嵐 翼を破るとも


加護の力を他者に及ぼせる聖騎士が、どこにも見当たらない。

この時、世界から切り離された聖騎士は悔し涙を堪えていたという。

コエリスの第七世界。
その何処にか、聖地を模した隠れ里がある。
邪神の復活の地として選ばれ、凶悪な魔物に席巻された地が。

蟷螂の斧だろうと、眷属には幾らか打撃を与えられるだろう。
ギルドで声をかけて、どうにか最大の人数が揃ったと思ったが。

「俺たちで、火力はまかなうよ」
確かに、私は戦士たちのように切り込めるわけではない。
頷き、私は着替えるために倉庫に向かった。
青い鎧は、最初の頃は着られている気まずさがあったものだ。
しかし、今ならこちらでも、ある程度遜色なく戦える。
足止めの雷くらいは撃てるのだから。

この選択は正しかったことはすぐに判明した。

スケルトンの切っ先は、僅かに私の頬を掠っただけだった。
それが、急激に体力の低下をもたらしたことに気づく。
カイヌゥスでデスクラスと真っ向勝負した時くらいだろう。

(弱くない……!)

「強ぇえ……!」

傍らで、戦士の悲鳴が上がる。
怯えにも似たその声を聞きながら、自分に言い聞かせた。

弱くない、だけだ。邪神ディフォンの影響下にあるだけのこと。
こんな堅さは、スケルトン自身の強さではない。
借り物の力に負けてはならない。

だが次の瞬間、目の前が真っ白になった。
身体が動かない。何とか首を捻じ曲げて、視界の端に、奇妙な
匂いを漂わせた吸血蝙蝠を見た瞬間、意識が途絶える。
毒……?

目を上げれば再び、奪還のための基地に戻っていた。
時間は長くはない。立ちあがり、そのまま走り出す。

「離れると孤立してやられる」

PTリーダーが横にいた。彼を追い、私も城へ向かう。
走りながら装備に問題ないことを確認し、薬液の瓶を替えた。
橙色の液体は、今まで殆ど利用したことがない。
どの程度、これが効くか?

「ポットが使えない!」

仲間の戦乙女の悲鳴が響く。
時ならぬ、場所を秘されたこの空間での最悪の呪いだろう。
彼女は何度か世界からも切り離され、その度に戻ってきた。

危ぶむ気持ちを切り裂くように、ギルドマスターの伝言が届く。
戦乙女が、短い激励の一言を読み上げた。

『黒龍代表死ぬ気で精一杯頑張れ』

暗雲立ちこめた空の何処かから、仲間たちの喊声が聞こえる。
最早、何度打ち倒されようと構わない。
血反吐を吐き、内臓を曝け出そうとも悔いることはない。
戦いを望みながら参戦叶わなかった仲間たちのため。
戦おう。

乱雲を突きぬけよう。龍の翼を稲妻が貫こうとも。
城門を目指そう。数多いる敵に踏み潰されようとも。

願うのは、一人のものではない、勝利。
杖に意識を込め、爆雷の起きる地を蹴った。

「偽りの翼は我を運べり 彼の地へ!」

今まで私のいた場所で爆発が起きた。かすり傷ほども負わない。
転移の魔法は、辛うじて間に合ったようだ。
数度の転移で、城門が見えた。既に皆、城内で戦っている。

城外も城内も、見たこともない魔物で溢れていた。
門番たるユザトを遠方から雷撃しても、弓矢やカタパルトから
打撃を受けないわけではない。

壁を抜けて転移を果たし、カタパルトを撃とうとしたが、すぐに
気づかれて接敵、瞬く間に倒された。
GMでさえ、足止めと毒を受け、動くのがやっとの有様のようだ。
黒鎧も前の私では、単独の侵入は無理か。

遠方からの助力に専念していた足元を、悪寒と地響きが襲う。

邪神、復活。
道化師の顔をした、凶悪な影があざ笑うように中に浮く。
イ=トゥダ=ナ。回復の力を操る小癪な魔物。
魔には、魔を。
考えたのは私ばかりではなかった。
数名が、魔界の門を魔力の鍵で叩き、召喚を行う。
シャ=スタは人との契約を裏切ることなく、殲滅の炎を放つ。
リカバリーを啜る間も惜しく、また杖を構えた時。

「倒してしまうとディフォンの傍に復活する!」

以前の作戦に参加していたのだろうか。一人の魔術師が叫んだ。

「止めるのは一人で十分です、先に向かってください!」

その間に、魔物は自らを回復しているようだ。
足止め以外に打ち勝つ方法はないのか。
雷撃を放ち続ける、名も知らぬ彼を信じ、皆が走る。

ディフォン。
その巨躯からは、アンテクラなど子供にしか見えまい。
形容すべき言葉も見つからぬ、邪神。
一閃、また私は地になぎ倒される。同時に十数名が倒れた。
断末魔の悲鳴は轟きとなった。

無理か?一矢報いることもならないか?
くじけかかる心に、しかし声がかかった。

「どうだい?」

参加できなかったはずの聖騎士だ!

「代わって!援護をお願い!」

もう一人の戦乙女が彼に叫び、パーティを抜ける。
交替した彼からのホーリーアーマーは、そう遅くはなかった。

これなら、眷属の動きを阻止するくらいはできる。
動きが鈍りつつあるヘイゲルに雷を打ちこみ、中枢部を目指した。

唐突に暗雲は裂け、まばゆい陽光に隠れ里が包まれる。
ほぼ同時に、勝利を告げる高らかな声が、皆の耳に届いた。

作戦は成功した!
遂に、コエリス神の力は人を通じ、邪神を打ち果たしたのだ!

喜びに湧く世界に、異変を感じるまでそれほどかからなかった。
殺戮の返り血を浴びたものが多い。
おかしい。皆、狂ったように今までの仲間に武器を振るっている。

どうやら、魔物たちがディフォンの死により変じたアイテムを、
取り合いはじめてのことらしい。
まずい。殺戮の場には、人を殺す印をつけていないものがいる。
もし、彼らが狙われていたら……?

背に、一撃が来た。
叫び声をあげきる前に、私は背中から切り裂かれて地に倒れた。
最後の、意味を有さない、死。
魔物以外との戦いを望まなかった私を殺した者は、殺戮者の印を
受けたことだろう。

遠のく意識に、私は邪神の嘲笑を聞いた気がした。

(我を倒した途端、互いに争う愚かな人間よ 我はいずれ……)

幻聴であってほしい。
皆が正気に返ることを祈りつつ、私は意識を手放した。


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