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著者・編者 | 岡田安弘=著 |
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出版情報 | 集英社 |
出版年月 | 2021年10月発行 |
1932年、宇宙線の中に陽電子が発見される。陽電子は、正電荷を持つ電子そっくりで、電荷だけが反対の反粒子だ。粒子と反粒子が持つその対等な性質のことを「CP対称性」と呼ぶ。同じ年、イギリスの静電型加速器によって中性子の存在が実験的に証明された。
1964年、このCP対称性も破れていることが発見された。奇しくも、ビッグバンの証拠とされる宇宙マイクロ波背景放射が発見された年であった。CP対称性の破れを実験的に証明するには、高エネルギー加速器が必要だった。静電型加速器は、サイクロトロン、シンクロトロンへと進化し、ギガ電子ボルト級のエネルギーを得るようになる。シンクロトロン建設のため、1971年4月、建設が始まったばかりの筑波研究学園都市にKEK(高エネルギー物理学研究所)が誕生した。1976年、8ギガ電子ボルトの陽子シンクロトロンが筑波に完成した。1973年、小林・益川理論が提唱された。それを実験的に検証するために、1995年に運用終了したトリスタン(1986年完成)のトンネルを利用し、電子・陽電子衝突型加速器「KEKB」が建設され、さらに40倍に性能アップした「Super KEKB」が2018年に運転開始する。
実験は、アメリカや中国との競争であった。実験研究者たちは、自然界の真理を知るための挑戦では、自らのモチベーションを高めるために、こうした競争が大切であるという。一方で、「自分の見たいものが見えてしまう」という心理的なバイアスを避ける工夫をしている。
理論家へのノーベル物理学賞は、原則として、実験や観測による裏付けが得られるまで与えられないという。1973年に提唱された小林・益川理論がノーベル物理学賞を受賞したのは2008年になってからだった。実験研究者たちは、加速器や検出器の研究者たちを連携し、工夫を凝らし、理論物理学者のノーベル賞をとってもらいたいと願う一方、誰も予測しなかった新しい現象を見つけたいと考えているという。
こうしてクォークのCP対称性の破れは証明されたが、それだけでは物質の方が多い理由を説明できない。そこで、ニュートリノのCP対称性の破れを検出する実験が立ち上がる。東海村のJ-PARCでつくったニュートリノビームを、295キロメートル先にある神岡のスーパーカミオカンデに打ち込むT2K実験だ。実験の信頼度を上げるためにデータを溜めていたが、2011年3月11日、東日本大震災が発生し、J-PARCは大きなダメージを受けた。結局、信頼度2.5σで発表することになるのだが、中国が5σのデータを先に発表してしまう。だが、この研究発表により、ニュートリノは混合が分かり、その後のT2K実験の指標となる。競争は大切だ。
宇宙誕生直後には全ての質量がゼロで、ヒッグス機構が素粒子に質量を与えたと考えられている。だが、ヒッグス粒子は素粒子かどうか疑わしい。ヒッグス粒子が素粒子なのか複合粒子なのかを調べるには、LHCの100倍のエネルギーを持つ加速器が必要と考えられているが、それは現実的ではないので、他の素粒子との結合力を調べることで、その正体を探る実験が進んでいる。もしヒッグス粒子が素粒子だとすれば、ニュートリノの質量が軽いことの説明ができるし、CP対称性の破れによる宇宙の物質と反物質の生成に関与しているというシナリオが成立する。「宇宙はなぜ物質でできているのか」という問いは、素粒子物理学に課せられた最後の宿題ということができる。
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