第18章

貸借







「西王、ゼロ・アリオーシュ様ですね? お初目にかかります、北の諜報部の者です」
 ゼロに気付かれることなく彼の隣まで接近した、まだ少女とも言えるような女性は、静かな声音で彼に話しかけた。
 自分のことを“西王”と呼んだところからおそらく禁忌を犯し中央に来ているのだろうとは一瞬考えたが、北の諜報部とはなかなかピンとこないところだった。
「ローファサニ陛下よりの伝言、『森の各地にてなにやら不穏な動きあり。出来る限り早い英雄の凱旋を望む』あとそれと『私的なこととして、君が帰ってきたら一度酒でも飲み交わそう』とのことです」
 ちらっと一瞥した限り、隣を歩く少女は小柄で華奢だがかなりの美少女だった。美しく、可愛らしい金髪のポニーテールに、些細だが、美しさを引き立てる軽い化粧。だがなによりゼロが意識したのは、彼女の凛とした声だった。
「“凱旋”、ね」
 もう彼が東西南北に統一平和をもたらした戦いの終結から1年以上が経過している。凱旋と言われても、いまいち実感が沸いてこない。
「それとこれは我が主からの伝言なのですが、『クラリスが同年代の仲間たちの合同慰霊祭を計画している。だが何より英雄たる君がいなければ話にならない。さっさと戻って来い。それとネイロス郷がユフィ王妃を自宅へ呼び、ともに酒を酌み交わしていたが、残念ながら取り立てて興味をそそることはなかった。むしろそれを監視していた俺が彼女に一層嫌われたようだ』とのことです」
 口ぶりも真似て喋った彼女の言葉を聞いて、思わずゼロは笑ってしまった。歩きながらの会話のため、すれ違う人々がちらっとゼロたちの方を向いていく。
今の言葉で誰の伝言なのかに合点がいった。
「そうか、君がシレンの許婚っていう子か。通りであいつが自慢したがるわけだ」
 シレン、シレン・フーラー。北の中流貴族フーラー家の三男で、現フーラー家当主兼北の諜報部団長。ゼロの貴族学校時代のクラスメートの一人で、剣術部においても屈指の実力者だった男だ。端的に言ってしまえば冷静沈着を地でいくちょっとした変わり者、といったところか。
 諜報部は東西南北の全てにある組織だが、なんといっても北の諜報部は格が違う。代々優秀な団長を輩出している上に、団員の数が東西南とは一桁違う。それを統べる者と思えば、多少変わり者だとしてもシレンという男の凄さが分かるだろう。
「じ、自慢ですか?」
 少し頬を赤らめ、彼女がゼロに尋ねる。公務では無感情な感じのする喋り方だが、私的だとかなりおどおどした様子だ。
「ああ、俺の許婚は可愛い女だ、って俺らの代のクラスメートで聞いたことないやつはたぶんいないぞ?」
 にやにやしながら教えるゼロを見て、少女が耳まで赤くして照れる。
「シ、シレン様ったら……」
「ま、とりあえず了解した。任務ご苦労。こちらでのことが終わり次第至急戻る。気長に待てって伝えといてくれ」
「は、了承致しました」
 彼女が敬礼し、しばしの静寂が訪れる。
「あ、あの、もしよろしければ、マリメル様に機会があればご指導宜しくお願いしますとお伝えくださいませんか?」
 おずおずと少女がゼロにそう申し上げる。ゼロは一瞬のその言葉の内容を理解できなかったが、すぐに頷いた。西の諜報部団長のマリメルは、歴代諜報部の中でも群を抜いた存在だ。やはり、他の諜報部でも有名らしい。
「いつになるかまだ分からないが、次に会ったら言っておくよ」
「あ、ありがとうございます!」
 喜びを素直に表すような態度で彼女が礼をする。そしてすぐにゼロはまた何か思い立ったように口を開いた。
「そうだ、シレンには、残念ながらユフィもベイトも浮気するような性格じゃない、とは言っといてくれ」
「はい、もちろん」
 今度は笑いながら了承し、突然の訪問者、北の諜報部副団長キュアリス・フーラーはゼロの前から去っていった。



