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2020.11.15
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カテゴリ: 書籍
ヒトの目、驚異の進化

ヒトの目、驚異の進化

 私たちの視覚系は未来を予見して、その情報を利用して現在の知覚を生み出すが、予見した未来がやって来ないと錯視が起こるのだ。(202ページ)
著者・編者 マーク・チャンギージー=著
出版情報 早川書房
出版年月 2020年3月発行

冒頭、人間が持つ 4 つの超人的な能力(色覚、両眼視、動体視力、物体認識)は、スーパーヒーローの用語でいえば、テレパシー、透視、未来予見、霊読(スピリット・リーディング)に当たるとしているが、もちろん、本書はトンデモ本ではない。視覚は人間の大脳の半分以上で計算を行っており、機能的磁気共鳴画像法(fMRI)のような技術を使えば、読心術のようにその動きを見ることができる。
4 つの超人的な能力は、チャンギージーさんの仮説ではあるものの、その研究データを引用しており、たいへん説得力がある内容となっている。
本書を読み終わって感じたことだが、いまは人工知能の主流がディープラーニングとなっているが、もう一度、画像処理(パターン認識)を見直すべきではないだろうか――。

チャンギージーさんは、まず色覚を取り上げ、「もし色覚が個々の波長を識別するだけのものなら、錐状体は 3種類ではなく 2種類だけで足りる」(41 ページ)と指摘する。3 つの錐状体は、肌で起こるスペクトルの変化の違いを見分けるのにおあつらえ向きにできているのだ。血流の状態を感知し、健康状態や感情を察知することができる。
人間の女性には色覚異常が少ないばかりか、錐状体を 4種類もっている人もいる。これは、赤ん坊を育てるのに大いに役立つ。
また、人間は自分の皮膚の色を基準として、他人の皮膚の色の違いに非常に敏感である。これが悪い方向へ向かうと、皮膚の色の違いによる人種差別につながるのかもしれない。

第2章では「透視する力」として両眼視を取り上げる。じつは、「両眼視できなくても奥行き知覚はたいして損なわれない」(122 ページ)というのは、目から鱗が落ちた。それよりも、両眼視によって、自分の鼻や、先に見えている障害物を「透視」することができるの方が重要で、たとえば格子窓から外を眺めたとき、格子が消えたように見えるのが両眼視の効果である。脳が Photoshop のように画像処理を行い、パノラマ合成で格子を消しているのである。

第3章では「未来を予見する力」として錯視を取り上げる。
視覚系が光を受けてそれを視知覚に転換するのに約 0.1秒かかるという。時速36 キロで飛んでくるボールは、0.1秒後、1 メートル離れた位置にある。脳は、その差を埋めるために、0.1秒後(またはそれより先の未来)の映像を予見するというのが、チャンギージーさんの仮説だ。
古典的な幾何学的錯視の図にはほとんどの場合、斜めのスポーク線が含まれるが、脳がこの斜線を前進運動から生じた運動の軌跡だと認識して未来予見をした結果、錯視が起きるという。
3D CG を作ったことがある方ならご承知の通り、自分が運動することによって流れてゆく風景の網膜投影映像を計算するには球面三角法を用いる。つまり、運動に伴う予見映像には歪みが発生する。
実に面白い仮説だ。これまで錯視について系統だった研究成果は見たことがなかったが、チャンギージーさんの仮説を受け入れるなら、ほとんどすべての錯視の説明がつく。

第4章では「霊読」として文字を処理する仕組みを取り上げる。
「子供の絵はシンボルを使って物語を伝えようとする試み」(269 ページ)に始まり、表意文字の漢字はもちろん、表音文字アルファベットも、じつはものを表す視覚的記号だというのがチャンギージーさんの仮説だ。
表意文字に慣れ親しんでいる私たちにとって、突拍子もない仮説であるが、チャンギージーさんは研究データを提示しながら、丁寧に解説してくれる。
巻末の解説にあるとおり、この普遍分布仮説は、文字理解にとって革命的なインパクトをもたらした。それまでバラバラに存在していると考えられてきた世界の文字が、じつはまったく同じ要素から成り立ち同じひとつの原理に従っていることが分かってきたのである。
20 世紀の言語学では、ノーム・チョムスキーが多種多様な世界の言語はじつは同じひとつの生得的な普遍文法に従っているという生成文法を提唱したが、チャンギージーさんらの研究によって、文字についても普遍的な生成原理が見えてきたのだ。






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最終更新日  2020.11.15 12:18:20
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