Nonsense Story

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片岡家の災難 3


 片岡は隣室から戻ってくると、ぼくと赤松に制服のブレザーを脱ぐように言った。
「猫の毛が付いて真っ白になるぞ」
 なるほど、片岡のブレザーは白い毛が至るところに付着してしまっていた。片岡は猫にミルクを持ってきた明代ちゃんにも着替えて来るように指示し、対策を練り始めた。
「どこから入ったのかは分からんが、とりあえず他の部屋には被害はないようだ。隣の部屋を引っ掻き回されてたら終わりだと思ったが、あっちに行った形跡はなかった」
「隣は何の部屋なんだ?」
「仏間。ばあさんが西国三十三箇所の札所を回ってもらった宝印を表装してもらった掛け軸が吊るしてあるんだ。あれに傷が付いてたら、確実に打ち首だった」
「お遍路さんかぁ。全部回ったなんてすごいね」
 赤松が感嘆する。片岡は頷いた。
「四国の八十八箇所よりは少ないけどね。ばあさん自身、それをかなり自慢にしてるから、絶対にあれだけは傷付けちゃだめなんだ。だから、猫をどこかに隔離しないと。それからばあさんが帰ってくるまでにここを片付ける」
「でも、障子はどうするんだよ? 貼りかえる時間なんかないって」
 ぼくはズタズタに敗れた障子を見て、絶望的な気分になってきた。このまま一緒に怒られるなんて冗談じゃない。けれど、猫の最期を見るのもごめんこうむりたい。
「破れてる面だけ貼りかえよう。五・六ヶ所だから、なんとかなるだろう。ただ、障子紙が切れてるから、買って来なきゃならないんだ」
 そこへ私服に着替えた明代ちゃんが元気良く飛び込んできた。胸元が大きく開いたピンクのカットソーからレースの付いたキャミソールをのぞかせ、マイクロミニのデニム地のスカートを穿いている。またこの家のおばあさんが顔をしかめそうな格好だ。
「はーい! あたし、猫ちゃんの番するー!」
「いや、猫の隔離とばあさんの見張りは、赤松さんに頼みたいんだ」
 片岡はミルクを飲み終えて丸くなっていた猫を抱き上げると、それに手を伸ばす明代ちゃんを制して赤松に差し出した。
「わたし?」
「うん。俺の部屋の窓からなら、うちの敷地への人の出入りが見える。だから、俺の部屋でそれを確認しながら、猫を部屋に隔離しててほしいんだ。それで、ばあさんが帰ってきたら、すぐに知らせてくれ」
「分かった」
 嬉しさを押し隠すのに必死なのだろう。俯いて猫を受け取った赤松の頬は、ほんのり蒸気していた。
 仲間でわいわい遊んだり、団結して何かを成し遂げたりした経験のない彼女は、この面倒な隠蔽作戦の仲間に入れたことを、どこか喜んでいるようだった。
 ゆったりとした片岡の腕から狭くて頼りない赤松の腕に移されて、猫は少し不満気だったが、それ以上に不満を露わにしたのは明代ちゃんだった。
「えーっ! 猫ちゃんといたかったのにぃ。じゃあ、あたし、障子紙買ってくる!」
 言うが早いか、明代ちゃんはもう玄関へ走っていた。ガラガラと引き戸が開く音に続いて、扉に嵌っているゴムと柱のぶつかる激しい音がする。どうやら力任せに閉めて行ったようだ。
「ちっ。あいつは家から出すまいと思ってたのに」
 珍しく舌打ちなんかをする片岡を見て、ぼくは少し嫌な予感がした。
「仕方ない。お前はばあさんの部屋の片付けを手伝ってくれ。ゴミ袋と掃除機を取ってくる」
「じゃあ、わたしは二階に上がってるから」
 ぼくは猫の毛が付かないように赤松のブレザーを引き受け、小さな夢の島状態の四畳半でゴミ拾いを始めた。
 ――午後四時五十分。隠蔽作業開始。


つづく



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