 翌日。レイたちのいる家に、慌ててミュアンが駆け込んできた。
 その彼女の表情から、よくないことであると何となく感じられた。
 彼女とゼロの目が合ったとき、突然彼女の目から一滴流れた。そして止め処なく涙が溢れ始める。軽いパニックに陥った状態のようだ。
「あのね、その、えっと……」
 言いたいことはあるのに、それを口に出せない。ゼロは彼女の肩をぽんと叩いた。
「いいから落ち着け。落ち着いてから話せばいいさ」
 彼女をリビングの椅子に座らせ、ゼロとアノンも彼女の話を聞くために腰を下ろす。レイは、湿った話になるのを予想し茶を淹れに行った。
 沈黙のまま、数分が経過した。
「バンディアルと、ロイさんが“神魔団”との交戦により戦死、だって……」
 ゼロよりも、レイの方が悲しそうな顔をした。彼はきっと性格上付き合いの良かっただろうし、そもそも中央にいる期間が長い。ゼロと違い、様々な思い出が胸のうちにはあるはずだ。
「そうか」
 神妙な面持ちでゼロが頷く。その冷酷とも取れる反応に、ミュアンがきっとゼロを睨んだ。そして彼女が口を開こうとした時に。
「――俺たちも動くぞ」
 一言、たった一言で空気が変わった。悲しみから、驚愕へ。
「いいな? レイ」
「……そうやな。やられっぱなしじゃいられへんしな」
 昨日聞いた話の所為ではない。久々に、ゼロの瞳に怒りの色が浮かんでいた。



「手を貸してくれないか?」
 ミュアンの話を聞いた翌日、ゼロは単身とある場所を訪れていた。
「断る」
「おいおい、いきなりかよ」
 まさかの展開に呆れたゼロが話し相手の顔色を窺う。
「こっちはまだ調査がほとんど終わっていないんだが、そんな忙しい俺に何の用だ?」
「ごめんなさい。手探りで全て調べなきゃいけないから、まだ時間がかかりそうなの」
 今日の彼女は穏やかな性格の方のようだ。ゼロとしては、こちらの方が扱いやすい。
「いや、そんな急に結果どうこうを聞きに来たわけじゃない。そっちの方は気長に待てるしな」
 ゼロが首を振って答える。男が「ほお」と頷いたのを見て少女が注意する、ちゃんとやらせなくては、サボる傾向があるようだ。
「で? イシュタルの配下であるアリオーシュがイシュタルに対して何を借りたい?」
―――くどい言い方だな、おい。
 ゼロが呆れたような視線を送るが、彼はまったく動じなかった。
「だから、あんたの、中央最強と謳われるシーナ・ロードの手を借りたいんだよ」
「東西南北で最強と謳われる死神様にお褒めいただけるとは、光栄だな」
「つくづくあんたってイヤな奴だな」
「どういたしまして」
 皮肉には皮肉で返してくるし、いやみも通じない。色んな意味で、手強い男だった。
「シーナ! それで、用件は?」
 落ち着いた声音で、少女が口を開く。やはり造物主たる神エルフの直系の血なのか、その場の空気が一変させられた。
「明日、“神魔団”の残り二人を一気に倒そうと思っている。だが生憎ゴーストでさえ二人でやっと倒したくらいだ、ブラッド・ダークとヴァリス・レアー、正直言って俺たち二人がそれぞれ1対1で戦っても勝てる見込みが薄い。……だから、あんたの手を借りたい」
 ゼロの少し悲しそうな声に、シーナはすぐには答えなかった。だが、ゼロには彼が手を貸してくれるであろう“根拠のない自信”が何故かあった。
 彼の目を見つめ、言葉を待つ。フィエルも同様だった。
「構わない」
「本当か?!」
 感情のない声で答えられた所為で一瞬どちらなのか疑った、言葉は紛れも無く協力の意を表す言葉だった。
「そろそろ奴らを我が物顔でのさばらせて置くのも頃合だしな。このままの状況だと俺が二人を倒さねばならなかっただろうし、お前らが片方やってくれるなら手間が省ける」
 流石、中央最強と謳われる男の言葉は違った。
「俺がヴァリスを殺ろう。そうすれば確実に“神魔団”は滅ぼせる」
―――余裕、なのか。こいつにとっちゃ。
「そうだな、明日の夕方やつらの砦を襲うぞ。俺もお前らも、間違いなく名は知られているし、乗ってくるだろう」
 シーナの強気の言葉は、頼もしかった。
 ともあれ、これでゼロたちの不安は多少減ったことになる。条件無しに彼が協力してくれることは、本当に幸運だったと言えよう。
 しかし実際問題として、“神魔団”を倒したあとは彼も倒さねばならない障害となることが、ゼロの頭からはすっかり抜けていた。



