おはなし  その12 





初めて、涼介と会った時、運命を感じた。
クールで、近寄りにくいイメージはなかった。
付き合っていくうちに、親近感が生まれた。
この人と、家族になれたらいいなあと、思ったこともある。
でも、それは、できないとわかっていた。

恋愛のゴールは、必ず結婚だとは思わない。
結婚できない恋愛もある。

涼介が「別れよう」と言うまで、一緒にいようと思った。
でも、涼介は、私との居心地に慣れ、言ってはくれなかった。
私自身も、プライドの高い彼のために、振ることはしたくなかった。
振るよりも振られることが、哀しいと思った涼介は、私のために自分が
振られるのを待っていたらしい。

涼介は、見えないところまで優しい。
私は、その優しさに包まれて、とても幸せだった。

今、あなたの愛が、私の心とおなかの中にあるのだから、私は幸せよ。
おなかのBABYも、順調に育っている。
母になるって、こんなに幸せなことだなんて、考えもしなかった。

涼介。大好きよ。
愛してる。

 ********************************


 恭子「秀香さん。おなか大きくなってきたね」

 啓介「ああ。元気でよかった」

 恭子「相変わらず、京一さん。怖い顔していたね」

 啓介「もともと、怖いけど、もっと怖い顔になった。
    アニキのこと、ずっと許せないだろうな」

2人は、秀香の様子を見に行ったのだ。
涼介と秀香は、メールも電話のつながりもない。

 啓介「おまえ、明日仕事だろ? 送るよ」

 恭子「いいなあ。大学生は。もう春休みだもんね」

 啓介「でも4月から、また忙しくなる」

啓介は、プロのレーサーを目指すため、東京に行くのだ。
恭子は、以前から、この話は啓介から聞いていた。

 恭子「忙しいのは、慣れてる」

 啓介「東京へ行ったら、今よりもっと会えなくなるかもしれない。
    でも時間を見つけて、会いに行くよ」

 恭子「・・・・・・」

一緒に連れて行ってくれるんじゃないの?
今より、もっと会えなくなるかもしれない。
淋しい。
自然消滅したら、どうしよう。

恭子は、不安だった。
恭子は、だまってしまった。

 啓介「もう、眠いのか?」

 恭子「ううん」


埼玉。 恭子の家に着いた。

 恭子「ありがとう」

 啓介「仕事、がんばれよ」

 恭子「ねえ」

 啓介「うん?」

 恭子「泊まって行く?」

 啓介「それって、男のセリフじゃないか?」

 恭子「家に、泊まってもいいよ」

 啓介「親父さんとお袋さん、いるだろ?」

 恭子「うん」

 啓介「じゃ、おやすみ」

啓介が、おやすみのキスをした。
恭子は、車から降りようとしない。

少しでも、啓介と一緒にいたい。

 啓介「どうした?」

 恭子「もう少し、啓介と一緒にいたい」

 啓介「わかった」

その日は、少し流して、恭子を家に送り届けた。
啓介は、恭子がいつもとちがうことに、気がつかなかった。

 *******************************

何日か後。
恭子は、高橋家へ行った。
啓介は、いない。
用事のあった涼介もいなかった。
涼介の部屋に、歩美がいた。

 恭子「こんにちは」

 歩美「こんにちは」

 恭子「涼介さんと一緒に、お出かけしたんじゃなかったのね」

 歩美「ええ」

 恭子「いつも、お留守番?」

 歩美「一緒にお出かけすることもあるわ。
    でも、涼介さん。<1人で出かけたい>って言う時もあるから。
    その時は、お留守番よ」

 恭子「そうなんだ」

 歩美「今日も、どこへ行ったか、わからないけど。  
    恭子ちゃんが、来てくれてうれしいわ」

別に、歩美さんに会いに来たわけじゃないのに。
涼介さん。いつも鉄砲玉みたいに、いなくなるんだから。
歩美さんのこと、まだまだ好きじゃないみたいね。
安心した。
でも、歩美さん。このままでいいのかしら?

