おとなカレッジ

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子育て~初めての出産

はいはい

2003年秋、私の母親人生は、ここから始まった

ちまたにあふれる出産体験談のせいで、出産=痛い、怖い、辛いのイメージがあり、不安と期待の入り混じるなか予定日を迎える。しかーし、全然産まれる気配無し。主人も立ち会うべく、わざわざ連休を取って臨んだのにフライングであった。前日に「マトリックスレボリューションズ」を見て、心置きなく出産に挑めると思ったのに・・・。

翌日からは、運動したり、体操したり、呼びかけてみたりして、「何とかベビーが大きくなる前に生まれますように」と祈る日々が続く。なにしろ、お気楽な性格のせいで妊娠前より15キロも太ってしまった。それだけでも、先生に散々怒られたのに、エコー写真ではベビーが3600グラムもあるといわれ、「初産なのに大変だよ~」と脅かされ続けていたのだ。

結局、おしるしも前駆陣痛もないまま41週目の健診日の前日。いつものように、「どっちの料理ショー」を見ながら、ヨーグルトを食べてくつろいでいると、なんだかお漏らしをしたような感覚があり、トイレに行ってみた。おかしい!尿ならすぐに止まるのに、ポタポタと生温い液が垂れ続けていた。「もしかして、これって破水?」冷静に主人に伝えて、病院に電話を入れる。「破水したみたいです」「すぐに入院の準備をして来て下さい。」電話を切った後、急に不安が襲ってきた。

「もう逃げられない、いよいよなんだ。」準備していた入院バックを持って、夜11時に主人と車で病院に行く。まず入院の手続きをするために、問診表などを記入する。破水しているので、抗生物質を点滴で投与される。その間、妙な寒気を感じ、体温を測るとなんと39度近くの熱が!看護婦さんは、「抗生物質を投与してるから、破水のせいではありませんよ。」と説明をしてくれた。NSTをつけて陣痛の様子を見てもらうが、微弱陣痛のためまだ時間がかかるだろうとの事。子宮口も開いていないので、翌朝の健診まで様子を見ることになった。

主人は、翌日休みを取る手続きをして帰宅した。絶え間なく続く弱い整理痛のような痛み。熱も下がらず、もうろうとした意識の中で、看護婦さんがテキパキと処置をしてくれるのを眺めていた。夜中の2時ごろから背骨が裂けるような痛みが走り、陣痛の間隔も狭まってきた。陣痛室に連れて行かれ、酸素の吸入をしてもらう。そこで、健診の始まる朝9時まで、一人陣痛の痛みに耐える事となった。正直、この痛みは何をやっても我慢が出来なかった。背中を切り裂かれるような激しい痛みと、腰骨がメリメリ音を立てて割れそうな痛み。「この痛みが治まるのなら、今すぐお腹を割いて出してくれ~」と叫びたくなるような痛みだった。

ようやく白々と夜が明けて、診察室にも人のざわめきが戻ってきた。内診をしてもらうが、まだ赤ちゃんは下りて来てないらしい。「多分2時頃かなぁ。階段を上り下りすれば、すぐ下りてくるんだけどね」と笑顔でムツゴロウ似の先生がおっしゃった。「この痛さでそんな事できるかい!」と怒鳴りたかったが、引きつった笑みを浮かべるのがやっとだった。私の悲鳴とも絶叫とも思える声が、外来の妊婦さんに不安を与えるとの事で、急遽病室に戻された。食事も喉をとおらず、陣痛の痛みも激しさを増し、背中をさすってもらっても、ちっとも楽にならない事に腹をたてて主人に八つ当たりしたり、かなり迷惑な妊婦であった。

そうこうしてるうちに2時半を過ぎ、助産婦さんから陣痛室に移るように言われた。昨晩一人でうめいていたあの部屋に連れて行かれ、「ウンチをする要領で、いきんでみて」と言われ、半ばやけくそでやってみた。「トイレに行きたい~!」と思わず叫んでしまったが、赤ちゃんの頭が見えてきたとの事で、「大変、もう生まれるわぁ」と言われて、いよいよ分娩室へ入ることになった。

部屋に入ると、主人と私は手術服のようなものを着せられて、私は分娩台に乗せられた。「合図をしたら思いっきりいきんでね。赤ちゃんにたくさん酸素を送るように、息を止めちゃだめよ」と、優しく助産師さんが語りかけてくれた。主人も私の側で、手を握ってくれたり、仰いでくれたり、ジュースを飲ませてくれたりと大忙しだった。私は「やっと楽になれる」と思って言われるままに数回いきんで休んでを繰り返し、ついに待望の姫様とのご対面が出来たのである。浣腸もなく会陰切開をしなくても裂けることもなく、痛くも痒くもない。 陣痛の痛みに比べれば、出産の痛みはへでもなかった。 分娩室に入ってわずか20分足らずの出来事であった。

その後、へその緒が付いたままの姫を胸に抱き、その、か弱く暖かい小さな身体をしっかりと腕に抱いた時は、本当に感動の嵐が渦巻いたような感じだった。大仕事を終えた後のような爽快感と、自分の分身との対面は今まで感じたことのない幸福感だった。正直、 「これは(出産が)癖になる」と思えるほど気持ちの良い体験だった。 その後、へその緒が付いた姫と主人とで初の3ショット写真を撮影し、姫が処置を受けて産着を着せられるのを、ぼんやりと眺めていた。

さて、ムツゴロウ似の先生は、後産の処置を待っていたのだが、中々胎盤が出てこない。あまりに時間がかかるので、「これは危険だ」と、お腹をグリグリ押して胎盤をはがし、引っ張り出す事になった。先生いわく、「胎盤が中に残っていると、七転八倒の苦しみだよ。顔面蒼白になってとても危険なんだよ」と、説明しながら思い切りグリグリ押す。これがまた非常に痛い!内臓をえぐられるような不快な痛みなのだ。最後に、子宮口からお腹の中を見ながら慎重に胎盤その他を引っ張りだして無事終了。陣痛に比べればたいしたことはないが、予想もしなかった痛みなので、なんともトホホな感じだった。

後産の処置が終わると、パジャマに着替えて車椅子で病室まで移動した。暫くベットに横になって休んでいると、最初のおっぱいを含ませるために、産着にくるまれた姫がやって来た。まだ目も開いていない、小さな可愛い姫を胸に抱くと、「こんなに可愛いなら、もう一人生んでもいいねぇ」と心から思えるのだった。ちなみに、姫は50センチ、3180グラムと予想よりも小粒であった。

思うに、楽なお産のためには、 とにかく太らない事!運動をしっかりする事! この2点に尽きるのではないだろうか。陣痛が短ければ短いほど、痛い思いをしなくて済むのだ。ちなみに、私は、出産だけで体重が8キロも減っていた。胎盤、羊水、胎児の合計が5キロぐらいだとしても、 出産だけで3キロも痩せた のだ!いかにお産が体力勝負であるかがご理解いただけたことと思う。

また、気持ち良く、自分が満足のいくお産を経験すると、自然と何人でも子供を産みたいと思うものなのだと実感した。この経験を活かして、ぜひ、2人目はスピード出産を狙いたい。

☆こんなはずでは~!な二人目出産の様子は コチラ

babu3


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