 翌日の正午を回った頃。いつも通り、彼女が彼らの居る家へとやって来た。
「ほんとに、行くんだよね?」
 不安を隠せず、ミュアンは二人に尋ねた。その彼女を見て、ゼロもレイも、軽く笑顔を見せる。たとえそれが強がりだったとしても、誰も彼らを責めることはできまい。これから戦いに行く相手の力は未知数で強大だ。
「当たり前だろ? シーナの奴に啖呵切っちまったんだ、ここで逃げるわけにはいかないさ」
「それに俺らは2対1やさかい、心配いらへんって」
 ミュアンを安心させようと答える二人だが、それでも彼女はまだどこか不安げだった。
「シーナ・ロードに一人で行かせ、“神魔団”の両名と共に倒れてくれればそれに越したことはないと思うが」
 アノンがそこで口を挟む。最も安全で、最も理想的な形だが、それをゼロは否定した。
「おいおい、いくらなんでもそれは卑怯だろ? それにそれは俺の信念に反するよ」
 ゼロがゆっくりと立ち上がり、愛刀の入った鞘を掲げる。華やかな装飾のなされた、立派なものだ。
―――血の因果、か。ムーン、お前はこれをどう思う?
 心の中で尋ねるのは、この鞘を彼に与えたかつての強敵だ。
 鞘に施されたダイヤの十字架が、一瞬鈍く輝いた。


 日が沈もうとする頃、ゼロとレイはシーナの待つ約束の場所へと赴いた。
「準備はいいのか?」
「ああ」
「いい天気やなぁ……これから人二人殺しに行くなんて、想像もできへんで」
 ゼロとレイの表情を見て、シーナが僅かながら口元に笑みを浮かべた。二人はそれに気付かなかったが、たしかにこの無表情な男が表情を変化させたのだ。
「頼もしいな、いや、若さか?」
「あんただってまだ若いじゃねーか」
 ゼロのツッコミを軽く流し、シーナが歩き出した。向かう先は中央でもかなり外れの方に位置し、一般人はもちろんのこと、中央指折りの戦士たちもまず足を運ぼうとはしない“神魔団”の砦なのだ。
 先頭を歩くシーナが少し歩調を緩め、ゼロと並んだ。ゼロを真ん中において、3人が並んで歩く形になる。
「一つヒントをやろうか?」
「借りは作りたくない」
正面を向いたまま話しかけたシーナの言葉をゼロが一蹴した。頭半分ほどシーナの方が大きいため、レイの目には彼らが年の離れた兄弟に見えた。
「ゼロ、いくらなんでもいきなりその答えはないやろ」
 彼をなだめる自分は二人の間の存在であった方が都合がいい。そう考えたレイが言葉を選びながらゼロに言い聞かせる。
「馬鹿が。貸しじゃない。アレがどうにもならなかった場合の償いだ。無償で受け取れ」
「絶対どうにしかしろよ」
「この世のどこに絶対なんて言葉があると思う?」
「取るべき責任を取らずに諦めるくらいなら、暗闇の中手探りでもするね、俺なら」
「阿呆が、だからお前はガキなんだ」
「性格が腐敗し切ったあんたに言われるとは、俺もおしまいだ――」
「――ええ加減にせんかい!」
 終わりそうもなかった言い合いを、レイがゼロの頭をはたいて無理矢理に終わらせる。それからシーナの方へ愛想の良い笑顔を見せて。
「ゼロが馬鹿なんはどうしようもない事実やさかい、ここはそのヒントとやら教えてもらえませんかね?」
「おい、誰が馬鹿――」
「――どうやらお前はまだ世の中の渡り方を知っているようだな」
 ゼロを無視してシーナとレイが話しを進める。ついにゼロも黙り込んだ。
「ブラッド・ダークのアビリティは“幻覚”。発動条件は相手と視線を合わせることだ。一度目が合ってしまえば間違いなく幻覚を見せられ抜けられなくなるが、あいつはアビリティをほとんど使わない上に対象は一人だけだからな。そこの馬鹿が幻覚に陥っても、お前がそこの馬鹿の瞼を閉じてやれば幻覚は解ける」
 シーナのくれたヒントは、まさに天の恵みだった。これを知っているだけでどれほど戦闘を有利に運べるだろうか。
「まぁ、ふつうに戦って互角以上が前提条件だがな」
 その言葉にレイが苦笑して答える。最も不安なのが、そのことだ。
 果たしてゼロとレイの二人ともがブラッドの攻撃に対抗できるのか。
 いとも簡単に十天使のメンバーを屠ってしまうほどの強敵だ。不安は、やはり大きい。
「問題ない」
「ほお?」
 強気に出たゼロの言葉に、シーナとレイが視線を彼へと向ける。
「俺はまだ死ぬわけにもいかないし、シーナ・ロード、あんたとも戦ってない。あんたを一発ぶん殴らずに死ねるかってんだ」
「それは頼もしいな」
 シーナが皮肉気に答える。だが、レイにはゼロの気持ちが痛いほど伝わった。
 彼は焦っているのでもなく、怒っているのでもなく、ただただ、自分の存在の認識を強めただけなのだ。こんなところで、足踏みなどしてはいられない。
「っと、着いたぞ」
 他愛もない話をしていると、やっと無骨な建物が三人の前に現れる。そこにはまるで、生気がなかった。あるのは、渦巻く殺気だ。
「んで、敵さんのお出ましってわけかいな……!」
 三人の前に、二人の厳つい男が姿を現した。

