2007.09.12
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ZOO

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雨を告げる天気予報を恨めしそうに何度も見ていた。テレビのニュースを見た後にパソコンを立ち上げ、変わらない予報に大きくため息をつく姿を見ると、気休めの言葉をかけるのも躊躇する。
常々、ユカコは天気予報なんかあてにならないと言い張っていた。「あんな予報でOKなら、わたしだって予報士になれる」と言う。
「雲がちょっぴりあったら、降水確率30%くらいって言っとけばいいんだから」
画面に映る予想天気図には素人目でも分かる分厚い雲が、日本列島を覆っていた。
「見たいって言ってた映画、無かったっけ?ほら、オダギリジョー主演の」
「ない」
別の天気予報のサイトを探すために、パソコンの画面を見つめながら、即答する。やれやれ、と僕はテレビのチャンネルを変える。変わった画面で、気象予報士が眉を少しだけひそめて喋っている。
「今週末は、ちょっとお出かけには向かない天気となってしまいそうです」
「はぁーあ」もうひとつ大きなため息を聞いて、僕はまた別のチャンネルに変えた。

行き先は、動物園だった。ユカコの同僚から、何となく行ってみた動物園が思いのほか楽しかったことを聞いて、居ても経ってもいられなくなったと彼女は話した。
動物を飼うことは人間のエゴだとか、動物の愛護だとか、そういった大した主義主張も無い僕は、素直に同意した。
「20も半ばを過ぎて、動物園行きたいって言うのも、少し恥ずかしかったんだよ」
あとからそう言ったユカコを素直にかわいいと思った。

土曜の空は白く覆われていたけれども、僕らは出かけることにした。起きたときに雨が降っていれば、素直に諦める。それがきのうの夜に決めたルールだった。歯を磨きながら点けたテレビの天気予報は、曇ところにより雨。玄関を先に出たユカコに、傘は?と尋ねると、傘を持たずに出かけようと言った。
「傘を持って出かけたら、きっと雨が降る」
根拠の無いこの言葉に、なるほどそれもそうだと僕は納得した。本当にそのとおりだと思った。

ベットリとした空気と、日差しの無いくせに高い気温、真っ白い空は、お世辞にも行楽日和とは言いがたい。僕らにとっては、それでも、雨が降らないでくれていることだけで、何かに感謝したくなるような天気だと思った。
ギリギリまで寝ていたい二人には、手作りのお弁当も無かったけれど、「遠足みたい」とユカコが言った。

バスから降りて、入場ゲートまで歩く頃には、8月の太陽と変わらない日差しが、9月の動物園前の道路を照らしていた。いい意味で、週末の天気予報は外れた。予想天気図にあった分厚い雲の行方は、とりあえず考えないことにした。ユカコの言うとおり、天気予報なんてあてにならない。雲は雲の思うように流れるだけだ。

チケットを二人分買ってユカコに渡す。財布を出していたユカコをわざと無視して園内に入った。獣臭さというか、もっと端的に言えば、糞の臭いが立ち込めているのを感じた。何かの鳴き声が聞こえる。
動物園の臭いと湿度の高い空気が身体を覆う。腕で汗を拭ったそばから、新しい汗が流れてくる。
檻の中にいるクロテテナガザルがこちらをじっと見ている。日差しをモロに受ける僕よりも屋根のある檻の中にいるテナガザルの方が涼しげで、妙な気分になる。どちらが見世物なんだか。

人並みに、僕らは動物園を楽しんだ。ゾウやキリンやシマウマやライオン、まったく動かないコアラや二本足で立ち上がらないレッサーパンダも見た。シロクマはゴムのボールに捕まりながらゆったりと水の中に浮かんでいて、それは頭からアザラシを噛み殺す獰猛な生物とは対極にいる動物に思えた。
ユカコはひとつひとつの動物の前で、どの動物も同じくらいの時間をかけてゆっくりと眺めた。嬌声をあげて喜ぶことはしなかったけれども、ゆるやかに笑いながら、ひとつひとつ確認作業をするように動物を眺めた。そして、ひとつひとつに、短くだけれども余すことなく感想をつけた。
それは、「ラクダは、思っているより大きい」だとか「あのクマ、きっと暑すぎてやる気が無い」だとか、小学生でも言えるようなものだったけれども。
「ぜんぶ、同じだけ見て回るつもりなのか」という僕の問いに、
「不公平は、動物達に悪いもの」
と答えた。動物たちは動物園で働いているプロフェッショナルなのだから。プロの仕事には誠意をもって応えないと。そういうこと。僕はそうやって動物を見ている彼女の横にいて、時折、檻の前にある立て札を読んでいた。


「動物園の動物達が幸せだとか」
「うん?」
「そういうこという話」
「ありがちだね」
「で」
「うん」
「『彼らは、動物園以外の場所で暮らしたことが無いんだから、比べようが無い』っていうでしょ」
「それもよくある話だね」
「うん」
「ユカコはどう、思うのさ」
「わたしも、彼らのほとんどを動物園の中でしか見ることはないから」
「俺も、まぁ、ここにいる人たちのほぼ全員がそうだろうけど」
「わたしは、幸せだよ」

「いま、幸せだと思ってるよ。ここにくる人たちみんなも幸せな気持ちになると思う。だから、そう思わせられる彼らは、誇りを持って、幸せだといってもいいんじゃないかな」

誰かを幸せにできることを幸せと思うのは、僕ら人間だけじゃないのかなと思う。ただ、そう思いつつも、僕は幸せな気分になってる彼女を見て、そして、こうしていられる自分を幸せにも思う。
動物達には悪いけれども、君たちが幸せかどうかに、僕は興味が無い。ただ、僕は、こうして幸せな気分にさせてくれて、ありがとうとは思う。よ。


いい意味で、週末の天気予報は外れた。
夕陽が赤く顔を染める。まだ少し汗ばむような気温の中で、僕と彼女が手を繋ぐ。
ぐおう、と唸ったトラは、別に僕らに何か言おうとしたわけじゃないと思う。





亀を見ると、「亀頭」って言葉の語源が本当によく分かるね。





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Last updated  2007.09.14 10:08:11


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