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2024.03.06
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カテゴリ: 書籍
神秘のセラピスト

神秘のセラピスト

 羽村佐智「確率なんてどうでもいいんです。治るか治らないか、2つに1つなの。これまで医者の勧めどおりに治療を受けてきた。そうすれば、完治する可能性が高いって言われて。でも、あの子はいまも治っていない」
著者・編者 知念実希人=著
出版情報 実業之日本社
出版年月 2024年2月発行

■雑踏の腐敗
天医会総合病院  ( てんいかいそうごうびょういん )  の統括診断部外来診察室を訪れた 宮城椿  ( みやぎ つばき )  は、弟の 辰馬  ( たつま )  が外に出ると体が腐ってしまうと怯えていると訴えた。担当の 小鳥遊優  ( たかなし ゆう )  は、紹介元の総合病院の検査データに目をとおるが、とくに異常は見当たらない。辰馬は、自宅に戻れば腐りはじめていた部分も元に戻ると言い、精神科の受診は拒否しているという。
「面白い!」と、統括診断部長の 天久鷹央  ( あめく たかお )  が診察に割り込んでくる。
週末に鷹央は優をともない、辰馬を往診する。辰馬が渋谷駅に行ったときだけ体が腐るというので、4人で渋谷駅へ向かった。鷹央は途中で脱落してしまうが、3人がスクランブル交差点を半分ほど渡ったところで、優は、辰馬が指先から耳まで変色していくのを目にした。
人混みが苦手な鷹央はハチ公像の近くでうずくまっていたが、すでに辰馬の異変を解明する仮説を立てていた。ただ、確定診断をくだすために、ちょっとした検査が必要だという。寒空の下、鷹央は優に辰馬の採血をするように指示する。すると‥‥。なぜスクランブル交差点を渡るときに限って症状が出たのか、鷹央が説明する。

■永遠に美しく
統括診断部外来診察室を訪れた 島崎美奈子  ( しまざき みなこ )  は、「母に恋人ができたんです」と 小鳥遊優  ( たかなし ゆう )  に訴えた。その恋人というのが、「気」を使った若返り治療をやっている鍼灸師だという。72歳の 南原松子  ( なんばら まつこ )  の写真を見ると、1年前の写真とは別人だった。顔のしわは目立たず、皮膚には張りと光沢が見られる。美奈子と姉妹に見えるほどだ。
「おお、これはすごいな」、と統括診断部長の 天久鷹央  ( あめく たかお )  が診察に割り込んでくる。美奈子によれば、母はその鍼灸院を何人かに紹介し、「特別な治療」を受けた3人は一見して分かるぐらい若返っているという。
鷹央と優は週末に南原松子を訪ねた。鍼灸師は 神尾秋源  ( かみお しゅうげん )  といい、1回の治療で3万円。最初の1ヶ月は30~40万円で、そのあとは月に6万円という価格設定。
鷹央と優は神尾秋源の治療を見学することになった。松子は優の心の中を見透かしたかのように、「胡散臭いでしょ、この人」と言う。
鷹央は神尾秋源の治療を受けたいと申し出るが、彼は「だってお嬢ちゃん、中学生だろ? まだ十分若いから、若返る必要なんてないよ」と応じたものだから、鷹央は殺気すらはらんだ目で抗議しようとしたところ、優は彼女を小脇にに抱えて退散する。
2週間後、鷹央は優に車を出せと命じる。神尾秋源の犯罪を暴きに行くと言い出した。神尾鍼灸院に着くと、家宅捜索令状を持った田無署の刑事、 成瀬隆哉  ( なるせ りゅうや )  と数人の男が待っていた。
「素人のくせに俺の治療にけちをつけようって言うのか」と反論する神尾秋源に対し、鷹央は「私は素人じゃないぞ。医者だからな」と薄い胸を張る。
逮捕された神尾秋源は自らの罪を認めたが、南原松子のケースだけは違っていた。果たして事実は‥‥。

■詐欺師と小鳥遊優
外来を終えた 小鳥遊優  ( たかなし ゆう )  は、商社マンの 諏訪野良太  ( すわの りょうた )  が主催する合コンに参加した。優は 湊川瑠璃子  ( みなとがわ るりこ )  に一目惚れ。ところが、女性陣の中にコールドリーディングを得意とする詐欺師の 杠阿麻音  ( ゆずりは あまね )  が混ざっていた。阿麻音は優に、鷹央への伝言を託す。「縁があったらまた会いましょ。できれば次は敵として」。

(感想)
■雑踏の腐敗
トリックのネタは、聞いたことがないけれど実在する病名――医師でもある作者の知念さんのネタ帳は、ドラえもんの四次元ポケットか?
本編の初版は2017年3月――コロナ禍前のことで、2013年6月のDJポリス出動よろしく、舞台となる渋谷のスクランブル交差点は大勢の人が集まっていた。私は東京生まれ東京育ちで、一時期は道玄坂に勤務していたのだが、ハロウィンの夜のスクランブル交差点の混雑は常軌を逸していた。沖縄出身の知念さんはどう見たのだろう。
最後に、鷹央は椿が間もなく結婚することにも気付いており、傷心の優に向かって鷹央は「そう、腐るなって」と声を掛け、リフレインのように締めくくられる。

■永遠に美しく
神尾秋源という名前からして胡散臭い。犯罪者であることは最初から分かっているのだが、その謎解きをしてみせるのが「天久鷹央」シリーズの醍醐味。
さて、最後に鷹央の姉であり、病院事務長の 天久真鶴  ( あめく まづる )  が登場し、「いや、姉ちゃん。違うんだ。あの……、ちょっと……。おい小鳥、助け……」と恐怖で引きつった鷹央の白衣の袖を掴んで引きずっていく。『 スレイヤーズ 』の「郷里の姉ちゃん」を思い出し、そうか、鷹央はリナ・インバースだったのか?

■正邪の刻印
熊川や鷹央は医師として、骨髄移植のリスクとベネフィットを何度も佐智に説明したようだ。そして、未成年の移植手術には親の同意が必要だ。しかし彼女は「確率なんてどうでもいいんです。治るか治らないか、2つに1つなの」と言って移植を拒否する。
こういったシーンは、現実の医療現場でも頻繁に起きているのではないだろうか。リスクは統計的確率で語るもの。しかし、患者(の家族)が求めているのは「治るか/治らないか」の二択――両者の間の溝は深い。
優が統計を持ちだして鷹央を励ますシーンがある。鷹央は「統計的にか。なんか科学的に聞こえるが、実際はなんの根拠もない話だな。お前らしいよ」と茶化すが、この言葉に励まされたことは確かだ。
知念さんは、この両者の溝を埋めるのが「会話すること」と言いたいように感じた。科学は正しい、そして信仰もまた正しい。両者の結論が相反するときのために、われわれに人間には会話をする能力が与えられているのではないだろうか。






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最終更新日  2024.03.06 12:55:33
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