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著者・編者 | 産業経済新聞社=著 |
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出版情報 | 文藝春秋 |
出版年月 | 2013年6月発行 |
望月衣塑子氏の著書『新聞記者』が店頭になく、先に産経新聞が著した『新聞記者 司馬遼太郎』を読了。あとがきで、司馬遼太郎氏が亡くなって 10 日後、「司馬を『文学作家』としてもて囃すのはお門違いだ」と書いた東京新聞に対し、本書は「首肯しがたい」と否定。
ただし、本書の刊行は 2001 年。文庫本化は 2013 年のことなので、望月衣塑子氏の記事をめぐる産経新聞の批判とは全く関係がない。おそらく、両社の社風の違いなのだろう。本書は、司馬遼太郎氏の、産経新聞を中心に 15 年ほど勤めた記者時代のエピソードを、関係者から集めた内容。
司馬遼太郎氏は、京都で寺や大学の取材を担当していた。戦後の福井大地震の際、現地に特派員として派遣され、京都に戻ってからは京大のツテで地震の専門家に取材している。また、寺社のツテで、金閣寺放火事件の真相もスクープしている。それを望月衣塑子氏より若い時にやってのけている。
もちろん、時の権力者を批判することも怠らない。産経新聞のコラムでお盆の話を取り上げ、「吉田さん(吉田茂首相)はじめ再軍備派の御一統、高野槙の 1 つも持って、トクと今後の心構えでもご懇談あればお盆の真義も現代的に生きようというものだ」とユーモアたっぷりにチクリ。
福井大地震の際、司馬遼太郎氏が現場で出会ったうだつの上がらない老記者は、春になると田んぼから出てくるカエルを取材するのだが、その記事が他社より常に早いという。老記者は「カエルも総理大臣もおなじですよ。大臣に会うばかりでは新聞はできない」(219 ページ)――これが産経の社風なのか。
司馬史観を好きになれないのは、ワシはマルクスの唯物史観に毒されており、その流れを汲む心理歴史学の実在を信じて疑わないからである。
だが、現地に足を運び、自分の目で状況を見聞し、地元の人の話に耳を傾けるスタイルには深く共感する。司馬氏は後輩記者に、「新聞記者は火星人の眼と地下の人の眼の両方を持たないといけない」(183 ページ)と語ったことがある。大局的な見方と、庶民感覚ともに大事だ、という心構えである。
その後輩記者は、司馬氏を「社会のメカニズムと、それを動かす人間の虚と妄と慾を、外科手術の達人のように、冷静に、鋭く脈分けする。決して対象におぼれない。しかも既成の観念にとらわれず、自分のメスで切りこむ。恐るべき知性のひとだ」(184 ページ)と評する。それは、新聞記者を辞めた後も、「桑原武夫、吉川幸次郎、貝塚茂樹、湯川秀樹といった京都大学が生み出した碩学たちとも交際があった」(201 ページ)があったからだろう。
このあと、東京新聞・望月衣塑子氏の著書『新聞記者』を読んだのだが、新聞記者としての決定的な違いが、この「知性」を備えているかどうかである。司馬氏は、1962 年 2 月、朝日新聞に、新聞記者の理想像として「職業的な出世をのぞまず、自分の仕事に異常な情熱をかけ、しかもその功名は決してむくいられる所はない。紙面に出たばあいはすべて無名であり、特ダネをとったところで、物質的にはなんのむくいもない。無償の功名主義こそ新聞記者という職業人の理想だし同時に現実でもある」(223 ページ)という文章を書いている。
巻末に、記者時代のコラムが掲載されている。政治風刺から空飛ぶ円盤の話まで、時流を分析する目は流石としか言いようがない。
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