鏡よ、鏡


鏡よ、か・が・み。
きらきらして、色々なものが映って、綺麗だと思わない?

え?ここは女の子には危険だよって?
どうしたの?あきれた顔をして。武器もなしにいてはいけないの?

えぇ、ここの名前は知っているわ。Arena、闘技場。
この世界にくる全てのものが、戦って血を流すための世界。
でも、あなたは私を傷つける必要なんかないでしょう?
私は戦乙女ではないから、あなたと戦う必要はないもの。

えぇ、武器もお菓子も持っていないわ。この鏡だけ。
ずっと見ているの。飽きなくてよ。
あら、あなたも見たいの?
しょうがないわね、少しだけ、貸してあげるわ。


映ったのは、己の顔ではなかった。
血に飢えた魔物に向くはずの刃が、一斉に自分を向く。
避け、逃げ回っても、瞬く間に前後を挟まれる。
身体に食い込む刃。肋骨を押しつぶす打撃。
刹那のすり抜けを許さぬ足元の鬼気。
恐怖と理不尽さが煮詰まり、一言を形作る。
『何故?』
鏡はそこで曇る。



あら、驚いているの?
これがただの鏡ではないと見抜いたかと思ったのに。
そう、これは魔法の鏡。
売っていないわ。値段はつけられないの。
でも見たいなら、もう少しだけ見せてあげる。


今度は、船着場だった。
手にした杖以外に、腰に手挟んだ宝石の杖をを確かめる。
数歩彷徨い、こちらにやってきた魔術師の前に立つ。
挨拶、すぐに彼を追い、人の居ないサンツスミコの南門外へ。
相手の声で、己の時を図る。
雷を呼び寄せたのか、迸る光がまぶしい。
光が消えると、相手が足下に倒れているのが見えた。
疑念がまたしても湧く。
『何故?』
それを晴らすために、今度は相手の攻撃を、抵抗なく受けてみる。
身体を切り裂く風の刃、しかしそれはあの打撃ほどではなく。
間違いなく、己はある程度強い。
しかし、叩き潰された理由は未熟さだけだろうか?
不可思議さ消えぬままに、また鏡は曇る。



どうして、すぐに見えなくなるのか、ですって?
これは大事な魔法の鏡。あなたには大事ではないけれども。
まだ納得ゆかないの?いいわ、最後にもう一回見せてあげる。


今度の戦乙女は、何故かよく知っていると思われた。
相手の呼吸、動き、予測して互いに裏切りつづける。
戦槌が肩を強打する。
転移し、走り、相手をかわしてまた接敵の動きへ。
近づききる前に雷を呼ぶ。
疑念はまだ残っているが、愉しむ自分がそこに居る。
『わかった』
まだ、完璧な正解ではない。それで構わない。
己の動き次第、選ぶ一瞬次第で、勝敗はあるのだと。
満足して、尖った金属がわき腹に突き刺さるのにも笑える。
『次は、誰?』
鏡は曇り、白い手がそれを胸元へ引き寄せる。



これで、今までの分はおしまいよ。
後は、この相手と誰かが戦わないと映らないの。

三人目は、いつ出会えるのかしらね?
私も楽しみにしているのだけれど、こればかりは運次第。

そう、これは戦いの鏡。経験しなければ映ることのないもの。
相手を倒し、倒され、際どい思いをしなくては曇ったまま。
いずれは磨きぬかれて、過去を教えてくれるのでしょうけれど。
血が、記憶が、これを新しいものにする限りは、ね。


ここでだけは、私を召喚ぼうとしないのよね。
だから、こっそり映すしかないんだわ。
忌々しいったら。直にこの愉しみを味わえないなんて。

あら、どうしたの?もう映らないし、これはあげないわ。
そろそろ帰らないとならないもの。

続きはいつ、ですって?……そうね、次の対戦があれば。
青鎧の雷使いを見たら、挑戦の名乗りをあげてみたらどうかしら?

あなたが名をあげて挑めば、こうして鏡に映してあげる。

或いは戦いの場で、お会いする日があると嬉しいけれどね。
人を打ち倒すのってどれくらい嬉しいことかしら?
打ち倒されるってどれほどくやしいことかしら?

あなたもどこかの鏡に映っているのかもしれないわね。
それじゃ、ごきげんよう。冒険者さん。
たっぷりと血を流していらっしゃいな。


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