ヒロガルセカイ。

ヒロガルセカイ。

あの瞳が誘惑する


「昨日みかじめ料を回収に行ったキャバクラが潰れていましたわ」
 舎弟のぼやきに紀章が頷きます。
「潰れたものは仕方が無い。どうせその跡地に新しい店が出るだろうから、
きっちり踏み込んで金を払わせるんだ」
「へい!」
 新しいお店が出るとなれば、他の組との取り合いです。
開店前・1番に踏み込んで「ここは極西の管轄だ」とお店に通達しないと、場所代でもあるみかじめ料が取れません。
 みかじめ料は組の死活問題なのです。

「そういえば若頭、近くにホストクラブができるそうですよ」
「何処に、だ?」
「アヤさんが通っていた高校の裏通りです。あそこはマンションばかりでしたが、最近は飲食店が立ち始めて活気があるんで」
「ほお」

 紀章が興味を示しているとき、丁度アヤも自室で友人からのメールをもらい、ホストクラブの存在を知りました。
 この友人はアヤが極道にいるとは知らず、のんきに『一緒にホストのバイトをしないか?』と言ってきたのです。
 アヤはこのメールに関心はありませんがこの極西の家に入って数ヶ月経ちました。考え方は極道寄りです。
 アヤはこのお店から場所代を取れると踏みました。
『体験入店があるんだ』
 このメールにアヤは「行く」と返信をしました。


「アヤは何処に行ったんだ?」
 志信さんがアヤの上着を持ちながら、どたどたと長廊下を歩いています。
「今日はみかじめ料の回収にたち合わせようと思ったのに」
 紀章に聞いても姿を見ていないと言います。
「離れたくないと言うから同行できるようにしたのに、アヤは!」
 志信さんは呆れて紀章にアヤの上着を預けると、男衆を率いて街に出かけました。


 その頃、アヤは茶色い髪を盛った男達に会っていました。
<VIRGO>と屋号のついた店の中で、久々に会った友人と二人でソファーに座っています。
 向かい合わせの椅子にはホストが座り、興味深げにアヤを見ていました。
「きみたちはホストになりたいのか?」
 ホストの問いかけにアヤは首を振ります。
「違うのか」
「このお店はどのくらい儲かるのかなと思って」
「ホストクラブが?そうだなー、客の入り数によって変動するから、確かな数字は開店してみないとわからないよ」
「でもこの辺りにホストクラブはないでしょう。余程自信があっての出店だと思いましたが」
 アヤの疑問にホストが口角を上げます。
「きみ、変わっているね」
「そうですか?」
「口を尖らせている姿も可愛いな、どう、ホストをやらない?」
「やりません。俺が聞きたいのは…」
 アヤは場所代を取りに来た極道がいないかを確認したかったのですが、ホストはアヤの腕を取りました。

「触らないでください」
 反射的にアヤがホストの頬を打ちます。
「へえー。やんちゃな野良猫みたいだな」
 ホストは自慢の顔を打たれたのに怒りません。
それどころかアヤに益々興味を抱いたようで、同じソファーに座るとアヤとの距離を縮めてきます。
「俺と付き合わない?」
「はあ?」
 アヤが睨んでもホストは構わない様子です。
「俺、こういう商売をしているから女性は抱く気にならないんだ。皆が札束に見えてね。だからきみみたいな子が結構好み」
「俺は好みではありません」
「はっきり言うねえ」
 つれないアヤの態度にもホストは怯みません。
「アヤ、帰ろうか?」
 見かねた友人が声をかけますが、アヤは足を組んで動きません。
「どうしたんだ、アヤ」
「肝心なことを聞かないと帰れない」
 アヤはソファーに凭れると腕まで組んでいます。
「ヤクザはここに来ましたか?」
「…ヤクザぁ?くるわけがないよ」
 ホストが目を丸くすると、アヤは名刺を出しました。
「極西建設の新垣アヤです。もしもヤクザが来たらそれを見せてやってください」
 極西建設とは、勿論極西が世間を欺くため・そして資金策のために立ち上げた企業です。
 アヤの名刺はその極西建設の部長秘書となっていました。
「これでうちのお手つきだ。帰ろう」
 アヤが友人の肩を叩き、ソファーから立ち上がろうとしたらホストがアヤの腿に触れました。
「こんなに若い秘書なんて色っぽくていいね。どう、付き合わない?」
 仕事柄なのか、このホストはなかなかしぶといようです。
 アヤは「まだ言うか」と顔をしかめ、「触るな!」とホストの額を指で突きました。
「帰るぞ!」
 アヤは肩で風を切りながら友人を連れて店を出ました。

「アヤ、暫く会わないうちに男らしくなったなー」
 友人は目を丸くしています。
「前はそうでもなかった?」
「ああ、どちらかというと大人しいイメージだったけど」
「ふーん」
 アヤは自分の過去には興味がありません。
大事なのは今・だからです。
 友人と別れるとアヤは革靴を鳴らしながら極西の家に帰りました。


「アヤ。先走る行為は止めるんだ」
 帰宅したアヤはすぐに志信さんの前に引きずり出されて叱られました。
「おまえが一人で街をうろうろしていたというだけで、私は胃痛がする」
 志信さんの気苦労は果てしないようです。
「しかもホストクラブに行ったんだろう」
「あ、どうしてわかったんですか」
「行ったんだよ!うちのシマにしようと思ってな」
「そうですかー。でも無事にシマにできてよかったじゃないですか」
 アヤに反省の色はありません。
「…いつも側にいたいと言ったのはアヤじゃないか」
「はい、言いました」
「私と同行すればいいのに、おまえは…」
「友人に誘われたのもあったから、今回はすみませんでした」
 さらりと謝られると、志信さんは二の句が継げません。
「…二度と単独行動をとらないこと。わかるな?」
「はい」

 アヤは志信さんのために、自分のできることをやりたいと思ったのです。
しかし組は集団で行動するものです。
アヤにその自覚が生まれるのはいつのことでしょう。
「あー。なんだか疲れた」
 スーツ姿のままでベッドに横たわると「皺になるぞ」と部屋に入ってきた志信さんに注意されました。
「怒られてばっかり」
「…アヤが悪いんじゃないか」
 志信さんは呆れながらもアヤの側に行き、その不満そうな顔を見ると顎をひょいと上げて唇を重ねました。
「…慰めているんですか」
「いや。どんな表情でも愛らしいと思うようになった」
「ふうん?」
 アヤが照れ隠しにベッドの上で足をばたつかせると、志信さんが上着を脱いでアヤに圧し掛かりました。
「この瞳には誘われてばかりだ」
「俺も、そうですよ」
 アヤは志信さんの頬を撫でると、キスをしました。


終わり
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