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著者・編者 | 春山純一=著 |
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出版情報 | 光文社 |
出版年月 | 2020年12月発行 |
著者は JAXA の宇宙科学研究所助教で、本書で詳しく紹介される「セレーネ(かぐや)計画」に参加し、地形カメラの開発リーダーも務めた春山純一さん。月に水はあるのが、溶岩チューブが月面基地になり得るのかといった、JAXA の現役科学者の語る内容は、とても興味深い。子どもの頃に読んだ絵本には、科学が争いのない世界を作るというバラ色の未来が描かれていた。私と同年齢の科学者により、科学の可能性を再認識した。私も、科学がもたらす明るい未来を信じ、発信していきたい。
1969 年からはじまったアポロ計画では、12 人の宇宙飛行士が月に降り立ち、約 400kg の月の石を持ち帰った。しかし、有人探査であるがゆえに、探査できた月の領域はごく僅かだった。1970 年代に入ると、バイキングやパイオニア、ボイジャーといった無人探査機が太陽系の惑星を訪ね、神秘的なカラー写真を送ってきた。月へと向かう機運は急速に低下し、春山さんは、「月探査途絶の理由は、いろいろと語られますが、その一つは、太陽系の仲間たちである惑星や衛星が初めて人類に見せた画像と、その素顔があまりに魅力的だったからではないか」(60 ページ)と振り返る。
NASA の木星探査機ガリレオは、1992 年、月のカラー写真を撮影した。これを契機に、ふたたび月探査に対する科学的な期待が高まることになった。
たとえば、月の南極付近にあるシャックルトンクレーターの永久影には氷が存在するのか――太陽風由来の水素が凝集するという可能性だ。
月探査の実力を付けた日本は、月探査を行うセレーネ計画(後に探査機を「かぐや」と命名するが、ここでは春山さんが書いているとおり「セレーネ」と記す)を立ち上げ、2007 年 9 月 14 日、探査機を打ち上げた。春山さんが開発リーダーを務めた地形カメラは、探査機の高度が 100 キロメートルのとき、10 メートルという分解能を備えていた。
セレーネの目的は、月の起源と進化の解明、そして月の利用可能性の調査である。
セレーネが最初の地形カメラデータを送信してきたのは 2007 年 11 月 3 日のことで、その様子が 111 ページに記されており、「これで怒られないで済む」(111 ページ)というのが正直な最初の感想だったという。春山さんがいかに緊張していたかがよく分かる。それから 1 ヶ月後、画像処理で、シャックルトンクレーターの内部が鮮明な映像になった。春山さんら研究チームは、直ちに記者会見を開くなどして発表をすることはせず、科学論文として世に出すことを優先する。「科学の世界では、歴史的な発見をしたら、まず論文にして国際的な科学論文雑誌に載せてもらうことが重要」(117 ページ)だ。
水の存否については触れない形にして論文を書いたが、『ネイチャー』の査読ではそこを指摘され、掲載拒否となった。さらに研究を重ね、シャックルトンクレーターの永久影の水氷は、仮にあったとしても「a few(1~2)パーセント以下」と結論づけた。
今世紀に入り、分析技術が向上して、「アポロ」が持ち帰った試料に水が合まれていた証拠が次々に見つかり始めた。
もしかすると、月の火山活動によって内部から出てきた溶岩に水が含まれていたかもしれない。
話題は、月の水から溶岩チューブへ移っていく。
地球上で、溶岩が流れ出した後に溶岩チューブという空洞ができることがある。溶岩チューブができるかどうかは、溶岩の粘性に左右される。私もハワイのサーストン溶岩トンネルを見たことがある。
月面でもかつて火山活動があり、溶岩チューブができた可能性がある。溶岩チューブの内部は温度変化が小さく、機密性も高いことから、月基地の有望な候補となる。
春山さんらの研究チームは、セレーネが撮影した月面の映像から、地下にある溶岩チューブが崩れてできるであろう縦孔を探す作業に取りかかり、マリウス丘の縦孔、静の海の縦孔、賢者の海の縦孔の 3 つの縦孔を発見した。
その後、アメリカの無人月探査機 LRO(ルナー・リコネサンス・オービター)の、1素子当たり 50 センチメートル級という高精細なカメラによって、合計10 個の縦孔が発見された。
そして、月の重力場を調べたアメリカの無人月探査機「グレイル」の観測データにより溶岩ドーム内が空洞であることが明らかになり、セレーネのレーダデータによって地下構造も検知された。
こうして、月に溶岩チューブがあることは、ほぼ確実視されている。
最終章で春山さんは、「世界が月探査を進める理由として、あり得るのは、やはり『科学技術力の誇示』ではないでしょうか」(204 ページ)と語る。そして、「国や民族の優位の象徴としてではなく、人類の可能性の拡大として実行すべき」(210 ページ)ともいう。そして、人類の一大事業としての月探査・月開発を進めていくうちに、われわれは地球に国境など存在しないことに気づき、春山さんは、「人類は争いのない世界を築くという一つ進んだ進化の段階に入る」(214 ページ)ことを期待しているという。
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