01話 【禁忌遊び】


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01話 (柾) 【禁忌遊び】―キンキアソビ―


「柾さん、貴方はやっぱり罪な人だわ」
「罪? なぜ?」
「自分の胸に聞いてみて」
「罪人か。ならば僕は罰を受けなくてはいけないのか?」
「そうね。当然だと思うわ」
「ほぅ……?」
「罪には罰を。ハムラビ法典じゃなかったかしら?」
「目には目を、歯には歯を。一見平等なシステムに思えるが、実際はどうなんだろうな」
僕の妻が浮気をした。
妻への不信感が増せば増すほど、彼女への愛情は反比例するようにしぼんでいった。
先手を打たれた腹癒せとして、僕は子供じみた反撃に出た。
まるで心の隙間を埋めるかのように、女性たちと夜を共に過ごし始めたのだ。
浮付く心を止めたりせず、好き勝手に。そして半ば、自棄気味に。
浮気相手が僕に『罪人』の烙印を押したのは、そんな背景を知っていたからだろう。
「ところで、きみはどんな罰を今から僕に与えるつもりなんだ?」
「それはね」
彼女の瞳が面白そうなことを思い付いたかのように煌めいた。
唇が近付き……、僕は目を閉じる。
閉じた瞼の奥に、シルエットがぼんやりと浮かんだ。
いま口づけを交わしている相手ではない。その朧気な幻は、やがて1人の女性の姿になった。
(佐和子?)
三木佐和子。
僕の、初めての浮気相手。
彼女こそ、禁忌の始まりだった。


***

「柾さんが転勤だなんて信じらんない。最悪」
乾きそこなったネイルに苦戦を強いられているのか、佐和子はふてくされた形相で爪を睨み、リムーバーを駆使している。
「どうせ向こうに行ったら、私のことなんてすぐ忘れるのよ」
「そこまで薄情ではないつもりだが」
「薄情な部分を持ち合わせているから浮気が出来る、とも言えない?」
今度は爪ではなく、僕の顔を射抜くように見る。
それを言われるとつらい。当たっているだけに。ただ「すまない」と謝るしかない。
「やめてよ、そんな顔しないで。やっぱり柾さん、浮気慣れしてないわね。悪者は私の方なのに」
「きみは悪くない」
「でも、柾さんの立場を知っていながら私は……。そうね、やめよう、こんな話題」
佐和子は新たな小瓶を手に取る。薄紫色のネイルは、空の色に驚くほど似ていた。
「私ね、柾さんはこれからきっと、祭りの中心人物になると思うの」
「……祭り?」
「そう。柾直近という大層な神輿を、多くの女性が担ぐのよ」
「どういう意味だ?」
「要するに、向こうでたくさん浮気するんじゃないかってこと」
「佐和子?」
「私の予想はきっと当たるわ」
佐和子がくれた最後の笑顔は、どことなく寂しそうだった。


***

4度目の異動を命ぜられた頃には既に片手では数えきれない人数の女性と親しくなっていて、『予想』とやらを見事に言い当てられた生活を送っていた。
女性を口説くたびに蘇るのは、あの日の空の色。
紫にもなれず、白にも近付けない。どこまでも淡く、儚げな紫色。
佐和子の言葉も頭の中で再生し続ける。「祭りの中心人物になると思うの」。
まさに現実となった今の僕の姿を、佐和子がいたら何と言っただろう?
薄情だと言いつつも、今も僕の隣りに居続けてくれただろうか。

禁忌に埋もれていく。甘い快楽を知れば知るほど、抜け出せなくなる。
欲望は枯れることを知らない。貪欲なまでに、いっときの愛を欲する。
佐和子。どうやら僕は治らない病に侵されたようだ。
それでも良いさ。神輿から振り落とされるまでは、籠の上で揺れていようじゃないか。

禁じる力が大きければ大きいほど心が激しく燃え上がるとは、よく言ったものだ。
一度禁忌に足を踏み込んでしまったが最後、簡単には抜け出せなくなってきていた。
佐和子。僕は禁忌遊びに慣れたように見えて、じつは慣れていないままなのか?
いつか立場が逆転しそうだ。“神輿は崩れる”。何故だかそんな気がしてならないんだ。
女性に翻弄される日が来るんじゃないか? 予感めいた胸騒ぎが、どうしても止まらない。


脱稿:2006.10.18 
改稿:2017.10.18 


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