バーバラ・H・ローゼンワイン/リッカルド・クリスティアーニ (
伊東剛史ほか訳 )
『感情史とは何か』
~岩波書店、 2021
年~
(
Barbara H. Rosenwein and Riccardo Cristiani, What is the History of Emotions?
, Cambridge, Polity Press, 2018
)
著者のローゼンワインは西欧中世史が専門の歴史家で、シカゴ・ロヨラ大学名誉教授。近年、感情史に関する著書を複数刊行しています(のぽねこ未見)。クリスティアーニも同じく中世史家で、ローゼンワインの研究補助や翻訳をなさっているそうです。
本書はポリティ出版刊行の「○○史とは何か」シリーズの1冊で、本ブログでは同シリーズのうち、次の2冊を紹介したことがあります。
・ ジョン・H・アーノルド(図師宣忠・赤江雄一訳)『中世史とは何か』岩波書店、 2022
年
・ ピーター・バーク(長谷川貴彦訳)『文化史とは何か 増補改訂版』法政大学出版局、 2010
年(第2版 2019
年)
さて、本書の構成は次のとおりです。
―――
緒言・謝辞
序章
1 科学
2 アプローチ
3 身体
4 未来
結論
注
訳者あとがき
参考文献
索引
―――
序章は、本書の目的と議論の流れを示します。現代の研究の主な方法や、多様なアプローチの可能性を示唆することで、感情史に関心をもつ読者に見取り図を示すことが本書の目的とされます。
第1章は、主に哲学者、心理学者、神経学者たちの理論を紹介します。ダーウィンの流れをくむエクマンは、怒り、嫌悪、幸福、驚きなど―これらは「基本」感情とみなされます―は普遍性をもつとし、表情に関する実験を行いました。他方ジェイムズは、感情が身体に与える影響に着目。その他、個人の差異に着目する評価理論(認知主義)や、トムキンズが中心人物となって提唱した、感情の生得的性質を主張する情動理論、文化とヴァリエーションを強調する社会構築主義などが紹介されます。感情管理に関する研究を行ったホックシールドによる、「感情労働」という概念が、写真もあいまって印象的でした (34-35
頁 )
。
第2章は感情史の基本的なアプローチの概観。スーザン・マットによる整理に従い、 (1)
スターンズ夫妻が提唱した「エモーショノロジー」(「ある社会やその内部の特定の集団が、基本感情とその適切な表現に対して保持する態度や基準」)、 (2)
ウィリアム・レディが提唱した「エモーティヴ」の概念(ある感情表現が、それが向けられた相手を変化させ、それを発した人も変化させる)と、それをある社会がどの程度許容するかという感情体制について、 (3)
ローゼンワインが提唱した「感情の共同体」、という3段階を見た後、さらに (4)
パフォーマンスとしての感情という考え方を論じます。本章で特に興味深く、また重要なのは、アメリカ独立革命を題材に、以上4つのアプローチがそれをどのように読み解くかというケーススタディが紹介されている部分です。
第3章は、感情史における最近の研究の大半が身体を重視しているという傾向から、身体をめぐる感情史の様々なアプローチ、研究を紹介します。大きく、 (1)
境界付けられた身体と、 (2)
透過性の、溶け合う身体という2つの側面から見ていきます。
第4章は、感情史が現在、そしてこれから担うべき役割について。ここでは、感情史は時代区分という「壁」を崩すことに「貢献しなければならない」、という著者の立場が明示されている中で、ジャック・ル・ゴフの「長い中世」論を取り上げ(参考: ジャック・ル=ゴフ(菅沼潤訳)『時代区分は本当に必要か?―連続性と不連続性を再考する―』藤原書店、 2016
年
)、ル・ゴフ「の見方は、結局のところ…入り口と出口の連続としての時代区分を維持する非常に伝統的なもの」 (168
頁 )
と評価している部分が興味深かったです。さらに、映画やゲームの感情も取り上げながら、現代における感情史の意義を論じています。
以上、前半や覚えのためにややメモのような紹介になりましたが、大変興味深い1冊でした。
訳文も読みやすく、また本論も 200
頁弱と手ごろな分量で、感情史の導入にうってつけの1冊と思います。
(2024.08.18 読了 )
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