翡翠の蛇は尾を咥え問う【前編】



私は水辺に立っていた。
麗しき毒の花、フレツェルの棘を求めて。

花弁と思しき部位の色、葉の広がり具合からしても、
フレツェルはかなり美しい植物だといえるだろう。
周囲に繁殖する葉脈も毒々しい暗沼ゴーレムと違い、
気品さえ漂わせるが、しかし恐ろしい存在だ。
毒の強さに耐性を持つ防具を持たない私にとっては。

それでも手頃な報酬が約束されれば、戦いはする。
毒の棘で相手を撹乱してくるとはいえ、効果は低い。
効果がほぼ瞬時であることは有り難いほどだ。

全ての棘を相手が排出する前に、素早く倒さなくては。
運がよければ一体目で手に入るが、たいていの場合は、
棘を発射しきった残骸を数十体前に溜息をつくばかり。
余り奥へ進めば、翼竜メグゥルやギガントに囲まれ、
果ては先ほどのようにアンテクラに打ちのめされる。

今日の私は、何を焦っているのだろう。
先ほど杖で打ち払った毒の棘よりも鋭く細かい何かが、
どこかに突き刺さって取れない気がしているのだ。

焦り、苛立ち、茫漠とした疑念。
それは未熟さを意味する。
他者との比較ではなく、自分の力に適うことと適わぬ
こととを見極めて、それに合った場で戦う他ないのだ。
鏡の如く、或いは尾を咥えた蛇のシンボルの如くに。

ガサリ、と音がする。
これには慌てることはなかったから、私は杖を構えた。
死をもたらすオーラはない。ただ、葉脈の筋は黒々と、
暗沼ゴーレムとして強力な存在だと示している。


過信も油断もなく、己が内側の魔力を引き出す。
この地より先は風のほうが優位と言われるが、現在の
私には雷以上の強力な魔法は行使できない。
それでさえ、まだ極めていないのだから。

「天つ火よ……」

薬液の残りは、この後も余裕あるだろうか。
この戦いを終えて足りないなら、安全な岩を探して、
一度ターラに補充に戻らねばならないだろう。
無理をして敵に挑みずたずたに引き裂かれたくはない。

杖に威力を増した雷鳴が敵を撃つ。
鋭い葉に切り裂かれながらも、まだ何かが私の中から
出てゆこうとしない。

使い魔を召喚しようか。
私の一部に巣食うものならば、或いは説明もあろうか
と思ったのだが、すぐに考えを改めた。
魔の言葉を鵜呑みにするわけにはゆかない。

頼るものはこの杖、この魔力、操る己の技。
目前の敵を倒し、目的のものを入手するまでは、迷い
怯む心は捨て去らねばならないのだ。

葉脈がどす黒く、ついで灰色に変じる。
見る間に葉は萎み、赤い爪のような突起が折れ曲がって、
朽ちて土に還る様は哀れと言えないこともないだろう。

息をついて薬液を確認しようとした時、変化が起きた。

不意に身体を満たす魔力、体力。
視界が冴えわたり、戦闘の気だるさが吹き飛ぶ。
身の裡を駆け巡るその高揚感に声が漏れる。

「おっ」
「やったね、おめでとー」
「おめでとう!」

仲間たちにも私の声は届いたらしい。
その場に居る限りの者から祝福の言葉が浴びせられる。

「ディバインだー」
「見に行ってやろう」

ギルドマスターの愉しげな声も聞こえてくる。

意味するところは、もちろん、わかっていた。
冒険者たちの目標、一つの憧れ。
神与の武具の一つ、ディバイン防具。

身体は手近の岩に乗り巻物を天に投げ上げながらも、
私はまだ呆然としたままでいた。

打ち消せぬ何かを心に抱えたままに。

(続く)


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