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2021.01.25
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カテゴリ: 書籍
新型コロナからいのちを守れ!

新型コロナからいのちを守れ!

 「その中で皆が厳しい目を寄せながら進んできているので、これからもそれが続けば大きなをな心配はいらないと思っています。日本の流行対策の特徴は、国民が監視をする中で進んできたということなんですよね。」(284ページ)
著者・編者 川端裕人=著
出版情報 中央公論新社
出版年月 2020年12月発行

本書は、新型コロナウイルス感染症の流行の終息がまだ見えない中、最前線で感染症制御に礎走して「第1 波」を乗り切った科学者が、その間、目の当たりにし、考え続けたことを読者と共有するために、「8 割おじさん」こと西浦博教授が専門家の立場から語り、西浦さんと付き合いの長い作家の川端裕人さんが話を整理、補足した形をとっている。

私たちは、マスコミやネットを通じて外からの情報を受け取っているわけだが、そのとき、内側で何が起きているのか、オンタイムで進んでいる事象だけに、とてもインパクトがあり、また、「サイエンス・コミュニケーション」について考えさせられた。
コロナ禍も悪いことばかりではない。本書を読むと分かるように、わが国で「サイエンス・コミュニケーション」が根付いた。専門家たちが使ったデータやプログラム、各種資料はネット配信で紹介され、いまも GitHub や note からダウンロードすることができるようになっている。画期的なことだ。そして、第1 波を乗り切った専門家たちは、各々の仕事に立ち戻り、次の専門家たちにバトンが渡された。
私は、マスコミやネットを通じ、これからも専門家の声に耳を傾け、自分の頭を使ってサイエンス・コミュニケーションに参加し続けていきたい。

新型コロナ・ウイルスが日本人へ感染したことが判明した後の 2 月 6 日、西浦さんは加藤勝信厚生労働大臣(当時)に挨拶し、そのまま厚労省のビルの中、ダイヤモンド・プリンセス部屋と呼ばれるエリアで分析をはじめることになった。こうして省内とのコミュニケーションを深めていった西浦さんは、2 月半ばのある日の深夜、知らない電話番号から着信を受けた。「加藤でございます」と言われて、「はい? どちらの加藤さまですか」と聞き返したところ、「厚生労働大臣の加藤でございます」と言われてはっとして居住まいを正したというエピソードが記されている。
その後、厚労省の 2階にある講堂に長机を並べ、300 人ぐらいのスーツを着た職員がノートパソコンと向き合う体制で新型コロナウイルス感染症対策本部が発足した。新型コロナ対策では、福島第一原発事故の時のように専門家の間で意見の対立が起きることなく、互いに敬意を払い合い、団結しているようにも見える。これは、専門家会議でもクラスター対策でもない「有志の会」 https://note.stopcovid19.jp/ の中で専門家が意見を出し合ってきた成果だ。
そして、西浦さんは自家薬籠中の手法としている空間的逆計算という数理モデルを駆使し、感染症の専門家をサポートし、専門的知識あるいはデータに基づくエビデンスを「科学的な根拠に基づいた政策決定」のために提供する流れができた。

クラスター対策班がスタートして 3 日ほどたつと、2 次感染の経路が「換気の悪い密閉された空間」だということが明らかになってきた。これを鑑定の官僚に伝え、「三つの密」という言葉が誕生した。西浦さんは、「『密接』という言葉など、普通は考えつきません」(70 ページ)と感想を述べている。
だが、3 月中旬に入ると、クラスター対策班に逆風が吹き始める。「韓国ではとてもたくさん PCR 検査をしているというのに、日本はどうだ」というマスコミの論調や、霞ヶ関では「西浦を止めろ」という声も出たが、専門家会議の尾身茂・副座長がクッション役を果たしたという。2020 年 3 月 9 日、専門家会議の記者会見はに今も、YouTube で公開されており、誰でも参照できる(https://www.youtube.com/watch?v=hH79Wv4ys0o)。
西浦さんは、「専門家には決定権限はありません。リスク評価として『ここは守らなければ』という範囲を必死にやる。あとは政策判断側に委ねるしかないので、リスク評価結果が政策に反映されない時にはぐっと唇を噛んで耐えることが必要です」(106 ページ)と振り返る。これは、サラリーマン技術者と経営者の関係によく似ていると感じた。

クラスター追跡ができないほど感染者が出始めていた東京都と大阪府に対し、厚労省は文書を送った。その結果、大阪では兵庫県との往来を止めようとして、両知事の間の関係が険悪なものとなった。逆に東京都は、都が感染経路不明と発表している人の中にもリンクがある人はたくさんいると情報提供してきた。専門家、中央省庁、自治体のコミュニケーションが深まってゆく。

