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G3 (―) 【Fallin' Love!】
日常編 (―) 【Fallin' Love!】
1 : 犬君視点 社員食堂 PM1:09
平塚鷲が恋をした。
――らしい。
「少女時代のメンバーにいてもおかしくない美脚の持ち主なんだぜ。美人だしさ、ある日突然紛れ込んでも違和感がないだろうって言う」
言うに事欠いて少女時代を引き合いに出すとは。ファンをも恐れぬ、ゆゆしき所業だ。
「どこで知り合ったって?」
「お前全然人の話聞いてねーだろ。まだ知り合ってねーんだって。単なる俺の片想いなの。だからこうして相談してるのに、不破犬の馬鹿野郎ー!」
「フワケン? また新しいあだ名が増えたなぁ、不破」
「そこは別に感心して欲しい部分じゃないですからね、麻生さん!? 俺の恋バナ聴いてくださいよっ」
「八女先輩やこいつが勝手に増やすんですよ」
「不破も麻生さんも、俺の話ちゃんと聞いてくださいよー!」
「だからさっきから何回も言ってるだろ? 俺は陰ながらの応援はするが動・か・な・い。つーか俺を巻・き・込・む・な」
麻生さんは始終この調子で、平塚の恋バナから一線を画していた。
読み広げていたビジネス誌『週刊ダイヤモンド』を顔の前に掲げ、我関せずの姿勢を貫く徹底ぶりだ。
表紙にでかでかと記載された、『流通大激変! 「選ばれる店」の秘密』の文字が目に入る。何だか面白そうだ。あとで麻生さんから借りよう。
他にも累々とビジネス誌が積み上げられていて、『解明! 安さプラスαで「売れる店」』や『労働組合の腐敗』などのバックナンバーもあった。
それは分かるけど、『今年こそ取り戻したい! 男の健康』や『寺・墓・葬儀にかかるカネ』は何だろう。聞いちゃいけないような気もするが。
平塚は平塚で、出社前に立ち寄ったコンビニで買って来た男性向け雑誌をパラパラと繰っている。そうしつつ、まだボヤいているのだ。器用なヤツ。
「五十嵐さんに言ったら笑顔で『頑張れ』だし。何をどう頑張れって言うんだよ……。おっ、このグラビアアイドル、すっげ」
ほらほら見てみーと僕にページを突き付ける。ベッドに横たわる、ガーターベルト着用の艶めかしい女性1人。
「パス。透子さんに1票」
「そーかよ。そりゃあ悪かったな」
懲りもせず、平塚は今度、麻生さんにそのページを向けた。
大先輩に向かって、何ともチャレンジャーな男だ。グラビアを見せる度胸があるなら、さっさと片想いの女性に告白でもなんでもすればいいだろうに。
一方麻生さんはというと、その雑誌を受け取ると、平塚が提示した写真を眺めたのち、ページを捲った。そこにはあられもない女性の姿、姿、姿。
やがて、とあるページで麻生さんの手が止まった。平塚のもとへ雑誌を滑らせる。
「こっちの方が好みだ」
「!」
平塚は鼻を押さえる。まるで出掛かった鼻血が垂れてこないようにするためのジェスチャー。勿論血など流れていない。単なるポーズだ。
そこには薄ピンク色のコルセットを纏った美少女がにっこりと微笑んでいた。胸の盛り上がり方が妙にエロい。腰のくびれ、太股に結んである黒のリボン。
「素晴らしいチョイスです、麻生さん」と僕。
「褒められても嬉しかねぇよ」
再びビジネス誌を読み耽る麻生さんに、「この子、どことなく千早歴嬢に似てやしませんか?」と呟く平塚の声が聴こえたかどうかは定かではない。
2 : 犬君視点 1階花屋専門店≪aurora rouge.≫ PM5:44
「ほら、あの子あの子!」
平塚は背を向けたまま、花屋の女性店員を指し示した。彼女の身体が“くの字”に曲げられているのは、鉢の陳列をし直しているからだ。
「近付かないとよく分からないな」
「客のフリして行って来てくれよ。ついでに名前と出勤時間、宜しく頼む!」
前半の提案は魅力的。後半の提案は却下。女々しく隠れたがる平塚をその場に残すと、客として入店した。
「いらっしゃいませ!」
零れる笑顔、というのは言い過ぎかもしれないが、接客対応としては満点の挨拶だと思う。なるほど、平塚が好みそうなタイプだ。
ゆるかわ、という表現でいいだろう。鎖骨まで伸びた髪をふんわりと巻いて、片結びしている。
スカートが似合いそうなのにジーンズを穿いているのは、しゃがむ作業が多いためか。
