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著者・編者 | 臼田孝=著 |
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出版情報 | 講談社 |
出版年月 | 2022年2月発行 |
著者は、振動計測、光波干渉計などの研究に従事し、国際度量衡幹事の臼田孝さん。
科学は「この宇宙が何でできているのか」「どんなしくみに従っているのか」を追求する学問――つまり、「物質」と「法則」の探求をする学問と言える。そして、万有引力の法則から相対性理論、量子力学まで、宇宙の成り立ちを説明する物理法則は「数式」として表現できるが、その数式の中には必ず「固有の値」=物理定数が登場する。もし物理定数が「定数」でなかったなら、「変化する」ものであったなら、因果関係が崩れ、「ある原因によって生じる物理現象の結果」が異なることになってしまう。
そんな重要な役割を担っている物理定数の数々を、本書では順を追って見ていく。
1920年代に、イギリスのエンジニア、ウィリアム・ショートが開発した「ショート時計」は、機械式時計としては究極の性能を発揮し、ズレは1年問に1秒程度と、人間がつくった時計の安定性が、地球の自転の安定性や天体測定の不確かさを凌駕した。
さらに、セシウム原子の線スペクトルを利用し、ズレは3000万年に1秒という原子時計が登場した。1967年、ついに時間の定義を原子に委ねることが決まった。
原器とは異なり、現在、全世界の基準となるような「たた一つの正しい原子時計」は存在せず、複数の原子時計を比較する合議制の形をとっている。
1676年、デンマークの数学者オーレ・レーマーが、木星による衛星イオの食の周期の変動光の速度を計算する。
1960年、メートルの定義が「決められた条件下のクリプトン86の波長の165万763.73倍」と定められた。金属のメートル原器では100万分の2の精度が限界だったが、これが1億分の1まで正確に測れるようになった。
1973年、光速がついに確定値=「不確かさのない値」となる。数値によって定義されたのは、物理定数として初めてのことだった。1983年には、光速がメートルの定義の基準となった。
古代ギリシアの時代に認識されていながら、17世紀半ばになってようやくアイザック・ニュートンが万有引力を理論化した。だが、万有引力定数の決定にはなお時間がかかった。それは、引力が極端に小さい(同じ距離だと静電気力に比べ36桁も小さい)ためだった。ニュートンから100年以上たった1798年、イギリスのヘンリー・キャベンディッシュが初めて万有引力定数の測定に成功した。不確かさは100分の8だった。2018年では10万分の2まで縮まっているが、200年以上かけても、4桁目(1万分の1レベル)までしか信頼できないという意味であり、原子時計の正確さや、光速が9桁に及んでいるのに比べて大きく劣る。
1900年、マックス・プランクは熱放射のメカニズムを説明するためにプランク定数を導入したが、アインシュタインの光量子仮説により、これが光子の持つエネルギーの振動数に対する比例定数であることが明らかにされる。
プランク定数は極めて小さな値だが、20世紀後半、ジョセフィン素子によって10桁程度までの再現性を達成した。ただし、ジョセフィン素子ではプランク定数と電気素量の比の形でしかないので、どちらかを独立に決める必要があった。そこで再び万有引力の法則が登場する。国家計計量標準機関(National Metrology Institute;NMI)が国際キログラム原器とプランク定数との比較を30年以上にわたって継続し、2017年に、1億分の5程度の再現性を達成した。
これにより、電気素量の定義値も決まり、国際キログラム原器は基準としての地位を失い、逆に測定対象となった。そして、2018年に、プランク定数をもとにキログラムが定義し直された。
1877年、オーストリアの物理学者ルートヴィッヒ・ボルツマンは、温度とは、粒子が熱によって運動エネルギーを得た結果だと提唱し、粒子の運動エネルギーと熱エネルギーの関係式で用いる定数(ボルツマン定数)を提唱する。
その後、ボルツマン定数は、気体だけでなく、あらゆる原子、分子、電子に適用できることがわかった。デジタル式体温計は、温度センサの抵抗や電圧値が温度によって変化することを利用しているが、その変化の割合もボルツマン定数から導くことができる。ボルツマンは、エントロピー増大の法則にもボルツマン定数を導入した。
ボルツマン定数は、理想気体を前提とする気体定数とアボガドロ定数から求めなければならず、測定には困難を極めた。だが、ここでも国家計計量標準機関が協力し、2018年に、ついにボルツマン定数を100万分の1を切る正確さで決定することができた。
ここまで、光速、電気素量とプランク定数、万有引力定数、ボルツマン定数について見てきた。
これらの定数には単位系がある。現在、国際単位系が定められているものの、単位系は時代や文明によって変化する。
一方、円周率や微細構造定数は単位系を必要としない無次元数である。時代や文明が異なっても通用する。将来、宇宙人との交流で使えるかもしれない。また、微細構造定数の逆数はほぼ137になり、これが素数であることから、一部の科学者は137に特別な意味があるのではないかと考えているという。
最後に、物理定数は不変かどうかについて触れている。たとえば、100億光年離れたクェーサーからの光から、微細構造定数の変化があったという報告もある。だが、現時点では確定はされていないという。
臼田さんは「科学の基本はまず、自然ありのままの姿を注意深く観測すること」(23ページ)と言い、「科学論文として意味のある報告とするためには、測定値に不確かさの評価がともなっている必要」(39ページ)があるという。
また、「科学は、仮説と検証の繰り返しです。物理法則とそこに現れる物理定数も、検証の対象です。法則自体が問違っていたら、物理定数も意味を失います。逆に、物理定数の評価結果から法則が修正を迫られることもあります。そう考えると、物理定数を正確に測ること自体が、科学理論の検証にもなります」(23ページ)という。本書の後半で、キログラムがプランク定数で定義し直された経緯が説明されるが、臼田さんが言うとおり、「直感的にも、人間の実感である『なんらかの実体がもつ重さ』とはかけ離れたもの」(185ページ)と感じるかもしれない。だが、キログラム原器のようにヒトの手になるものを排除し、宇宙のどこにあっても通用する普遍の定数で表現するのが〈科学〉である。あらゆる偏りを排除しようと努力する科学は、きわめて〈民主主義的〉であると言えよう。
そして、はたして物理定数は不変なのか――将来の話として興味は尽きない。本書で触れられていないが、物理定数が今の値だから、生物が進化し人類が誕生したとする「人間原理」という考え方がある。私は、この考え方は受け容れがたいので、ぜひとも異なる物理定数の宇宙が存在しており、そこにも知的生命体が存在することを検証してほしい。
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