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Nonsense Story
来る年 2
来る年 2
やっとのことで登り切ると、小さな社殿が見えないくらい人が並んでいた。
手水舎
(
てみずや
)
で手を清め、わたし達も列の後ろにつく。前に並んだ人待ち
貌
(
がお
)
の夫婦と
睛
(
め
)
が合う。おめでとうございますと声を掛けると、おめでとうとにこやかに返された。年越しの神社では、誰もが親しげであるように感じる。
お参りを済ませると、社殿の隣の授与所でおみくじを引いた。旦那は小吉、わたしは中吉である。寒いので、火が炊かれている傍に行って読んでいると、隣の人と肩がぶつかった。慌てて謝ると、相手は暗い表情でおみくじから貌を上げた。まだ学生風の少年である。
「すいません。こんな
がい
(
・・
)
なん初めて引いたから、動揺してしもうて」
声もまだ、あまり低くない。
「凶とか?」
旦那が面白そうに訊く。
「大凶です」
「ほお、そりゃすごい」
「それってなかなか出ないわよ。却って良いことがあるかもよ?」
わたしは励ますように
云
(
い
)
ったが、少年は
項垂
(
うなだ
)
れたままだ。そこへ、年配の男性がやって来た。旦那と同じようなニット帽を被っている。わたし達の話を聞いていたのだろう。少年のおみくじをちょいと摘まんで云う。
「凶のおみくじはな、利き腕と反対の手で結ぶんだ。そうすれば、凶が転じて吉になると云われている」
「へえ、利き手と
逆
(
さか
)
しの手で結ぶことで、運も逆しになるいうことですか。やってみます」
少年は、貌に希望を浮かべて去って行った。それを見送っていた旦那が、ぽつりと呟く。
「ああなっても、おみくじで一喜一憂するもんなんだな」
「まだまだ子供だからな」
返したのは、先程少年に助言した、年配の男性である。二人は古い知り合いらしく、旦那がわたしを紹介すると、男性は嬉しそうに微笑んだ。暗くて貌はよく見えないが、目尻の皺が深くなる。
「こいつは変わり者だから、苦労してませんか?」
しわがれた声は深く、親しみがこもっている。
姑
(
はは
)
と同じようなことを云うなあと思い、わたしは思わず笑ってしまった。
「たしかに変わってますけど、面白いことも多いですよ」
「なら良かった。今後ともよろしく」
「こちらこそ」
早くに父親を亡くしてしまった彼の、父親代わりのような人であるようだ。式では見なかったから、姑には秘密なのかもしれない。
「今年も来てたんだ」
「ああ」
旦那が云って、男性が頷いた。同じような帽子を被っているせいか、本物の親子のように見える。二人の間で、ぱちんぱちんと、炎の爆ぜる音がする。
しばらく三人で火にあたっていたが、やがて旦那がおみくじを結びに行こうと云い出した。じゃあと云って、男性と別れる。しかし彼は、いくらも歩かないうちに振り返ると、男性に向かって問うた。
「あ、年越し蕎麦の
謂
(
いわ
)
れってなんだったっけ?」
「細く長く生きられるように」
おみくじを結ぶ場所は、
手水舎
(
てみずや
)
の横に設えてあった。細い荒縄にびっしりと結ばれたおみくじは、白い小鳥の群のようである。
わたしも多くのものと同様に、細く折って結んでいると、
先刻
(
さっき
)
挨拶を交わした夫婦が結び終えたところだった。夫人の方が微笑んで、わたしの手元を指す。
「何か良いことが書いてありましたか?」
「出産が安しって書いてありました。でも、待ち人は来ずって。女の子が欲しいんですけど、男の子になるかも」
「ふふ。いいわねぇ、これからの人は。わたしは待ち人
来
(
きた
)
るだったけど、来そうにないわ」
彼女は、上品だがどこか寂しげな笑みを浮かべた。やはり、誰かを待っていたのだろうか。
そこへ、先におみくじを結び終えた旦那が、ひょっこり貌を出した。
「来てましたよ」
「え?」
突然の割り込みに、夫婦共々声を上げる。
「お雑煮には、餡子餅を入れるおうちですよね?」
「え、ええ」
「年越しは蕎麦じゃなくてうどんで」
「よく分かりますね」
夫婦は完全に面食らっている。
「ちょっとだけだけど、訛りが残ってますから。利き手と反対でおみくじを結んでる筈だから、まだその辺りに居るんじゃないかな」
「それって、さっきの?」
わたしの問いに、旦那が頷く。彼の云っているのは、凶みくじの少年のことらしい。
旦那は仕事柄出張が多く、方言に精通している方である。たしかにあの子も、何処かの方言を喋っているようだった。正月だから、おおかた親の
郷
(
さと
)
帰りについてきているのだろうと思っていた。この二人の孫ででもあるのかもしれない。
しかし、その考えは違っていたようで、彼らは少し申し訳なさそうにこう云った。
「ありがとうございます。でも、我々が待っているのは、会える筈のない人物なんですよ」
「知っています」
胡散臭
(
うさんくさ
)
そうな貌をする夫婦に、旦那は人の良さそうな笑みを浮かべて云う。
「でも、今日は年神様の来る日ですから。年神様って祖霊とみる向きもあるでしょう」
「年神様って、五穀豊穣の神様じゃなかったっけ?」
二人と別れると、わたしは旦那に訊いた。足元に注意しながら、石段を降りている途中である。あの夫婦は旦那の言葉を信じたのか、もう少し神社に留まるということだった。
「うん。でも、家を守ってくれる先祖の霊だとする説もあるんだ」
「それが祖霊?」
「そう。死んでから一定期間を過ぎて祀り上げされると、死霊は祖霊の一部になるんだって。そして、祖霊は神に昇化するって考え方もある」
「へぇ」
仏壇に願い事をするのは間違っている。そう分かっているのに、仏壇に手を合わせるとつい何か願いたくなってしまうのは、先祖を神とする考えが、日本人の何処かにあるからかもしれない。
「もっとも、あれは、まだ祖霊じゃなくて死霊だろうけど」
石段を降りきった
処
(
ところ
)
で、旦那がぼそっと呟いた。
姑の家に帰ると、てっきりもう寝ていると思っていた姑が、甘酒を作って待っていた。新年の挨拶を交わし、湯呑を受け取る。
「寒かったでしょう。これ呑んで温まりなさい」
「ありがとうございます」
まず、湯呑を包んで手を温める。こういう時に呑む、少しだけ粕の残ったざらざらした液体は、どんな酒よりも
旨味
(
うま
)
いと感じる。
旦那も帽子を取って、甘酒の入った湯呑を受け取る。姑がその帽子を手に取って、あらと呟いた。
「お父さんの帽子を被って行ってたのね」
そう云って
睛
(
め
)
を細めた姑は、何処か懐かしそうに見えた。
了
来る年
1
・ 2 /
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