僕が花ではなく、彼女の顔をじっと見ていたからだろう。自分に質問したがっていると思われたようで、
「お客様、もし宜しければ私が花を選ばせて頂きますが……?」と控え目に尋ねられる。
「あぁ、じゃあ……お願いします。花は選び慣れていなくて」
「分かりました。お手伝いさせて頂きます。プレゼント用ですか?」
「えぇ。大好きで大好きで仕方ない女性に」
真面目に答えたら、まじまじと見つめられ、ふふっと笑われた。
「凄い! そんなに情熱的に想われているその人が羨ましい」
「その人、僕を袖にするんです」
またしても真面目に答えたら、今度は「あははっ」と笑われた。
「あらまぁ! 小悪魔みたいな方ですねぇ。よーし、その人に振り向いて貰えるような花束、作っちゃうぞー」
女性店員はくるりと方向転換すると、10分の時間を費やして3,000円の花束を作ってくれた。
「紫で妖艶に纏めるよりも、女性の心をくすぐる色彩で勝負しました。黄色と迷ったんですけど……でもやっぱり赤やピンクですよね」
自身は青系の服を着ているにも拘わらず、赤を褒めちぎる。女性の心は複雑怪奇だと思いつつ、僕は店を後にした。
赤系統の色で纏められた、ガーベラ・バラ・ダリアたち。彼女の傑作品に羨望の眼差しを送りながら、平塚はもどかしげに言う。
「彼女、なんていう名前だった!? 彼氏はいるのか!? 連絡先は!? シフトはどんな具合だって!?」
あ。
「悪い。素で忘れてた」
3 : 杣庄視点 男子更衣室 AM8:58
不破犬君は当てにならなかった――。不貞腐れた平塚は、ぶつぶつと不平不満を漏らす。
それで、俺にどうしろって? 恋のアドバイス?
「知ったこっちゃねぇな」
「1秒と経たずに拒絶って!」
「その手の質問をするからだ」
「ソマ先輩しか頼れる人はいないんですよー!」
「なんでだよ……」
「実際に恋愛が上手く行ってる人に訊くのが一番だから!」
その答えは聞き捨てならない。俺と八女サンがどういうバランスの上で恋愛を続けているのか、コイツは何も分かっちゃいないからだ。
「俺は俺でお前はお前。俺の意見なんざ参考になりゃしねぇよ」
「そんなことないッスよー! 八女芙蓉と言えば、ユナイソン高嶺の花の1人。その彼氏が、他ならぬソマ先輩なんですもんー」
そりゃあまぁ、“芙蓉”は花の一種だけども。加えて霊峰富士の異称は“芙蓉の高嶺”と言うけども。
「取り敢えず、顔見知りになりたいんですよねー。気さくに話せる仲になりたいんです」
「花屋に通い詰めりゃいいだろ」
「でも俺、今まで花に何の興味もなかったし。無知な俺が通う頻度だけ上げたって、そりゃ無謀ってもんでしょ!?」
「適当に用事拵えりゃいい話じゃねぇか。誰かの見舞い用に、小さな花束こさえてくれだのなんだのってよ」
「ソマ先輩!」
「何だよ、うるせぇな」
「結局頼りになってるじゃないですか! 俺、だからソマ先輩って大好き!」
そこで気付く。いつしかアドバイスめいたやり取りをしていたことに。
しくった腹いせに舌打ちが付いて出る。八つ当たりとばかりに荒々しくロッカーを閉めた。
4 : 杣庄視点 1階花屋専門店≪aurora rouge.≫ PM0:17
午前中にそんなやり取りがあったにも拘わらず、俺が平塚の想い人がいる花屋にいるにはわけがあった。
11時半から取るはずだった昼休憩が若干ずれ込み、食堂に入ったのが11時50分。そこで俺の運命は狂った。平塚も食堂にいたのだ。
俺を見付けるなりそそくさと擦り寄ると、俺がきつねうどんをつつく傍らで、ヤツはたぬきうどんを啜った。
俺が箸を置くなり平塚はあっという間に2人分のトレーを返却口へ戻しに行き、次の瞬間には唖然としている俺の腕を掴み、ここへ連れて来た。
言うなれば拉致である。
「俺がいても仕方ねぇだろ? なに考えてんだ、お前は」
予測不可能な行動を起こす平塚に振り回された俺は、ガシガシと己の髪を掻き乱す。どこまでも七面倒な奴め。
「2人で入りましょうよ~」
「馬鹿かお前は」
耳を疑い、目を疑い、頭を疑った。だが確かに平塚は俺を誘ったのだ。懇願する目で訴えて。つまり、正気の沙汰なのだ。
「大の男が2人で一緒に『お花屋さん』? ふざけんのも大概にしろ」
「俺……しくじりたくないんですよー!」
ついに俺は脱力し、掌で両目を覆った。出るのは深い溜息ばかり。
一体なんなんだ、コイツは? こんな軟弱な男に恋をする資格があるのか?
