大海の一滴~イベント終了~



床に散乱した紙をのろのろと拾い、一つずつ手にとってめくる。
無意味な計算値、ギルドメンバーが聞きつけた言葉の数々。

そして、託宣のために書き付けた二通の書状。

虚偽の発言と見えたのは二人。
偽りの言葉を紡いだとしか思われず、他の言葉も添えられず。

全てが揃うわけもなく、そのまま思考を練った。
それでも、磁石の針が必ず北を向くように、事実は示す。
ある二人の間でぶれつつも、次第に片方に落ち着き始め。

私は、疲れ果てた頭のまま、仲間に判断を任せた。
自分の握った情報を元に選択枝を二つ用意したのだ。
解答は一つであることを分かっていながら……

「二つ送った理由はあるのかにゃ?」
姿こそ見せないものの、声が虚空から聞こえる。
私の内側に契約によって存在する、手の届かぬ空間。

「情報としては、提供しなければ公平ではなかった」
後から聞いた言葉があれば、疑念は確証に変わっただろう。
証拠が足りなかった。私は強く出られなかった。

「……知ってたはずにゃ。怪しいって」
虚空の声は訝りもからかいもせず、指摘した。
「途中で思わなかったかにゃ?誰かに言われた時」
苦い思いが僅かに胃を痛くさせる。
「赤いのはオーラだとすればバルキリーにゃって」

記憶は微妙に過去へ傾斜する。

あれは、依頼の結果を報告しての帰りだった。

武装せざる戦乙女、しかし背後に翻る旗はGMギルドのもの。
私は名前をそっと確認した。ルミ。
噂に聞いていたCSを、初めて見た好奇心からついてゆく。
彼女は、この世界にやってきて間もない戦士を道具屋に導き、
生き残るすべとなる品を紹介していた。
手伝えることは、何かないだろうか。
乏しい荷を探り、私は戦士の足元に僅かの赤い薬液を置いた。

シティスに戻る途中、話を遮ったことを囁いてわびた。
彼女は快く応答してくれた。
私は、これからも頑張ってと声をかけて会話を終わった。
未だに、覚えている。


「そんな記憶が真実の邪魔をするかにゃ?」
あきれたような声がまた私を町に引き戻す。
「多分……信じたく、なかった」
「事実と私情は違うにゃ」
私は頷く。
「だから書いた。説得を欠いたのが、まずかった」

犯人、次の犠牲者。
座標の探り方は諦めたが、私はほぼ近づいていたのだ。
途中で知らせをくれた、心強い冒険者たちの手がかりを得て。

「知っている、というのは厄介なことにゃ」
伸びをする気配がする。
「どっちもみていにゃければ、答えは絞れたかにゃ?」
「……どうだろう」

苦しんでいたらしい。
変化した彼女を見ていたら、私はどう思っただろうか。
正解だった場合、また別の苦さが待ち受けていたことになる。

「多分、信じたいほうに進んでしまったんだ」
道に迷うように。
「……次にはそれをやらにゃいことが課題かにゃ?」
気配はだんだん、気だるさを増してゆく。
「ともあれ、終わったにゃ。おやすみぃ……」
おやすみ。と呟く間に虚空は狭まった。
私はほぼ無音の空間に残される。

どちらにしても、私のことなど彼女は覚えていない。
僅かにすれ違った存在、大海の中の一滴。

その一滴の涙は、彼女の苦痛を和らげることもあるだろうか。
今はただ、静かに一人悼むのみである。


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