一つの願い



聖騎士のような守りはない。
戦士のような力強さもない。
戦乙女の軽やかさもない。

私は、魔術師だ。

魔法もさほど強力ではない。
要領は非常によろしくない。
戦略的な視点も持ってない。

それでも、私は、魔術師だ。

言の葉を操ることしか出来ない。
思うことの全てを伝えられるわけではない。
全ての戦いを克明に記しているわけでもない。

けれども、私は言霊に願いを託す魔術師だ。

出会いし人々の足跡を、かの人たちの記憶を、
世界に刻み給えと。
刹那の生を、須臾の戦いを、何処かに残せと。

私は呟きつづける。
杖を握り、言葉をまさぐり、音を爪弾いて。
鬩ぎあい、抗いつづけ、勝利と敗北を繰り返す
あなたがたを、覚えていたい。

虚しいとき、忘れないで欲しい。
全ての苦痛は、明日への希望に繋がることを。
嬉しいとき、思い出して欲しい。
共に喜ぶ相手がいることを。

あなたがたに受けた恩は計り知れないけれど、
返せないでいる借りは数え切れないけれども、
これからも願いが全てかないそうになくとも、

あなたと在ることを、物語を紡ぐことを、許して欲しい。


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