06月01日 ■ レオナ・イップ


06月01日 ■ レオナ・イップ



『キミには失望したよ、レオナ』

満たされない。満たされない。あぁ、足りない。ダメよ、貴方では、貴方なんかでは、てんで話にならない――!
“荒ければ良いだろう”。貴方、それって勢いだけよね? 私には分かるのよ、そういうの。興醒めよ。
どきなさい。そして早くここから出て行って。イ尓給我走!

『恨むなら、キミの情報を売った加納を恨むんだな』

次。貴方はどうかしら。私を悦ばせてくれるわよね?
……なによ、結局、貴方もなの? どいつもこいつも、下手、下手、下手くそね……っ!
虫酸が走るわ。消えなさい! あぁ、男なんて、目障りな存在よ!

『キミを失うのは悲しいよ。まぁ、キミならばこの先、その美貌でなんとかなるだろう』

許せない……。許さないわ。
この地位から引きずり落とした上層部、人を道連れにした加納、私を虚仮にした伊神。
そう、私を破滅に導いたのは、いつだって男だった。
責任を取って貰うわよ。贖いなさい、償いなさい。
香港支部の王座から退陣させられた私は、今や薬漬け、アルコール浸り、性依存症。

そもそものきっかけをくれたのは、伊神だったわよね?
今でも覚えてるわ。私を前に、ほんの一瞬、脅えた顔を覗かせた。
狂おしいほど、私の嗜虐心を煽ったわよ。
ダビデ像も真っ青な、綺麗な彫刻のような肢体。
最高の貢物を捧げてきた都築を、初めて偉いと思ったわ。
嫌よ嫌よも好きの内。伊神が抵抗するたび、私の身体中に火が灯っていった。
そんな私に貴方は何をした?
最低な仕打ちをしたわよね。覚えてる?
貴方、切れ切れの声でこう言ったわ。
「とうこちゃん」

嫉妬って、こういうことかしら?
身体だけで十分だと思っていたのに、初めてよ。心まで手に入れたいなんて思ったのは。
貴方は唖然とした私の隙をついて私を押しのけ、とても綺麗な声と発音で、ドインジューと謝ったのよ。
そして部屋から出て行った。私とカッターシャツ、ネクタイを残して。
ねぇ、今でも覚えてるかしら? 私は覚えてる。
誰と寝ても、いつだって、私の脳裏には貴方がチラつくの。
許せないわ。許せないわ。


涙が止まらない。


そんな貴方から、エアメールが届いた。
よく私の居場所が分かったわね。もう香港にはいないのよ。
地位を剥奪され、かれこれ半年以上落ちぶれた生活を送っている私を、よく見付けたわね。誰から訊いたの。
というより、よく私に連絡を取ろうと思ったわね。
2枚に渡る便せんには、丁寧な英文。
あんなに綺麗な発音をしていたのに、『広東語は苦手だから』と文書の始めで断わって。
あれからどんな生活を送っていますか? 無事ですか? 不便はないですか?
馬鹿じゃないの。正真正銘、愚か者よね? 
私が貴方なら、そもそも絶対に連絡なんて取らないし、ましてやフェイドアウトするのが当たり前でしょう。
接触するなんて、信じられない。
返事? するわけないでしょう。
貴方はこんなことをして、何がしたいって言うの。
何が目的よ? お友達になりましょう? 馬鹿言わないで。
絆を深める意思もないクセに、こんな手紙を送ったって、しょうがないのよ。
更生でもさせたいのかしら。
そんなワケないわよね。私がこんな隠遁生活を謳歌してるって、知っているならともかく。
……いえ、でも。
私の居場所を突き止めたのなら、私の現状を知っていたって、おかしくはない……。
……!! 許せない、知ったわね? 私のザマを、零落れた私を……!

見るな、見るな、見るな! 

(見ないで! 貴方には知られたくなかった)

貴方には、貴方だけには。

(違うの、私、本当はこんな女じゃなかった――)

信じて貰えない。どうせ、もう、何を、言ったって、無駄な、……。

便せんの最後の言葉は、広東語で締め括られていた。
生日快楽。


――誕生日、おめでとう。


このまま恨みを抱えて生きて行くのか、レオナ・イップよ。
違う。
私は気高き女。香港支店長まで登り詰めた女よ。
このままでは終われない……!
誓うわ。
返信は広東語じゃない。英語でもなければヒンドゥー語でもない。
日本語で、直接会って返事をしてあげる。
素晴らしい生活を送っているわ。平穏無事にね。お陰さまで、生き易くてよ?


2013.05.25
2020.02.22 改稿


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