 歩美「啓介さん。 もうすぐ東京へ行くでしょ?」

 恭子「うん」

 歩美「どうするの? やっぱり、一緒に行くの?」

 恭子「一緒に行きたい。
    でも、啓介は1人で東京へ行くみたいよ」

 歩美「あら、そうなの?
    恭子ちゃん達、とても仲がいいから、一緒に行くと思っていたわ」

 恭子「一緒に行きたい」

 歩美「そう、啓介さんに言ったの?」

 恭子「ううん。まだ」

そのうち、涼介が帰って来た。

 涼介「ただいま」

 恭子「こんにちは。お邪魔してます」

 歩美「おかえりなさい」

歩美のこの<おかえりなさい>は、恭子にとって、すごく自然に感じられた。
歩美さんは、涼介さんの帰りを、待つことが多いのかしら。

 歩美「私、お茶入れて来ます」

歩美は、キッチンへ行った。

 涼介「啓介と一緒に、東京へ行くのか?」

 恭子「歩美さんにも、同じこと聞かれた」

 涼介「何て、答えた?」

 恭子「一緒に行きたい。 でも、啓介は1人で東京へ行くみたいよ」

 涼介「自分の気持ちに、正直になった方がいい」

 恭子「それは・・・それは、ご自分のことですか?」

 涼介「・・・・いや。
    俺達ができなかったことを、おまえ達にしてもらいたいだけだ」

恭子は、涼介の気持ちがすごくわかった。

 恭子「・・・・歩美さんのお手伝いをして来ます」

恭子は、涼介の部屋を出て、キッチンへ行った。

 恭子「お手伝いします」

 歩美「ありがとう。 じゃ、これお願いね」

2人は、涼介の部屋に戻った。
涼介は、寝ていた。

 歩美「また、寝てる」

恭子が、笑った。

 歩美「私達だけで、お茶しましょう」

 恭子「はい」

 歩美「涼介さんの特技、知ってる?
    10秒もたたないうちに、寝てしまうことよ」

 恭子「すごい~」

 歩美「その特技のせいで、いつも涼介さんの方が、先に寝てしまうのよ」

 恭子「いつも? 夜、かまってもらえない?」

 歩美「そうよ」

この2人。まだ、そういう関係じゃないんだ。

いつだか、涼介が<秀香以外の女を抱くつもりはない>と言ったのを思い出した。
恭子は、同じ女として、哀しいような、ほっとしたような複雑な気持ちだった。

 歩美「でもね。 時々、キスはしてくれるのよ。
    少しずつ、お互い近づいている気がするのよ」

 恭子「そう。 ごちそうさま。もう帰るね」

 歩美「啓介さんを、待っていないの?」

 恭子「啓介じゃなくて、涼介さんに用事があって来たのよ。
    少ししか、話せなかったけど。 また来るね」

恭子は、埼玉へ帰って行った。

歩美は、涼介の寝顔を見ている。

あなたは、どんな夢を見ているのかしら。

 *******************************

3月半ば。
涼介の部屋。

 啓介「話って何だ?」

 涼介「恭子を、東京に連れて行かないのか?」

 啓介「ああ」

 涼介「どうして、一緒に行かない?」

 啓介「今以上に忙しくなって、恭子の相手をしてやれないかもしれない。
    それに、恭子は家を出たことがない。
    2人の生活は、恭子にとって、大きなストレスになる」

 涼介「確かに、恭子にとって、負担がかかるだろうな」

 啓介「俺も慣れない環境で、ストレスがたまると思う」

 涼介「そのストレスのはけ口は、恭子だからな」

 啓介「一緒に行けば、マイナスになることばかりだ」

 涼介「プラスになることだって、あるじゃないか。
    好きな人と、一緒にいて安心できる。  
    大変な時に、心の支えになってくれる。
    苦しい時、おまえの大きな励みになってくれるだろう」

 啓介「それは、そうだけど。
    恭子を、苦しめたくない。
    東京と埼玉、隣どうしじゃないか。
    今だって、群馬と埼玉だけど、うまくやっている」

 涼介「俺が、もしおまえの立場だったら、彼女を連れて東京に行くさ。
    俺は、淋しがりやだからな。
    恭子は、おまえの<一緒に東京へ行こう>の一言を待っているぞ」