よくよく見れば、平塚は女が好みそうな顔をしている。実際、女性社員から可愛がられている場面にも遭遇したりする。
確か数ヶ月前までは彼女だっていたはずだし、軟派な部分もあったりして、いわゆる肉食系の部類に入ると思っていたのだ。
それが蓋を開けてみれば、この体たらく。草食系? いや、それにしては女性を求める気持ちが大きい気もするが……。
「……あのな、平塚。無理に恋愛する必要はねぇんだ。不用意に傷を作る必要もねぇ。分かるか、俺の言ってること?」
「無理にって何ですか? 俺、あの子を見てるとドキドキするんですよ。それって恋でしょ? だから別に、無理してるわけじゃないし!」
「何をそんなに恐れてるんだ? そもそも、一気に距離を縮め過ぎようとしてる。果てしなく無謀だ」
「そんなことないですよ!」
「ある。現にお前は一気に彼女から情報を引き出そうとした。不破の野郎を使ってな。
名前、連絡先、勤務時間、彼氏の有無。――違うだろ? 普通は「こんにちは」っつー挨拶からだろ。
よっぽどのことがない限り、それら全ての情報を得るなんてムリな話だっつーの。何度か通った後で、1つ1つ訊いていけよな」
俺の意見は平塚のお気には召さなかったらしい。今やヤツの口元は拗ねたようにへの字型に曲がっているし、目線だってそっぽを向いている。
これ以上、俺の戯言は聴いていたくないという思いがありありと表れていた。
「それに、俺がお前と一緒に中に入っていけない理由がもう1つある」
声を若干落とした俺に、平塚は「何スか、理由って」とぶっきら棒に尋ねた。
「今気付いたが、花屋に八女サンがいる。俺が中に入っても身動き1つ取れねぇよ。八女サンの前で他の女性のご機嫌窺いなんざありえねぇ」
え? と花屋に視線を送る平塚。
ユナイソンの制服姿のまま、冷ケースの中で切り花を探すのに夢中になっている、客としての八女芙蓉を確認したのだろう。
悪事に手を染めようとしているわけでもないのに、後ろめたい意識があるのか、平塚はまたしても俺の腕を強靭な握力で掴むとその場から駆け出した。
5 : 杣庄視点 バックヤード PM0:35
平塚と俺はバックヤードへ戻った。残りの休憩時間はあと15分。どうやら今日は食後の珈琲にはありつけないらしい。
「……俺だって恋がしたいんだ」
「お前……」
きっと、コイツにはコイツなりの事情があるんだろう。でなければ、ここまで追い詰められたりはしないんじゃないか。
色んな“何か”が重なった揚句、今の暴走平塚を生んでしまった。
俺が説得したところで、コイツは耳を傾けてくれるだろうか? いや、そんな保証はどこにもない。
そもそも平塚が本当に俺を頼っているのか、それすらも怪しいというもんだ。
俺は俺なりに考える。もし俺が平塚なら――本来の平塚だったなら――誰に相談するか、を。
いた。いるじゃないか。打って付けの人物が。
平塚の鼻を、ピンと指で弾き飛ばす。いてっと呻く平塚。
「人選を誤んな、糞餓鬼その2」
今度は俺がヤツの腕を掴み、引き摺り回す番だった。
確か、探している人物も早番出勤のはずで、だとしたら何ヶ所か適当に走り回れば会えるに違いない。
近い場所からあたろう。バックヤードをこのまま直進すれば第一候補のPOSルームを通過する。
案の定と言うべきか、運がよかったと言うべきか。早速探し人を発見した。部屋に入るなり、俺は件の人の名前を呼んだ。
「柾さん、すいません。ちょっと話があるんです」
6 : 柾視点 POSルーム PM0:45
POSルームには潮さんがいたので、彼女に商品の価格訂正を依頼したところだった。
仕事に託けて千早歴との逢瀬を楽しみにしていたのだが、生憎と彼女は休みを取っていた。
部屋には潮さんが操るマウスのクリック音と、緩やかなメロディーラインの店内BGMが流れていたが、その静かな空間に異音が混じった。
武骨な手によって、ドアが乱暴に開け放たれる。
「柾さん、すいません。ちょっと話があるんです」
「柾さんは駄目ッスよ! 柾さんだけは!」
「何が駄目なんだよ? どう考えたって柾さんしかいないだろ!?」
「俺だって真っ先に考えましたよ! でも、かえって逆効果なんです、柾さんじゃ――」
鮮魚担当の杣庄とバッグ売場担当の平塚だった。言い募る2人。柾、柾、柾。きっと僕のことなのだろう。だがハテ、2人は僕に何の用なのか――。
「うっさい!」
噛み付かんばかりの勢いで牙を剥いたのは誰あろう、潮透子嬢だった。
八女芙蓉女総帥の元で4年も指導を受けていれば、男性社員を清々しく一喝することだって可能だということか。
さて困った。同じように千早歴も感化されてしまったらどうしよう? 変な影響を受けなければいいのだが。
潮透子嬢を頼もしく思いながらも、心の中にはそんな複雑な戸惑いも芽生え始めてしまっている。
一方、たった4文字で黙らざるを得なくなった杣庄と平塚は、彼女の豹変ぶりに顔を引き攣らせている。2人にとって未知の体験だったに違いない。
「と、透子……。落ち付けよ。な?」
「落ち着く必要があるのは杣庄の方! そっちは昼休憩中かもしれないけど、私と柾さんは仕事中なの。邪魔しないで!」
「邪魔って何だよ?」
「明らかに妨害してるじゃないの」
正論を述べているのは潮さん。やれやれ、今は潮さんと杣庄を引き離すのが得策か。
言い争っている内に仕事のことなどすっかり・うっかり失念してしまったらしく、このままでは、まぁ、僕の分の依頼など放置決定だ。
仕方がないのでその後を引き継ぐ。勝手に入力を済ませると、商品と杣庄どもの首根っこを押さえ、退散した。
7 : 杣庄視点 喫煙室 PM0:47
3人で喫煙室に入る。俺は設置してあった自販機で缶コーヒーを買い、一気に煽った。
平塚からぼそぼそと、断片的にだが説明を受けた柾さんは、「花屋の店員?」と鸚鵡返した。
「名前だけは、さっきネームプレートが僅かに見えて分かったんです。白井さんって」
「白井さんね。で、僕にどうして欲しいって?」
「いえ、別に俺は何も」
「名前、勤務時間、彼氏の有無、連絡先」
言い淀む平塚をよそに、俺は一気に言った。
「なるほど」
柾さんは吸い納めとばかりに大きく煙草を吸い、煙を吐く。
吸殻を容器に捨てると、「午後8時、睡蓮で」と、ユナイソン2階にあるバイキングの場所を指定してから出て行った。
俺は平塚に柾さんを頼らなかった理由を訊こうとしたが、明らかに時間不足だったので止めておく。またの機会にすればいいか……。
それでもって。
柾さんがどんな意図で待ち合わせを決めたのかは分からないが、来るなとは言われなかった。多分、俺も参加していいのだろう。
「平塚、8時に睡蓮な」
空になった缶コーヒーが音を立てて沈んだ数秒後、平塚は弱々しく頷いた。
8 :2階飲食店≪バイキング「睡蓮」≫ PM8:12
結論から言えば、柾は平塚が所望していたデータの全てをもぎ取って来ていた。
「俺、柾さんにだけは絶対に頼りたくなかったんです。彼女が柾さんになびいたらと思ったら、それだけでもう胃がキリキリして。
不破は潮さんにぞっこん惚れまくってるし、ソマ先輩には彼女がいるから安全牌だろうって。麻生さんは……言わずもがな」
「うるせぇよ……」
「その心配は僕にもない」と前置きする柾。
「ネームプレート読み間違えたな、平塚。白井じゃなく、臼井だったぞ。
臼井みどりさん、25歳。彼氏はいないが、旦那がいる。花屋の店長だそうだ。住所は市内。勤務形態はランダム。以上」
相手のデータを諳んじる柾に、麻生は「警察官になれば、さぞかし重宝したろうに」と、彼の才能を嘆いた。
「へぇ……。あの人、既婚者だったのか。見る目はあったが、時既に遅しだったな」
ウインナーを頬張りながら犬君、次いで杣庄が茶碗蒸しの中に入った銀杏をすくい上げながら、口角を上げて言う。
「花屋だから結婚指輪は外していた。なるほどな」
花屋に土と水は付き物。勤務中にそんな大切なものは身に付けないだろう。
ふいに柾の手が止まった。平塚が目の前の皿に視線を落したまま、ジッとしていたから。
「睡蓮を指定したのは、最近食が細かったお前に、たらふく食って貰うためだったんだがな」
それなのに、よりによってラーメンなんか持って来やがって――。
食べかけていたグラタン皿を追いやると、平塚のノビかけたラーメンを救出するかのごとく食べ始めた。