「シーナ・ロードと、独創者の二人か。珍しい組み合わせだな」
 リヴァスが一番に口を開いた。だが一片の隙もなく、鎌は構えられている。
「お前らを殺すための臨時共同戦線だ」
 臨戦状態のゼロとレイを尻目に、シーナは無防備なままリヴァスに答えた。
「俺がリヴァス、あんたの相手をする。ブラッド、あんたの相手はこっちのガキ二人組みだ」
「……面白い。おい、ガキども。場所を移すぞ。着いて来い」
 ブラッドがシーナの言葉を素直に受け取り、背中を向けて歩き出す。ゼロがちらっとシーナを見た。
「さっさと行け。お前らに傍で戦われちゃ俺も邪魔だ。心配ない、戦いに関して、ブラッドはフェアな奴だ」
 何故ここまでシーナが彼らのことを知っているのかは分からなかったが、今は彼の言葉を信じるほかはなく、ゼロとレイはブラッドの後ろを着いて行った。
「やっと最強のお前と戦うことができると思うと、嬉しいね」
 リヴァスが低い声でシーナに話しかける。それに対しシーナは肩を竦めるだけだった。
「御託はいい、さっさと帰りたいんだ。始めるぞ」
 シーナが得物である刀を抜き放ち、両者が同時に動いた。



