36話 【Detonating Agent!】


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36話 (歴) 【Detonating Agent!】



ぶつ

っとパソコンの画面が急に真っ黒くなる。
戸惑っていると、つい数十秒前、入力の依頼をしにPOSルームを訪れた2人がしなを作ってこっちを見ていた。
「ごっめーん、千早さん。誤って電源ボタン押しちゃったぁ」
「やだ、押しちゃったって何よ。強制終了掛けたんでしょ。日本語は正しく使いなよ」
ぷーっ、くすくす。笑い合う女性社員の手がパソコンの主電源ボタンから離れる。
「……あんたさぁ、一体何人のオトコ手玉に取ってんの? そんな大人しい顔してさぁ」
声は笑っていても、目が笑ってない。真正面から突き付けられる、排除という名の凶器。イタズラには慣れても、剥き出しの罵声には心が怯んだ。
「手玉になんか取ってません」
「そぅお!? ねぇ、ほんとにそお!?」
100%の悪意を向けられ、意図せず半歩後退る。いけない、飲み込まれては。そこで踏ん張らないと。
「あのねぇ、この子はずっと不破クンが好きだったの。潮が伊神クンと付き合い始めてやっとって言う時に、何であんたがしゃしゃり出てくるわけ?」
「それは……」
「……ねぇ、今ならさぁ、八女サンいないよ?」
その悪魔のやり取りに背筋が凍る。芙蓉先輩がいないからどうなのだと思いつつ、けれども悪い予感しかしない。
「……なにが千早サンの弱点かな~? ……あ」
女性社員は机の上に置かれた電話の受話器を持ち上げると、3ケタの番号を押した。しかし、すぐに切ってしまう。同じことを2回。一体どこへ掛けたのか。
「千早さん、暑いでしょ。制服脱いでみよっか」
じり、と間合いを詰める彼女たち。仕事中に何を言い出すのかと困惑した。
「あの……、寄らないでください」
「寄らないでください、だって。自分は色んなオトコに寄って行ってるクセにさぁ!」
言動の1つ1つが揚げ足をとってしまうようで、もう何も言えなくなってしまった。
けれど大人しく従うわけにもいかない。部屋から逃げる覚悟を決めると、ドアを塞ぐ人物がいた。
ひょっとして加勢に来た3人目だろうか。足が竦む私だったけれど、心配は杞憂だった。
「何してるんです?」
部屋に入って来たのは不破さんだった。
私以上に、不破さんに片想いをしていた女性社員の方が、彼の登場に驚いている。バツの悪そうな顔から察するに、望まない展開なのだろう。
不破さんは私のパソコンの電源が落ちていることに気付いた。そして2人の思惑にも。
「……なるほどね」
「あたし……その……」
自ら墓穴を掘った格好となってしまった。悪いことは出来ないものだ。
「ちょっと。千早さんの邪魔してんじゃないわよ」
「う、潮透子まで……!」
面倒臭そうに、けれども相手を射るような目で、私服姿の透子先輩が入ってきた。既に終業時間を迎え、帰ったはずなのにどうしてここにいるのだろう。
それより私が驚いたのは、柾さんと麻生さんがその後ろから入って来たことだった。
「ちぃ、呼んだか?」
尋ねた麻生さんは、けれども部屋の様子がおかしいことに気付いたようで、柾さんと「何だこれ?」「さぁな」と短く交わしていた。
「数分前に俺と柾のPHS(ピッチ)鳴らしたろ? 用があったんじゃないのか?」
私のはずがない。だって柾さんと麻生さんを避けているぐらいで、故意に会う回数を減らしているのだから。
「いえ、私は電話してませんけど……」
そこまで言って、やっと合点がいった。彼らを呼んだのは彼女たちだ。
PHSには内線番号が表示される。この電話からかければ、当然麻生さんと柾さんは、私からの電話だと思っただろう。
ただし不破さんと透子先輩の出現は番狂わせだったようで、2人は青ざめている。不破さんたちが来なければ、私の身に何かが起きたに違いない。
「『制服脱いでみよっか』って言ってましたね。歴さんの制服を脱がせて柾さんと麻生さんを呼び出し、あられもない姿を見せようとしたってところですか」
「や、違……。この部屋暑かったから、千早さんにアドバイスしただけよ。……行こっ」
そそくさと援軍4人の波を掻き分けると、部屋を出ていく2人を見て、「なんだありゃ」と麻生さん。
「大丈夫ですか、歴さん」
「千早さん、また意地悪されたの!?」
不破さんが心配気に、透子先輩は腹の虫が治まらない様子で私に駆け寄ってきた。
「どういうことだ? またって」
柾さんの追及に私が黙ったままでいると、透子先輩がハァと溜息をついて説明を始めた。
「……八女先輩から聞いたんです。社内には千早さんのことをよく思わない人たちがいて、嫉みが高じてイジめてるんだって。
仕事が終わって更衣室に入ろうとしたら、『千早さんを困らせてやろうか』って会話が聴こえたから、嫌な予感がして寄ってみたの」
「透子先輩……。ありがとうございます。すみませんでした」
「お礼なんていいって」
「イジメって、こんなネチネチと? 酷いな……。ちぃ、大丈夫か? 頼ってくれてよかったんだぞ? 言ってくれれば守ったのに」
「……」
どう答えればいいのか。『お2人には関係ありません』では、あまりに突き放しすぎている。
「僕がいますから大丈夫ですよ」
その際どい発言に驚いた私は、慌てて不破さんを見上げる。不破さんは柾さんと麻生さんを前にしても物怖じせず、実に堂々としていた。
「……付き合ってるって本当だったのか?」
麻生さんが尋ねる。てっきり不破さんは即答するものだと思っていた。演技は常に完璧だったから。
でも、その不破さんが一瞬声を詰まらせたのは、この場にいる透子先輩が原因だろう。先輩は心なしかハラハラした様子で不破さんを見ている。
……だめ! このままではバレてしまう。役者は嘘を貫き通すべきだ。ここで計画を頓挫させてはいけない。
不破さん、思い出して。貴方は、刀自が提示した条件を飲みたくなくて、私と縁談を結んだんでしょう!?
ふと、不破さんの言葉が頭をよぎる。
『社員たちは当然疑問に思うでしょうね。何せ、今まで散々透子さんにアタックしてきた僕だし、柾さんや麻生さんと仲のよかった歴さんですから。
僕たちが付き合うなんて、誰も信じないはず。だからこそ、キスの真似ごとをして本気だと触れ回ることも辞さない』
『偽彼女になって貰うことは、歴さんにとって何のメリットもない。さっき言ったように、仲睦まじいお芝居が必要なシーンも出てくる可能性だってある。
それでもやってくれますか?』
その問いに、私は何と答えた? 『手伝う』と言った。『無下には出来ません』と。その言葉は守らなければ。
『歴さんは優しい残酷者ですね』、という不破さんの言葉を噛み締めながら、私は不破さんの頬に両手を宛がい、唇を寄せる。
ちゅ、という音がして、そこから数秒は静かな時間が流れた。
「……」
不破さんは呆気に取られた顔で見下ろし、私は目で謝った。
キスをしたのは唇ではない。ギリギリの位置だ。とは言え両手で覆っていたし、うまく騙せた自信はある。それだけに、3人の方を見るのが怖かった。
「な……」と呟いたきり絶句しているのは麻生さんで、部屋から出て行ったのは靴音からして透子先輩だろう。柾さんは……?
「……そうです、本当に付き合ってます、私たち」
……あぁ、やってしまった。これで私も共犯者だ。


2014.07.10
2020.01.29 改稿


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