「あーもー! なんでこうも上手くいかないかなー!」
ラーメンの器が消えたことで、平塚の周りには若干のスペースが空いたわけだ。彼はそこに突っ伏すと、大仰に吐き捨てる。
思わず顔を見合わせる麻生、柾、杣庄、犬君。
「さー、どうしてだろうなー。俺には分かりかねる。そうそう、次も俺を巻き込むなよ」
「気弱なくせに、がっつき過ぎだ」
「お前に、男としての魅力がないんだろうな」
同時に述べたにもかかわらず、平塚には誰がどのセリフを放ったのかちゃんと分かっていた。がば、と身を起こすと犬君を睨む。
「俺に魅力がナイだとぉ? 犬め……殴らせろ、1発」
「イヌ……。また新しいあだ名が増えたな、不破」
「これはあだ名とは言いませんよ、麻生さん」
「だから! そこは別に感心して欲しい部分じゃないですからねー、麻生さん!」
「ところで、どうして急に独り身だなんだと焦りだしたんだ? 今の時期、特にカップルイベントなんてないだろ?」
彼女いない歴がいよいよ二桁の年数に届いてしまった麻生の発言に、柾はやれやれとばかりに露骨な溜息。
「なんだよ……悪かったな、疎くて……」
さすがに傷付いたらしく、ムッとしながらもバツ悪そうに小さく呟く麻生である。
助け舟とばかりに「夜桜・イルミネーション」と犬君が言えば、「ドライブ・潮干狩り」と杣庄が続き、柾が「公園デート・いちご狩り」と締め括る。
「あぁ、そういうことか」
納得の麻生だったが、当の平塚にはまだ足りなかったらしい。「アウトドア・別荘」と付け足した。
「えっ。お前んち、別荘持ってるのか?」
「姉貴の旦那が軽井沢出身なんですよ。両親がログハウスの経営をしてたんですけど、年を理由に最近、経営権を義兄に譲ったとかで。
せっかく遊びに行きやすくなった事だし、だから彼女が欲しいなって。そんな矢先に臼井さんを見掛けるようになって一目惚れしたんスけど……」
「水臭いなぁ。軽井沢の別荘なら俺も一緒に行ってやるって」
「誰が好き好んで男と別荘!? 確かに麻生さんは上司として好きですけど、絶対イヤだ……!」
「俺だってお前と2人きりなんてのは想定外だ。俺が言いたかったのは、皆でわいわい集うっつー雰囲気でだな……」
「うわー。それ絶対、キャンプのイメージだー。The・男の合宿って感じ。飯盒炊爨・カレー・テントのノリでしょー、麻生さん」
「お前、どこまで俺を虚仮にするつもりだ?」
言い合う平塚と麻生をよそに、
「所詮、振られてもこんなもんですよね、平塚なんて」
「心配するだけムダってもんだろ。糞餓鬼その2に振り回されたのが今日1日限りでよかったぜ」
「麻生もなぁ……。『俺を巻き込むな』という割には、傷心の平塚のアフターケア対策をしっかりしてるじゃないか」
結局何だかんだ言いつつも、『友情』だったワケだ。
――なんて、誰も口にはしない。そんな小っ恥ずかしいこと、口が裂けても言わない。認めもしない。至極ささやかな出来事。
平塚鷲は恋をした。
でも、恋に落ちたわけじゃない。
「いつか現れるさ。お前にも、素敵な女性が」
犬君の言葉に、それぞれが苦笑いをしながらも首肯する。
「……そう願うよ」
平塚を労う宴は、制限時間120分もの間続いたのだった。
■ 後日談という名の補完 ■
犬君 「そう言えば、麻生さんが食堂で読んでらっしゃった商業誌って……」
麻生 「あぁ。あれは俺の。柾に貸してくれって言われて、色々持って来たんだ」
犬君 「僕も読みたいんですけど」
麻生 「じゃあ、読み終わったらお前に渡すよう、柾に言っておく」
犬君 「有り難う御座います」
麻生 「なぁ不破。臼井さんに作って貰った花束、結局どうしたんだ?」
犬君 「花でしたら、その日の夜、透子さんに渡しました。マンションの部屋に行って」
麻生 「この積極性が平塚にあればなぁ……」
犬君 「花束貰うだけ貰って、速攻でドア閉められて、施錠されましたけどね」
麻生 「……潮さん、どこまで逞しくなるんだろうな……」
お後がよろしいようで\(^o^)/
2010.12.20
2020.02.20 改稿
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