01月01日 ■ 柾直近


01月01日 ■ 柾直近



正月=仕事という公式で成り立っている小売店。
そこに連なる関係者各位は、碌に休息と安寧と年末年始の気分と酒を味わうこともなく、早朝よりあくせく働く。
――今日も今日とて。

「動かない」
手元を見下ろし、ぎこちない動きしか出来ない五指の状態にやれやれと溜息をつく。
息は白いわ鼻がツンと痛むわで、『身体がシバる』とはこういうことを言うのかと、妙なところで腑に落ちるのだった。
そもそも場所はユナイソン従業員出入り口の検収所。荷物の搬入があるため、大きな扉が口を開けた状態だ。
朝一番に動き出すのがこの部署だ。
今、検収の人間は三々五々に散り、業者のトラックから積み下ろされる荷台と伝票を照らし合わせている。
そんな彼らをよそに、僕は麻生と2人で机を借り切っていた。
机があるのは部屋の中だが、部屋が暖まっていないため、どうしても隙間風が身に沁みる。
「麻生、手が動かないから伝票がめくれないんだが」
己の身に起きた不幸を嘆くと、L字型机の『_』の位置で作業をしていた麻生は無情な言葉を浴びせかけた。
「そんな言い訳が通用すると思ったら大間違いだからな」
麻生は怒っている。そのゲージは、彼の担当部署である家電の伝票を探しあてることでしか下がりはしないだろう。
先日、書類の上に書類を重ね、誤って家電の伝票まで束ねてしまった。誰が悪いかと言えば、僕……らしい。
「お前と作業をしてたんだから、犯人はお前だろ」というのが麻生の弁だ。――御尤も。
「だがこう寒くてはな。時間を改めて、また来る」
「そう言って、自分ンとこの開店準備に戻るつもりだろう。そうは問屋が卸さねぇぞ、柾」
「当たり前だろう。こっちは売り場の回転率が早いんだから」
元旦は福袋目当ての客で賑わう。コスメの袋は買い得だと知られており、事前予約の電話もよく鳴ったものだ。
「へぇー……」
どうやら僕の言葉は麻生の不興を買ったようで、ヤツは切り口を変えて反撃してきた。
「回転率は早くても、売上で言えば家電が上なんだよなぁ~」
「値段の桁が違うんだから当たり前だろう。難癖をつけるな」
「ったく、11時までには見付けろよ」
「3時間しかくれないのか? 鬼だな」
そうやって憎まれ口の応酬をしていると、検収の前を1人の女性が横切った。
白いコートがふわりとなびき、その人物が誰か気付いた瞬間、検収の窓をがらりと開けていた。
「おはよう、千早」
「えっ……。あっ、おはようございます、柾さん! お誕生日、おめでとうございます」
あけましておめでとうじゃなくて、お誕生日おめでとうと言う。千早歴とはそういう子だ。
公の祭事より、個の祝事を祝ってくれるような、そんな優しい面はとても魅力的で好ましい。
「ありがとう。新年おめでとう」
「あけましておめでとうございます。……あっ、麻生さん! おはようございます」
千早の位置からは奥になるため、麻生の姿を認めたのは、まぁ当然僕より後になってしまうだろう。
麻生は椅子ごと身体を千早の方に向けると、「おはよ、おめでとさん」と笑う。
「はい、おめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします」
深々と礼をする千早だったが、顔をあげるとハテと首を傾げ、「何をなさってるんです?」と疑問文。
「麻生の伝票を捜してる」
「行方不明なんですか? 私もお手伝いします」
着替えてきますから、少し待っていて下さいねと言い残し、走り去る千早。
「お前、売り場へ戻るんだろう?」
にやにやと意地の悪い笑みを浮かべる麻生に「気が変わった」と短く告げ、椅子に座り直した。
10分と経たずにやって来た千早は、部屋に入るなり「この部屋寒いですね」と臆した声で言う。
「お二人とも、大丈夫ですか?」
「ちぃ、そこで飲み物買って来てくれると嬉しいんだが」
出入り口付近に自動販売機が並んでいるので、それが恋しくなったのだろう。
依頼主の麻生は財布から千円を抜き取ると千早に渡した。行儀よく、両手で紙幣を受け取る千早は可愛い。
「温かいやつなら何でもいいや。3人分な」
「はい。分かりました」
小走りに駆ける千早を見送っていると、麻生から「伝票」と急かされ、やむなく視線を机に戻した。
ほどなくして、缶飲料を大事そうに胸に抱えた千早が帰って来た。羨ましい缶どもめ。
「お待たせしました。どうぞ」
と言って手渡されたのは、コーンポタージュ。3つともそれだった。
「千早にしては……珍しいな?」
いつもなら僕にはブラック、麻生にはホットレモンやお茶、千早自身にはカフェオレや紅茶なのだが……。
どういった風の吹き回しだ?
「あ……苦手でしたか?」
「いや、むしろ俺は好きだけど」
「僕も好きだが……」
その言葉に、千早は「よかった!」と顔を綻ばせる。極寒の地に春の女神が舞い降りたような気がする。
「どれにしようか悩んでいたら、外で作業をなさっていた方が御丁寧にも教えて下さったんです。
『普通にコーヒーやお茶を買うより、コーンポタージュの方が温かさが持続するからいいよ』って。
『振ればさらに温かくなる』って仰るんですけど、本当かしら……。あ、ホントですね」
「……千早。誰から訊いたって?」
「え? ですから、いま外で運搬作業中の……確か、≪ロセ・パン≫の方です」
「男性? 若いの?」
「? はい、男性です。杣庄さんぐらいの年齢かしら……?」
うかうかしていたら取られてしまう。最近、本気でそう思う。
「あのぅ、それが何か……?」
新年早々、恋愛バトルのゴングが鳴り響く。やれやれと再び溜息。
「取り敢えず、千早は僕と一緒に伝票を捜そう。
そのあと一緒に仕事をして、一緒に昼飯を食べて、一緒に店を出て、一緒に初詣に出掛けよう。
一緒に帰宅して、一緒に夕飯を食べて、一緒にケーキを食べて、一緒に風呂に入って、一緒に寝よう」
「……バカか、お前」
結局自分の力で伝票を掘り出してみせた麻生は、綴じ直した分厚いファイルで僕の頭を叩く。
「一緒にケーキを食べて、まででしたら喜んで。麻生さんも御一緒に……」
「は? 俺も? いや、ちぃ、空気を読め。お願いだから」
「空気?」
「……分かった。麻生も一緒に」
「……。悪いね、柾……」
「謝るな。余計胸が疼く」
本当に、うかうかしていられない。
決意も新たに、今年は何とかしようと思う。
――かなり本気で。


2012.01.01
2020.02.22 改稿


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