ともかがせっかく書いたのに!『ともかく!!』

怪モノ



否定出来なければ負けだ。
そこに感情が入れば負けだ。
どんなに道徳的な意見でも、それは感情論が優先されていれば、それは論としては敗北だ。
それでも人は感情に加担する。そして、時には感情が勝利する。
感情の勝利への期待。誰もが持っているであろう、そういう憧憬。

さて、期待とはなんだろう。
何かに対して楽しみに心を踊らせ待つ事―――――
来るべき嬉しい出来事を心待ちにする事―――――
それだけのことだろうか。
誰かに期待するってのは、いささか無責任な事ではないだろうか。
期待して裏切られれば落胆するのは明白で、期待していなくても嬉しいと感じることはできるだろう。だから無責任に人に期待を押し付けることはしたくはない。

けれど、期待していた事が実れば、それはそれで嬉しいのを、俺は否めないでいる。









中学に通う日々よりも少しだけ長いこと歩くという環境に不思議な戸惑いを隠せないまま、、例年より少し早めの葉桜に覆われた小川のせせらぐ公園の中の一本道を歩く。スーツ、杖、犬、派手な化粧、マフラー、ランドセル、自転車…そして老若男女様々な人々で埋め尽くされるこの場所で、少し浮かれた雰囲気に俺は桜なんかよりも一層の春を感じていた。
「はよ~千春ぅ」
ふと後ろから声がして振り返る。少し風が吹いて花びらがまた散り、一人の男が颯爽と歩いてきた。亮太だ。
亮太が現れると、途端に一層増した春の気配が俺を襲う。亮太はいつも華やいでいて『春』って感じがする。けれど、本物の春とは違ってなんだか落ち着く雰囲気も持っていた。そ今更になるが、俺はこの市野亮太と共に今春から地元の公立高校(曲がりなりにも進学校)へと進学することになったのだが、俺が効率重視に選んだこの学校へと親友である亮太はついてくると言った。理由を聞くと「だって千春が選ぶ学校って興味湧いちゃうじゃん?」だとか言っていたけれど、なんだか胡散臭くて変な感じがした。まぁ、亮太が一緒の学校を受けるって言ってくれた時はとても嬉しかったのだが、恥ずかしいのでこの気持ちは形にせずに墓まで持って行くとする。
「はよー。亮太は相変わらず春って感じするわぁ。」
「そうか?春は好きだよー。なんだか新鮮な気分になれるし。」
亮太は俺の軽い皮肉を全部スルーする能力を身に着けている。それでも思いつくとそんな気もないのに皮肉を言ってしまうのだから、どうにも亮太には敵わない。なんて思ったりもしている。
「そんでな、前にも言ったけどしばらく学校では千春って呼ぶなよ?」
「なんでさ?千春、いい名前じゃないか。」亮太は怪訝な顔をする。
俺はどうにもこの女々しい名前を好きになれない。背も高い方ではないし、決して男らしい顔つきをしているわけでもない。声も高い方だ。コンプレックスだらけ。これではやっていられない。だが、それも亮太は「それは千春の個性だよ」だなんて褒めてくる。しかも何の邪気も無く千春をいい名前だと言ってくるから、一瞬でも良いかもだなんて思ってしまう自分が悔しい。そんで正直に言うと、くすぐったい。
「それに今更高敷だなんて他人行儀みたいで変だろ。俺と千春の仲、だろ?」
そうじゃない。そこじゃないんだ。

入学式は何事無く済んだ。一つ覚えているとすれば、校長先生がまとまった短い話をする人ですごく好感が持てたということくらいだ。亮太とは残念ながらの別クラスだったが、おかげで千春と呼ばれて高校生活を女々しく過ごす危機は若干低確率になった。それでも、「千春」と言う名前はクラスの誰かに自然に気付かれる気もしないわけではないのだが。
自分の教室へと誘導されてホームルームが始まった。俺はB組、亮太はD組。奇跡的に同じ階だったので、おそらく会おうと思えば会いにいける距離だ。担任は30前半の男で、担当は現代文学らしい。お世辞にも若者とは言えないが、若さは残していて生徒と良く交流してくれそうな雰囲気があった。担任は少しラフとも言える程度の学校の説明をし、途中からそれは「高校生活で重要なのは部活もそうだが、クラスも結構な割合を占めると思うんだ」という話に変わった。教育をする者ながらに、「こうだ」というのではなく「俺はこう思う」と言う担任の表現は俺にとって中々の好感触だった。その話の流れで自己紹介をする事になったのだが、俺はあまり自分を売りに行くような真似は好きではないし、何より「高敷千春です」だなんて自己紹介をしよう物ならば、思いっきり危惧していた事が起こる様な気さえしていた。





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