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著者・編者 | 野村泰紀=著 |
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出版情報 | 講談社 |
出版年月 | 2022年4月発行 |
著者は、カリフォルニア大学バークレー校教授で、バークレー理論物理学センター長の野村泰紀さん。
われわれの宇宙はどこから来て、どこへ向かうのか――ダークマター、インフレーション宇宙、超弦理論といった基礎知識をご存じの方におすすめ。宇宙論の最先端の話題/用語を合理的に整理できる。
私は本書を読んで、「人間原理」への誤解に気づいたことが大きな収穫だった。
第1章では、宇宙論が扱う範囲を確認し、ダークマターやダークエネルギーについて触れている。
第2章では、「宇宙の晴れ上がり」とされるビッグバンから38万年後まで遡る。
現在の宇宙をエネルギー密度で見た場合、約69%がダークエネルギー、約26%がダークマター、ガスやニュートリノが約4.6%、粒子として存在しているものは約0.4%しかない。そして、宇宙マイクロ波背景放射を観測するプランク衛星の観測データなどから、晴れ上がり時に10万分の1しかなかった〈揺らぎ〉が増幅し、構成や銀河といった宇宙の構造を形成していく。ダークエネルギーの正体は、おそらく真空のエネルギーで、これは宇宙空間が膨張しても一定に保たれる。一方、空間が2倍に引き延ばされると、粒子のエネルギー密度は8分の1に、放射エネルギーは16分の1になる。宇宙のエネルギー密度は変遷しており、現在は、「放射<物質<真空のエネルギー」という大小関係になっている。これらを時間軸に沿ったグラフでわかりやすく解説している。
第4章では、1980年代に開花したインフレーション理論を紹介する。宇宙誕生後10 -38 秒から10 -36 秒くらいの間に指数関数的に宇宙が膨張するインフレーションが起こり、宇宙は一様になり、曲率がきわめて平坦になった。そして、インフレーションの膨張が熱エネルギーになり、ビッグバンを引き起こす。野村さんは、宇宙の始まりとビッグバンの間にインフレーションがあったということを平易に説明してくれる。
インフレーションが起きたにしても、この宇宙の標準模型はよくできすぎている。たとえば、真空のエネルギー密度と物質のエネルギー密度がほぼ同じ大きさであるタイミングで生命が誕生したのは偶然なのか――第5章で、そうした疑問を提示する。
その答えは、第6章で語られるマルチバースだ。
電磁気力と弱い力を統合した物理学者のスティーヴン・ワインバーグは、1987年に人間原理に注目した論文を発表した。人間原理とは、「私たちが自らの周りで観測する世界よりも、実はもっと多様な世界がどこかに存在していると仮定する」(199ページ)ことにある。それによれば、きわめて多くの宇宙が存在する中で、たまたま、真空のエネルギー密度がゼロに近い宇宙が、私たちが住む宇宙だという。ワインバーグの予言の通り、1998年に宇宙の加速膨張が観測された。
ここに超弦理論を加えると、無数の異なる種類の宇宙が次々と作られていくというマルチバースとなる。
野村さんは最後に「マルチバースは、現代物理学が到達した極めて「革命的」な描像ではありますが、諸行無常に慣れ親しんだ私たち日本人にとっては、もしかしたらより自然なものに感じられるかもしれません」(250ページ)と締めくくる。
冒頭に述べたように、私は「人間原理」の概念を誤解していた。相対性理論、量子力学、超弦理論といった既存理論を組み合わせ、最新の観測結果と矛盾しない宇宙の姿としてのマルチバースは合理的な考え方である。マルチバースの結果として、〈たまたま〉私たちの宇宙が知的生命体が誕生するのに都合のいいパラメータをとったものだった――と考えるならば、人間原理を素直に受け入れられる。
また、インフレーションがビッグバンより前に起きたことが明快に説明されており、私の中の〈宇宙論〉の整理が付いた。
「『時間』というものが誰にとっても同じものではない」(227ページ)については、『 時間は存在しない
』(カルロ・ロヴェッリ,2019年8月)でも語られている。
マルチバース宇宙論は、定常宇宙論でも宇宙の熱的死でもビッグクランチでもない、新しい宇宙の未来像を描いてくれる。
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