そうこうするうちに、3 月下旬、明らかに指数関数的な感染者数の増殖が認められるようになり、都内の接触者追跡が苦しくなってきた。
3 月 24 日、西浦さんは小池百合子東京都知事と初めて面談する。都知事からの要請で西浦さんが発表することになったが、逆に、厚労相は「西浦さんの口からは言わないで」と釘を刺される。中央省庁と自治体の間の責任のなすりあいにも見える。
3 月の後半には、緊急事態宣言が不可選であることが分かってきた。そこで、国立保健医療科学院の齋藤智也先生を中心に勉強会が開かれる。
一方、LINE を使ったビッグデータを扱うために慶應義塾大学の宮田裕章先生がクラスター対策班に参画し、経団連の中西宏明会長とのチャネルを開く。西浦さんは宮田のことを「何者なんだ、このスーパーサイヤ人は」と記しているのが面白い。
西浦さんはこの時のことを、「これは奇妙な経験でした。地ならしを専門家がとどんどんしていって、背後で国はあまりそんなことは知らない。厚労省はいっぱいいっぱいで、緊急事態宣言は厚労省の仕事じゃないので、そこに踏み込みたくないわけです。一方で、内閣官房も各省庁の寄せ集めで構成されているので、こういう話ができるかというと、難しいだろうと僕らも分かっていて、とにかく専門家が流行を混乱なく制御するんだぞという意気込みでコミットしていきました」(167 ページ)と振り返る。

コロナ専門家有志の会は Twitter アカウントを開設するが、その名前を付けるのに苦労したという。結局、「新型コロナクラスター対策専門家」になったのだが、これは、厚労省の公式のチャンネルではなく、クラスター対策の専門家が勝手にやっている、という位置付けである。西浦さんが願っていた直接発信の場を持つことになる。

安倍総理が「最低 7 割、極力 8 割」と発表したのは、尾身先生と安倍総理が会議場で手打ちをして合意形成をした結果という。政府側の書類には 7 割とあるのを、尾身先生はのらりくらりと、いやいや 8 割がやっぱり必要で、8 割を目標の数値に入れていないとおかしいんですよ、というような流れがあったそうだ。
4 月 15 日には、かねてから語るべきだと思っていた被害想定として、「対策を全くとらなければ、国内で約 85 万人が重症化し、その半分が死亡する恐れがある」という発表を行った。西浦さんは政府と示し合わせて死亡数は明言していないのだが、マスコミは政府批判を展開する材料として「42 万人が死亡する」とし、「西浦の乱」「クーテター」と報じた。
西浦さんによると、「こういった数字を公にしないのは先進国では相当に珍しい」(185 ページ)という。これは、わが国のサイエンス/コミュニケーションが、いま始まったばかりだからだろう。尾身先生は「励ましが足らない」として、ここで何人死ぬというようなメッセージは脅し・恫喝に近いニュアンスのように受け取られるリスクがあるから、専門家としては自粛することで桁が減っていくということをアピールすべきだったと反省している。

5 月 12 日にはニコニコ生放送にて、日本科学技術ジャーナリスト会議(JASTJ)主催の「8 割おじさん西浦教授に聞く~新型コロナの『実効再生産数』のすべて」が配信され、ハードな内容だったにもかかわらず、リアルタイムで視聴した人数は 3 万 2000 人超に達した。事後に行われたアンケートでは 90.8 パーセントが「とても良かった」、6.2 パーセントが「まあまあ良かった」と回答し、「9 割おじさん、爆誕」との声があがったほど公表だった。また、説明で使われたスライド、データ、 コードは、GitHub(https://github.com/contactmodel/COVID19-Japan-Reff)に公開された。

西浦さんは、5 月までの状況を振り返り、「経済対策を担当する大臣が感染症対策の大臣を兼ねているために問題が生じている」(217 ページ)と感じたという。たしかに、厚労相ではなく経産相が兼務しているのは奇妙な話だ。これは、政府が経済活動の維持を重要課題と挙げていると受け取り、国民として、今後の動向を監視していきたい。
また、専門家に対するバッシングが酷くなった時期もあり、西浦さんには殺害予告まで届いたという。尾身先生は 1 人で自宅から外出することを、緊急事態宣言中から止められていたそうだ。
西浦さんは、流行がいったん制御された時期に、新規感染者数が相当に落ち着いている中で、メディアやオピニオンリーダー的な識者が、ぶれ始めたことも覚えておいてほしいと語る。感染者が増えている時は「専門家がんばれ。医療従事者がんばれ」と言われ、ギリギリなんとか制御して一山すぎると面白いように「専門家がやりすぎた」と言われたという。

第1 波が収まりつつあった 6 月 24 日、日本記者クラブでの記者会見に、「卒論」という形で専門家の私的な見解が発表された。この内容も「次なる波に備えた専門家助言組織のあり方について(記者会見発表内容)」 https://note.stopcovid19.jp/n/nc45d46870c25 としてネットに公開されている。
これと同じ時間帯に、西村担当大臣より「専門家会議を廃止し、新たな会議体を設置する」とのアナウンスがあった。
西浦さんは北海道へ帰り、その後、京都大学の教授に就任、研究活動を再開する。尾身先生は批判されるのが分かっている分科会の会長を引き受け、新しいメンバーで第2 波に対応していくことになる。

西浦さんは、今後の研究課題として、
+夜間の繁華街の制御だけで流行は止められるのか
+予防接種の優先順位
+一般社会での本格的な流行が起きた時にはどうなるか
+ファクター X はあるのか
の 4 つを挙げている。
現在進行形でコロナ禍を生き抜かなければならない私たちは、これからも、専門家の声に耳を傾け、「サイエンス・コミュニケーション」に参加し続けたいものである。






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最終更新日  2021.01.25 12:17:09
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