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著者・編者 | 福岡伸一=著 |
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出版情報 | 講談社 |
出版年月 | 2005年11月発行 |
著者は分子生物学が専門で、伝達性スポンジ状脳症の感染機構を研究している福岡伸一さん。
2001年9月10日に、千葉県でいわゆる狂牛病(BSE;Bovine Spongiform Encephalopathy、牛海綿状脳症)の疑いがあるウシが発見されたと農林水産省が発表したことを発端として、BSE騒動が起きた。イギリスでは1985年にBSEが発見されており、1996年3月には、クロイツフェルト・ヤコブ病患者の発症の原因がBSEに感染した牛肉であると発表していた。翌2002年1月には雪印による牛肉偽装事件が発覚し、4月に雪印食品は廃業解散に追い込まれた。従来型メディアだけでなく、新興のネットメディアを巻き込んで大騒ぎになった。
病気が〈うつる〉ということは、かならず病原体があるはずだ。研究者たちはBSEの病原体の探索に全力を注いだ。
1920年代初め、2人のドイツ人医学者が精神荒廃や痙攣など多様な神経症状が急速に進行して認知障害を起こし、数ヵ月で死に至るクロイツフェルト・ヤコブ病 (CJD)を発見した。パプアニューギニアの風土病であるクールー病は、治療不能とされる神経の変性をもたらす伝達性海綿状脳症の一種で、CJDに関係すると考えられた。アメリカの医師ガイジュセクは、クールー病の原因がスローウイルスという未知の病原体という仮説を唱え、1976年度のノーベル生理学・医学賞を受賞した。
BSEはヒツジのスクレイピー病に似ていた。1960年代後半、イギリスの放射線生物学者だったティクバー・アルパーらは、放射線を照射することでスクレイピー病にかかったヒツジの試料を不活性化することを試みたが、核酸を破壊できるほどのエネルギー量でも不活化できなかった。そこで、スクレイピー病は核酸を持たない病原体と考えた。
独自にBSEの研究を行っていたアメリカの医師スタンリー・プルシナーは、BSEにかかったウシの特殊なタンパク質が蓄積しており、これを〈プリオン〉と名付け、これが病原体だという仮説を1982年2月19日のサンフランシスコ・クロニクル紙の1面に発表した。
タンパク質自体が病原体ならば、微細なフィルターを通過することも、放射線によって壊れにくいことも、ウイルス粒子が見つからないことも説明できる。また、プリオンが、もともと宿主の持っている正常なタンパク質が長い時間をかけて変性して生成する、異常型のタンパク質であるとすれば、長い潜伏期の謎も、免疫反応が起こらない謎も一気に氷解する(5ページ)。
地道な研究を続けてきたスクレイピー病研究者やヤコブ病研究者たちは、突然発表された〈プリオン説〉に大いに憤慨した。専門科学誌に詳細な実験結果が報告される前に大衆紙を使って宣伝がなされた、という学界の慣行破りに、まず不快感が先行した。しかし、なによりも問題とされたのは、この分野ではすでに他の研究者が明らかにしてきたことをとりまとめて羅列しただけで、ほとんど何もプルシナー自身の新発見はないに等しいにもかかわらず、「プリオン」という新語をいきなり打ち出してきたことだった(71ページ)。
だが、異常型プリオンが病原体であることを裏付ける状況証拠が次々と明らかになる一方で、他に病原体の存在を示唆するデータがまったく得られなかった。1997年に、プルシナーはノーベル生理学・医学賞を単独で受賞した。だが、病巣から異常型プリオンタンパク質が精製され、それに感染性が証明された実験はない。つまり、コッホの三原則のうち2つが満たされていない。感染性(病原性)と異常型プリオンタンパク質の動きを追ってみても、かならずしも連動していない。
福岡さんによれば、感染性が消える限界希釈点を超えても、サンプル中にはまだ多量の異常型プリオンタンパク質が検出できるという。また、スクレイピー病原体を、核酸を持ち得ないほどの非常に小さなものだという結論に飛躍があったことになる。
かりにスクレイピー病の病原体が遺伝子核酸を持っており、それが一定の変異を常に引き起こすと考えてみよう。放射線や熱に強い耐性を示すのは、遺伝子核酸を守る非常に強固なコートタンパク質をまとっているのかもしれない。免疫機構をすり抜けるのは、たとえばHIVのようにリンパ球に取りつき、宿主の免疫系のレベル全体を低下させるからかもしれない。
つまり、病原体がウイルスのような遺伝子核酸であるとするなら、発生している事象を単純明快に説明できるだろう。
2001年9月10日に、千葉県でBSE(いわゆる狂牛病)の疑いがある牛が発見されたことが公表され、社会は騒然となった。1999年にスタートしたインターネットの匿名掲示板「 2ちゃんねる
」に肉骨粉スレが立ち上がり、事実とデマがない交ぜになった投稿であふれた。
ノーベル賞を受賞していたプリオン説が〈事実〉として、それ以外はデマとして叩かれた‥‥。
だが、本当にプリオン仮説は〈事実〉なのか。高校のときに生物の授業が好きだったことが、セントラルドグマの呪縛にかかっているのか――この疑問は今も解消されていない。
本書はBSE騒動の中、今から17年前に出版されたものである。分子生物学者の福岡伸一さんが、BSEの感染機構を研究していることを思い出し、読んでみた。
ネットを調べてみると、BSEの感染機構に関する研究は、当時とさほど変わっていない。つまり、病原体が異常プリオンだとするプリオン説は仮説の域を出ておらず、かといって、他に病原体――本書で福岡さんが提示している遺伝子核酸も見つかっていない。
2022年6月、長崎大学は、 人体解剖実習前の御遺体から異常型プリオンを発見した
と発表した。プリオンはホルマリンにも抵抗を示し、解剖実習に臨む学生やスタッフがプリオン感染の危険にさらされることになると警鐘を鳴らしているが、果たして本当に感染性があるのだろうか。
病原体も治療法もわかっていないプリオン病は、未解明の病気というカテゴリに入れたままにしておこうと思う。
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