 啓介「アニキ。 どうして、そんなに俺達のことを気にする?」

 涼介「恭子にも言ったけど、俺達ができなかったことを、おまえ達にして
    もらいたいだけだ。 
    俺達の分まで、幸せになってほしい」

 啓介「・・・・俺達と言うのは、アニキと秀香のことを指すのか?」

 涼介「ああ」

 啓介「アニキも自分に素直になって、秀香と結婚すればいいじゃないか」

 涼介「うちの病院を、つぶすわけにはいかない」

 啓介「アニキは、自分がかわいいんだ。
    自分を守るために、秀香と別れたんだ」

 涼介「先に別れようと言ったのは、あいつの方だ」

 啓介「だけど・・・」

 涼介「俺と歩美が結婚すれば、病院は大きくなる。
    親父もお袋も、安心する」

 啓介「自分が、犠牲になってもいいのか?」

 涼介「それは、しかたのないことさ。
    だから、おまえ達には、幸せになってほしい」

 啓介「アニキ・・・・」

 ******************************

次の日。
啓介は、恭子に会いに行った。

 啓介「俺。おまえの気持ち、わかってなかった。
    大変だけど、俺と一緒に東京へ行こう」

 恭子「うん」

 啓介「愛してる。 いつまでも、そばにいてほしい」

 恭子「ありがとう」

その日は、恭子の両親がいなかった。
啓介は、群馬に帰って行った。


その日の夜。

 恭子「お父さん、お母さん。 大事な話があるんだけど」

 恭子の父「何だ? 改まって」

 恭子の母「どうしたの?」

 恭子「私。東京へ行きたいの」

 恭子の父「何で?」

 恭子の母「誰と行くの?
      もしかしたら、黄色い車に乗ってる・・・・」

 恭子「うん。啓介と一緒に東京へ行くの」

 恭子の母「行くって、向こうで一緒に」

恭子は、啓介がプロのレーサーを、目指していることを話した。

 恭子の母「一緒に住むって言ったって、2人だけは大変よ」

 恭子「それは、わかってる。
    私だって、もう子供じゃないんだから」

 恭子の父「生活費は、どうするんだ?
      大学へ行くわけじゃないから、仕送りなんてしないぞ」

 恭子「お金のことなら、大丈夫よ。啓介が何とかしてくれるから。
    それに、私だって、向こうで働くから」

 恭子の母「そんなに簡単なことじゃないのよ。一緒に住むってことは。
      あんた、ご飯も作ったことないじゃない。洗濯だって掃除だって」

 恭子の父「何も恭子が、一緒に行くことはないじゃないか」

両親は、すごく恭子のことを心配した。

 恭子「啓介のことが、好きだから、一緒に東京へ行きたいのよ」

 恭子の父「ダメだ。それに東京は怖いところだぞ」

両親に、反対された恭子。
次の日も言ったが、賛成してくれる両親ではなかった。

 恭子「どうしても、啓介と一緒に行きたいの」

 恭子の母「まだ言ってるの?」

 恭子の父「どうしてもと言うなら、その男をここに連れて来い」

というわけで、啓介が、恭子の両親にお願いすることになった。

 啓介「恭子と・・・・恭子さんと一緒に、東京へ行かせて下さい」

 恭子の父「どうしても、連れて行くのか?」

 啓介「お願いします」

啓介は、緊張気味。

 恭子の父「どうしても・・・と言うなら、結婚してから、連れて行きなさい」

え~~~~。話がすごく飛んだ。

 恭子「お父さん。ちょっとー」

確かに、啓介と結婚できたら、うれしいよ。
でも、それは、まだ先の話だと思っていた。
啓介も同じく<将来プロのレーサーになってから、恭子と結婚したい>と
言い切った。

 恭子の父「プロのレーサーになれなかったら、どうするんだ?」

 啓介「がんばります」

 恭子の父「恭子は、飯も作れん。洗濯も掃除もしたことがないぞ。
      それでも、一緒に行くのか?」

 啓介「はい。 恭子さんが、そばにいるだけで十分です」

 恭子の父「・・・・一緒に行って、何かあったら承知しないぞ。わかったな」

 啓介「はい」

 恭子の父「・・・・恭子を、幸せにしてやってくれ」

恭子の父は、啓介の熱意に負けた。

 啓介「ありがとうございます」

 恭子「ありがとう」

 恭子の母「大変なら、いつでも帰って来なさい」

うれしいなあ。
啓介と東京に行ける。

これから、毎朝、啓介が隣にいる。
朝起きて、好きな人が、隣にいるっていいね。

 *********************************

3月下旬。
啓介と恭子は、一緒に東京へ行った。

4月。
涼介は、医者になった。

5月。
秀香。無事、女の子を出産。


 その12 完

 @@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

 あとがき

 8月12日・21日・24日に、下書きをしました。

 この旅立ち編で終わりにしようと思い、下書きの最後に<おつかれさま>
 まで、書いてしまった。
 でも、涼介×歩美が納得がいかないので、その11を書いたり、暇つぶしに
 いくつもおはなしも書いてしまいました。

 最初の、秀香が涼介に対する気持ち。
 1週間以上も、考えてしまったよん。

 その12は、まあ自分で納得がいったなあ。


 もうその13は、書かない予定でいたのに、下書きをしてしまった・・・
 その13の前に、PC入院中に暇なので、書いたおはなしがあるので、
 それを公開します。

 ここまで、読んで下さってありがとうございました。


 9月9日

HOME



© Rakuten Group, Inc.

Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: