ヒロガルセカイ。

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柊リンゴ

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2016/07/29
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カテゴリ: SS(BL)
LINEがちっとも既読にならない。
『今日、花火だってさ』そう呼びかけたのはお前だろ。
調べたら5時から開始なので『4時半に待ち合わせしよう』と打った言葉は、
彼に届いていないようだ。

今の時刻は4時40分。
待つのが苦手な俺には苛立ちが募るばかり。

花火も心配だが、雲行きが怪しい。
家を出るときから曇り空だったので面倒だが傘を持ちだした。
しかし慌てていて、1週間前に父さんが酔っ払って帰宅した際に握りしめていた番傘、
こんな古風なものを手にしてしまっていたのだ。

番傘は紙で出来ていると聞く。
果たして雨に耐えられるのか。
いや、その前に彼が来るのか。
4時50分。
……絶望的だな。
彼はもともと時間を守らないし、俺が決めた約束事を聞いてくれた試しが無い。

それでも好きだから離れられないのだけど、彼には俺はどう映っているのだろう。
「好きだ」と伝えたが好意としか受け取らなかったようで。
翌日からも彼の態度は変わらなかった。
俺1人が空回りをしているのだ。

潮時だろうか。
我儘に付き合うのもしんどくなってきた。
わざわざ花火を伝えておいて、読まないどころか現れもしない。
俺は、多分大勢いる学生の中の、友人の1人だ。

そう思うと空しい、しかも小雨が降って来た。
慌てて番傘を差すとぽつぽつと軽快な雨音がする。
「悪くないな」
思わず独り言が出た。
紙でも雨をしのぐことはできるらしい。
昔の人の知恵か。
よく見ると傘に『万亭』と書かれている、何処かの料亭のものだろうか。
そういえば父さんが料亭で飲みすぎたと母さんに言い訳をしていたな。
料亭。
どんな場所だろう。


「お兄さん、良い傘をお持ちですね」

突然声をかけられて驚いた。

「この雨空に合う松葉色の番傘、なかなか古風です。
自分のは差し掛けという雨にはそぐわないもので」

声をかけてきたのは俺より2.3歳は年上のショートカットの男性だ。
身長も高く180はあるだろう。
顎が尖っていて、この薄暗がりでもわかる黒目。
それに佇まいがどこか上品だ。
学校にいる連中とは雰囲気が違う。
傘のせいだろうか。
顔色がいい。
差し掛けといった朱色の番傘、よく和装の結婚式などで見かけるその名のとおり差す傘だ。

「これ、父が借りてきたものみたいで」
「わかりますよ。それ、自分の家のものですから」

「えっ? きみ、いや、あんた。いや、あなたの?」
「そうです。最近では番傘を差す粋な男衆は見かけません、
うちでは急な雨など、お客様にお貸ししていますが。
7日程音沙汰が無いので、
そろそろお返しいただこうかと思っていたところです。貴重なので」
「高いんですか、これ」
色合いも地味だし傘は紙のはず。
2千円というところか? 高くても。
「お話ですが3万円はくだりませんよ」
「え」

俺の驚きに青年が吹き出した。
「ご存じないので?」
「ええ、無知ですみませんでした。でも乱暴には扱っていませんので!」
「見ればわかります。ずっと閉じたままでしたでしょう」
え、どこか傷んでいるのか、3万円だぞ?

「お、お返しします」
「今これを返したらあなたは濡れて帰る羽目になります」
「コンビニでビニール傘を買いますから平気です!」
番傘を閉じて青年に渡すと首を振り
「今度にしましょう。御贔屓にして下さるお客様の息子さんに風邪でも引かれたら大事です」

今までになかった労わり。
それに明らかに年下の俺に敬語で話すなんて、新鮮だ。
育ちが違う、これだけでも惹かれる。
しかも仕事をしている男の張りのある顔立ちだ。

「あの、あなたの名前を教えてください」
必要かな? と思ったのか青年は瞬きをした。
「……万亭健司です」

「ありがとうございます、俺の名は」
万亭は興味が無いのか手を空にかざした。
「ああ、雨が本降りになりそうですね。気をつけてお帰り下さい。
花火でも見に来られたのでしょうが中止でしょうし、この辺りは物騒です」

「また会えますか?!」
「はあ?」
「傘、これを返さないと」

「……この先の道は蛇行しています。それに沿って歩くと20分ばかりでしょう、
万亭という料亭に着きます。
でもあなたのような学生さんには金額的に無理な場所ですよ。
お父様にお預けください。
傘が無事なら今日のところは引き返しますので」

背中を追うように腹に力をこめた。

「あなたはそこの従業員ですか」
興味が膨らんできてしまったのだ。

万亭は見返り、俺をしげしげと眺めた。

「跡取り息子です。面白い方ですね、今度名前をお伺いしましょう。
この町でお会い出来たら」


何年先だろう。
俺が料亭に出向くなんて。

雨が本降りになりスニーカーが濡れ始めた。
アスファルトを叩く水滴が煙のように遠ざかる万亭の姿をぼんやり映し、やがてかき消した。











ありがとうございました




●前書いた分の書き直しです●













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Last updated  2016/07/29 08:56:14 AM
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