。メイに言ったら助けてもらえるって、甘えていたってことがわかったんだ」
「そうだなー。僕も甘えていたなー」
「みんな、自分のことばっかり考えてて、他のみんなのことなんて、しらんぷりだった。それが、みんなそれぞれ、他の者のことを考えるようになってきたんだ。それから自分にとって何がしあわせか考えるようにもなってきた。メイの心が村のみんなのなかに生きているんだ!」
 みつばちのヤンはうれしそうに話しました。
「メイの心が生きている?」
「僕はみんなの心の中で生きつづけるよ」
 裕太はメイが言っていたことばを思い出しました。メイはちゃんとみんなの心の中に生きつづけているのです。
 この半年間、裕太はメイがいなくなった悲しさでいっぱいでした。それなのに、村のみんなはメイの心を受け継いで、ちゃんと成長しています。裕太は恥ずかしくなりました。
「すごいなー。僕もメイにはいろんなことを教えてもらった。一生懸命生きること、人を思いやる心とかたくさん! 僕も変わりたい! 変わりたいよ、ヤン」
「大丈夫だよ、裕太。メイがいつも裕太のそばに、裕太の心の中にいるかぎり!」
 裕太はメイがいた場所を見つめました。メイがそこにいて、ほほえんだような気がしました。
「大丈夫だよ、裕太!」
 裕太もほほえみかえしました。
「ありがとう、メイ!」







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