 ブラッドに着いて行き、木々はおろか雑草まで枯れ果てた荒地へと案内された二人もまた、シーナと同様に武器を手に取り、緊張した面持ちで眼前の大男と向かい合った。この男と比べると、ゼロとレイがまだ子どものように見えた。
「俺は戦いを求めてヴァリスの下についた。元よりお前らと話す言葉は持たん。……準備はいいか?」
 ゼロがレイに向かって小さく頷く。仮にも“在らざる者”のリーダーは彼なのだから、という思いがあったのかは、微妙なところだ。
「俺らも今回ばかしは話し合ってどうこうしようとは思ってへん。……死んでも恨みっこなしやで、おっさん!」
 先手必勝、レイが先にブラッドへ向けて突きを繰り出す。幅広だが軽量なレイの鋼の剣が空を切る。が、彼のすぐ後ろから突如ゼロが姿を現し、レイの剣を避けたブラッドの進路方向へ斬撃を繰り出した。
 ギン、という鈍い音が辺りに響き渡る。嫌な感触を覚えたゼロは、すぐさま飛び退き距離を取った。必殺のタイイングだったにも関わらず、傷一つ負わせることができなかった。むしろ、今の局面で自分の攻撃に対して反応されたことが、ゼロに衝撃を与えた。その場の思いつきだったが、レイの身体に自らを隠し、奇襲をかけるというのは選択として悪くなかったはずだ。スピードも、かなりのものがあったというのに。
 今ゼロの必殺の斬撃を止めたブラッドの手甲が、沈んだ太陽に変わって顔を出した月明かりに照らされて鈍く輝く。その手甲の下に備えられた筋肉の量は、想像するに難くない。無駄なく完成された肉体こそが、このブラッド・ダークという男の武器なのだ。
 呼吸を整え、ゼロとレイが再び攻撃を仕掛ける。今度は一直線ではない、二人の同時展開攻撃だ。ゼロが右上から、レイが左下から、これも普段ならば必殺の攻撃になり得るものだ。
 しかし、ブラッドはゼロの刀を先ほど同様手甲で、レイの剣を鋼鉄のブーツで見事にいなした。止めるのではなく、相手の力の流れを止めずにいなす。自然と二人の体勢が一瞬だが無防備になる。その一瞬を、この男が見逃すはずがなかった。
「ふん!」
 攻撃を止めた手足をそのまま攻撃に転用、体勢を直そうとする本能行動の途中のため、二人はその攻撃に対応できず激しく吹き飛ばされた。露出された地面に落ちたゼロの身体が一度跳ね、レイの身体は飛ばされた方向に激しく引き摺られる。
 一撃でヒトの骨を砕き、命を絶つほどの拳だ。大ダメージを受けたことは必至だろう。
 ゆっくりと立ち上がった二人に挟まれる形になり、ブラッドは動かずに黙って二人の動きを探った。
「ゼロ……生き、てるか?」
「当たり前だ」
 少し呼吸をおかしくしているレイに対し、ゼロは常時と変わらない口調で答える。足は手の3倍の力があるというから、蹴撃を食らったレイの方がダメージが大きいのは当然なのだろうが、今の言葉を聞く限り、ゼロがダメージを負ったような感じはなかった。
「ほう、受身をとったか」
 レイがすぐには動けない、動けたとしても大した攻撃はできないだろうと踏んでブラッドがゼロの方へ向き直る。彼の鋭くも面白げな視線を、ゼロは軽く受け止めた。
「受身? 冗談じゃない。“わざと”飛ばされたフリをしたんだよ」
 ゼロも不敵な視線でブラッドを見返す。その視線にブラッドがくっくと喉を震わせて笑った。彼の想像以上のゼロの実力を認め、その彼と戦えることに悦びを見出したようだ。
―――ほ、ほんまかいな……。
 その言葉が本当ならば、レイの想像を遥かに超えるところにゼロの実力が存在することになる。
「今の数手でお前の力はだいたい分かった。……ここで強気な言葉を言いたいところだが、生憎長期戦は免れなさそうだよ」
 かっこよく決めていたはずのゼロが、肩を竦める。思わずレイもがくっと肩を落とした。せめて嘘でもここは強気に言ってもらいたかったような気もする。いや、嘘では困るのだが。
 ゼロが刀の切っ先をブラッドに向ける。明らかな挑発だ。
「そこの雑魚は放って置いて、お前から先に殺るとするか」
 応えるように、ブラッドがゼロに向き直る。両者が臨戦態勢を取り、動きを止める。いつどちらが先に動くのか、まったく読めない。レイは、息を飲んで次の瞬間を見つめていた。


 金属同士のぶつかり合う無機質な音が響く。すらっと長く、しなやかな黒豹を彷彿とさせるシーナの身体に対し、象牙のように巨大なヴァリスの鎌が、互いに距離ゼロを保つ。肉薄する距離をおいて、両者はにやりと不敵な笑みを浮かべた。
 どちらともなく再び距離をおく。いや、シーナが相手を弾いたようだ。見かけでは圧倒的な筋力差があるように思われる両者なのに、シーナがヴァリスと対等以上に攻めていることこそが、彼の強さの象徴なのだろうか。
「やはり、中央最強の名は伊達ではない、か」
「最強の名だけが、俺の誇りだからな」
 少しだけ、憂いを帯びた声でシーナが言い返す。彼の言う誇りが何なのか、それはきっと彼にしか分からないのだろう。
「まぁ、御託はいいだろう。続きをやるぞ」
 シーナの眼光が鋭さを増す。本気、なのだろうか。
 最凶のヴァリスに、冷や汗がつーっと流れた。見た目で判断すれば、圧倒的優位に見えるのはヴァリスだ。しかし、この威圧感は何なのだろうか。
 そして、悟る。
 勝てない相手とは、こういう者なのだと。
 圧倒的実力の差を感じ、ヴァリスは近づきつつある己の死を覚悟した。
―――“神魔団”も、ここまでか……。
 迫り来る死の刃を、避ける術はどうにも見つかりそうになかった。






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