Nonsense Story

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旧校舎の幽霊 7


 朝の多目的教室に、流行のポップスが鳴り響く。ワンフレーズ流れたところで、曲は途切れた。
「はい」
 目の前のドアと耳に当てている携帯電話から、同時に同じ声がした。
「おはよう。能島」
 ぼくは携帯に向かって言うと、勢いよくドアを開けた。
「能島・・・・じゃなくて、栗田さんか」
 薄暗い部屋の中、携帯を耳に当てたまま、きれいな顔を歪ませて、能島愛子と名乗っていた人物が振り向いた。
 彼女はまた探し物をしていたようで、教室の真ん中あたりにしゃがみこんでいたが、ぼくを見ると携帯を切って立ち上がった。ぼくも携帯を切って、そちらへ近づく。ぼく達は、教室の中央で対峙した。
「お探しのものはこれだろ? 栗田亜湖さん」
 内ポケットから例のパスケースを取り出して掲げる。彼女はそれに手を伸ばそうとしてためらった。
「川野先生から電話はかかってこないよ」
「どういうこと?」
「それはこっちが聞きたいね。これはあんたの物に間違いないんだろう? 赤松がここで拾ったんだ。悪いけど中は見せてもらったよ。免許証が入ってた。写真は間違いなくあんたの顔だったけど、名前は能島愛子じゃなく栗田亜湖になってた」
 ぼくがパスケースを机に置くと、彼女はそれをおそるおそる取り上げた。彼女は少しの間、黙って中を確認していたが、ぼくのはったりでないことが分かると、挑むような目を向けてきた。
「そうよ。これはあたしのよ。騙してたから謝れっていうの? どうせ初めから幽霊だなんて思ってなかったくせに」
 完全に開き直っている。彼女は続けた。
「それに、何できみがあたしの携帯番号知ってるのよ? まさか昨日の手紙、渡さずに見たの?」
「あれはちゃんと渡した。でも、先生が見せてくれたんだ。人違いじゃないかって」
「人違いなんかじゃないわ。あれは川野先生に宛てたものよ」
「どうして? あんたと川野先生は、知り合いでもなんでもないだろう。だいたいあんたは、ここの卒業生ってわけでもない。なんでうちの制服なんか着て、こんなところに居るんだ!?」
 昨日の帰り、ぼくはクラスの友人の家に寄った。彼にはお兄さんがいて、その人は能島愛子や栗田亜湖と同い年だった。栗田が去年この学校を卒業していれば、彼の卒業アルバムに写真が載っているはずだった。しかし、写真も名前もどこにもなかった。
 入学式の時の写真もあり、そこには能島愛子も写っていた。彼女は見るからに地味な顔立ちで、目の前の美人とは似ても似つかなかった。
「知り合いじゃないなんて何で分かるのよ? 川野先生のことなんて、何も知らないくせに」
 栗田亜湖は一瞬動揺したようだったが、また挑発的な態度に戻った。
「知らないけど、いい先生だよ。あんな嫌がらせするなんて、どうかしてる。それとも、先生と何かあったのか?」
「嫌がらせじゃないわ。本当のことよ。あの人の子供はあたしと一緒にいる。あの女は子供も夫も死んだって言ってるみたいだけど、あいつが家族を捨てたのよ。あの文面を見ても、まだ子供は死んだなんて言い張るなんて、本当に最低な人ね」
「まさか。そんな嘘つく必要ないだろ」
 あの優しそうな先生が、あんなに生徒を大事にしている先生が、自分の子供を捨てるなんて考えられない。
 その前に、こいつ今、何て言った?
「嘘をつく必要性なんてどうでもいいけど、あの女の子供があたしの所にいるのは本当よ。これがその証拠」
 彼女は首にしていた鎖を外すと、指輪を取ってぼくに持たせた。
「これはその子供が持っていたものよ。中に川野先生の名前が彫ってあるわ」
 その指輪は、どうやらエンゲージリングのようだった。名前が二つ彫ってあり、たしかに片方はK.MAMIKOになっている。そういえば、川野先生の名前は真美子だと赤松が言っていた。
「何考えてんだよ? 本当に川野先生が子供を捨てていたとしても、誘拐なんて犯罪だぞ。やっていいことじゃない」
 ぼくは声を荒げたが、相手は平然としていた。
「警察に言いたければどうぞ。でも、これは子供の望みでもあるのよ。被害者がいないのに、警察は動いてくれるかしら」
 勝ち誇ったように言って、小さな手提げ袋から見慣れた白い定型封筒を取り出す。
「これが最後の手紙。その指輪と一緒に、必ず今日中に渡して。そうしたら、あの女はもう無視できなくなるはずよ」


-つづく-



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