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2021.02.28
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カテゴリ: 書籍
出生前診断の現場から 専門医が考える「命の選択」

出生前診断の現場から 専門医が考える「命の選択」

 ほかの誰でもない自分自身で決めること、すなわち自己決定は、原理的にその選択の正しさを保証するわけではもちろんありません。しかし間違いなく自分の生を生きることになる、それだけは保証してくれる。(241ページ)
著者・編者 室月淳=著
出版情報 集英社
出版年月 2020年2月発行

著者は、宮城県立こども病院産科科長で東北大学大学院胎児医学分野教授の室月淳さん。胎児医学の専門家であるとともに臨床医として長年、妊婦さんやパートナーと接してきた経験が凝縮された 1 冊である。妊娠して不安を感じている方、とくに出生前診断という言葉に出会ったら、まず、本書を手に取って読んでみることをお勧めする。

冒頭、新型出生前診断(NIPT)の対象となる 21 トリソミー(ダウン症候群)と 18 トリソミー、13 トリソミーの 3 つの疾患が胎児にもたらす症状(特性)や、発生確率と年齢の関係、陽性的中率、陰性的中率について説明がある。ここまでは、医学書やネットで手に入る情報だ。
ここで、室月さんは「医療のなかで頻度とかリスクといった数字で説明するとき、患者と医療者のあいだ、あるいはクライエントとカウンセラーのあいだで、客観と主観がこっそり入れかわっている」(112 ページ)と語る。
室月さんは妊婦さんに語りかける――「あなたが NIPT に関心をもったのは、なんらかの動機、すなわち心配や不安といったようなものがあったからだろうと思います」(69 ページ)。「もし妊娠中になんらかの『不安』を感じて NIPT をはじめとする出生前診断を受けようかと考えはじめたら、まず以下の 3 点をチェックしてみてください」(96 ページ)。
+そもそもなにが不安なのか
+それは誰の不安か
+検査で不安が解消されるのか
これは妊娠・出産に限ったことではないだろう。健康や病気について不安を感じたとき、この 3 点をチェックするといいだろう。
たとえば、現在、新型コロナ・ウイルス感染が拡大しているが、そもそもなにが不安なのだろう、それは誰の不安なのだろう(マスコミやネットに不安を煽られていやしないか)、PCR 検査で不安を解消できるのだろうか――。

室月さんは、「絶対的な『正しい選択』などと、もともと存在しない」(114 ページ)としたうえで、産むか産まないかは、「ほかの誰でもない自分自身の意志によって選択すること」(114 ページ)が大切だと力説する。もちろん、パートナーとの合意が前提となる。また、カップルが自分たちで決めた選択も、結果として社会的な通念や倫理的な規範にそったものであるよう、遺伝カウンセラーは対応する必要があるという。

一方で室月さんは、遺伝カウンセリングの制約条件も明らかにしている。カウンセリングは「あくまで個人の内面における心理操作」(127 ページ)であり、染色体疾息の子に対して社会一般がもつ思いこみや偏見といった社会の矛盾には手を打てない。政治的な作用はもっていない。
この制約条件を曖昧にしたり、それを踏み外しているようなカウンセリングは、正しい遺伝カウンセリングではないということだろう。
このように遺伝カウンセリングには限界があるが、それでも妊婦さんとパートナーの自己決定を大切にすることは、私たちが「自由」と「民主主義」の理念を高くかかげて公正な社会を作り上げようとしていることにつながる。

室月さんは「出生前診断の倫理的問題は、結局のところ、選択的中絶が許されるかどうかの一点にしほられるのではないか」(142 ページ)。つまり、選択的中絶を禁止することに根拠はないにもかかわらず、私たちは中絶の本質を胎児殺しだと感じている。室月さんは、自己決定を大切にするなら、「どちらを選択しても社会的不利益を受けないよう、国や社会は全力で支援する」(142 ページ)ことが必要だと力説する。

室月さんは、「倫理的に深刻な問題が生じるのは、自分自身の倫理体系を固守せず、ご都合主義で両方から適当に道徳律を選ぶ、つまりふたつの道徳体系を一緒くたにする人間や組織が現れたとき」(155 ページ)と指摘する。健康保険の範疇外の私費診療において、「『おおやけの倫理』のなかでおこなわれるべき医療が、『わたくしの倫理』の道徳律を恣意的につまみ食いして営利の追求をおこないはじめると、医師が医療の道徳基盤そのものを掘りくずす」ことになると警鐘を鳴らす。無認可の NIPT やデザイナーベビー(エンハンスメント)の問題にも触れ、「平等という概念すら失わせることになってしまう」(228 ページ)と指摘する。

戦時中のナチスや、戦後、わが国を含む先進諸国で行われた優生学の問題についても論じている。室月さんは、「羊水検査施行は完全な個人の意志に基づいておこなわれなければならない」(178 ページ)、「出生前検査のマススクリーニング化はけっして認められない」(180 ページ)と立場を明確にしている。一方で、遺伝カウンセリングは相談に来た妊婦さんやパートナーに対する個別対応であり、生命倫理や社会正義を実現する手段にはならないと、そこには制約があることを念押しする。

最後に、「おそれはじめると思考が鐘り、決断ができなくなってしまいます。それならば後はなにも考えずに決めてしまえ。望むべき選択とは次のようなものかもしれません。『見るまえに産め』」(243 ページ)と締めくくる。






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最終更新日  2021.02.28 18:20:25
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